第1話

「はよー」

教室のドアを開けるなり、軽く挨拶をする。

するといつものメンバーや、挨拶が聞こえた人達がこちらを見るなり「おはよー」「うーっす」などと私、橘立香に返してくる。

特に意味のない気もする恒例の朝の挨拶を終え、自分の机に重たい教科書達が詰まったリュックを下ろす。

その途端に、後ろから誰かが抱きついてきた。

どうせいつものだろうな、と思いつつ

「どうした、海琴」

と急に抱きついてきた友人の山形海琴に声を掛ける。

「立香ぁ……どうしよう、私、私……」

「はいはい、聞く、聞くから離れて。今何月だと思ってるの、暑いってば」

「冷房付いてますけど!」

「あーはいはい」

海琴が後ろから急に抱きついてくる時は、大抵なんかしらの相談事や面倒事を持ちかけてくる。

あらかたリュックを整理してから勝手に私の椅子に座ってまだかまだかとそわつく海琴に向き合う。

「はい、今日はなんですか」

「あのね!聞いて!」

用件を伝えずに人の体を揺すってくる海琴の手を振り払う。

「わかった、聞くから揺するなって、用件を伝えなさい用件を。」

「はぁい……えっとね、昨日……」

と口篭りながらおもむろにポケットに手を入れスマホを取り出したかと思うと、LINEの画面をこちらにかざしてきた。

そこには

【海琴さん】

【悠くん】

とお互いを呼び合う会話が映し出されていた。

「へぇ、だから何。」

「何って、すごくない!?ついに下の名前呼びになったんだよ!!」

「個人的にリア充は滅んでいいんですよね、無視していいかな」

「なんでぇ!喜んでよ!」

「別に興味ないし」

「うぃーあーふれんど!」

「あーはいはい」

「あ、そういえば!悠くんが……」

朝っぱらからうるさい理由がただの惚気とは……。

いつものことながら、慣れたものではあるがやはり思わないことがない訳では無い。

慣れた手つきで適当に話を流しつつ、やれやれ、と思っていると

「り、立香だってさ、いつかは、ね?」

と謎のフォローが急に飛んできた。

「いやそれフォローなってないから。」

と呆れて海琴の顔を軽く抓る。

痛いと悲しそうにする海琴の後ろには入道雲が堂々と立っていた。

立派にもくもくとしている入道雲を眺めていたら、ふと気が付いた。

夏だ。

夏が、やってきている。

……そろそろ夏休みなのでは?

風船が割れるかの様に入道雲を眺めている場合ではないとハッとする。

「ヤバい……」

「どひたの?」

ひとりでに急に我に返った私を心配した彼女の言葉に、頬を抓ったままなのを思い出して慌てて手を離した。

「あっ、ごめん、抓ったままだった」

「うーん、痛かったけど慣れてるからいいよ、それより何がヤバいの?」

抓られる事に慣れるのは相当だが、ある意味自業自得な面もある為スルーを決め、深刻なムードを醸し出しつつ彼女の疑問に答えてゆく。

「海琴さん、もう夏ですよ」

「え、うん、そうだね?」

「しかも高二じゃないですか」

「来年は受験生だねぇ」

「……もうすぐ夏休みですよ」

「今年は‪お泊まり旅行したいなぁ」

「こんのリア充がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「うわぁ!?」

伝わるように丁寧に説明したのに一向に勘づくことのない海琴を、半分八つ当たり半分怒りで肩を鷲掴みして上下に揺らした。

「ちょ、ちょっと、りつかぁ〜っ!?」

体を揺すられぐわんぐわんとする首に支えられている顔からは困惑の表情が読み取れた。

ここまでしても気付かないのか、と結局は諦めて海琴の肩から手を退けた。

「はぁ、このネタに関してはいつまで経ってもダメなのね、貴女……」

と諦めの呟きと共に肩を落とすと、

「ほんと、4年目とは思えないわね」

と後ろから自分の呟きへの返答が飛んできた。

「もー、急に後ろから喋んないでよね」

と首を後ろに傾ければカフェオレ片手に汗だくの二階堂葉月が立っていた。

夏の自転車通学は大変だなぁと思いつつ、いつものことなので気にしないでおく。

「あれ?来てたんだ、おはよう!」

「おはよう海琴、今さっき来たばっかりよ。そして相変わらず立香は気付いてくれないのね」

「葉月の気配をどう察知しろってんのよ、そもそも後ろに立ってちゃわかるわけないでしょ」

「あら、4年目の仲じゃなかったのかしら」

「4年目が流行語みたいになってるよ」

「別に何年でもいいじゃん」

5年前に中高一貫のこの学校に入学し、中2の頃からいつの間にかずっと一緒にいる。

文理選択も同じだったりわざと合わせたりで高校に上がっても同じクラスのまま。

趣味や好み、性格などとにかく何もかもが噛み合っていないはずなのに、一体何が噛み合っていたのか、一緒に居ることは苦ではなく寧ろ楽しいと思えていた。

4年間、その月日かきっと大人からすれば他愛ないものなのだろう。

それでも私にとっては大切で忘れたくない4年間だ。

急に何を考えてんだか、と我に返りつつ頭をポリポリと掻きながら

「3人でいる時間、私は好きよ」

と2人に笑ってみせる。

何故そんなことを言ったのかは自分でもわからないけれど、その後に2人が私も、と言って抱きしめに来たのは正直に嬉しかった。

3人で抱き合ってほんの数秒後、また新たに後ろから声が掛けられる。

「なーに抱き合ってんの」

「お前ら非リアの2人はいいとして海琴は悠がいるからダメだぜ、取ったら」

弓削一弥と時雨慧だ。彼らもまた4年目の仲であったりする。3人でいるのもいいが、彼らも混ぜて5人でいるのもまた楽しいものだった。

「女同士はノーカンなんだよ」

「そうやって欲求満たしてんのか、哀れだな」

「アンタには言われたくない!」

一弥が飛ばしてきた喧嘩を簡単に買って、いつもの口論が始まってしまう。

たしか中2のころからずっとこんな調子だが、ただの売り言葉に買い言葉。別に嫌というわけでもなく、ただ普通に楽しい口喧嘩みたいなもの。

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青春輪廻 愛華 @erika_servamp

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