消えてしまった夏


あっという間に暑い毎日になり、街行く人が薄着になった。

日舞の発表会が無事終演するのを待っていたかのように祖母が急死した、

それにより私は仕事を辞め、家業を継ぐ事になり慌ただしい日々を過ごしていた。

前々から私に継がせたがっていたがこんなに急に早くこの時が来るなんて思ってなかった。

お弟子さんや関係者へのご挨拶回り、祖母の荷物整理、祖母が住んでいた家に移る引越しと休まる暇もなかった。


家の片付けがようやくひと段落した頃、母が家を訪ねてきた。

「だいぶ片付いたわね、でも本当にこの家一人で住むつもり?

平屋だけど部屋数もあるし、大変なんじゃない?しかも都内から離れて。

無理して継がなくても良かったのよ?」

祖母の住んでいた家は鎌倉の海からは少し離れた山側にあり、自然豊かだが駅からも近く

小さな頃からお気に入りの場所だった。

「無理してないよ、いつか継ぐんだろうなって思ってたし。

意外とこの家好きだしね〜久しぶりに都会の喧騒を忘れてゆっくり過ごしますよ。」

「あんたが良いなら良いんだけどね、たまには帰って来なさいよ。」

そう言って買い込んで来てくれた沢山の日用品を置き帰っていった。

両親は二人とも教職者で日本舞踊どころか和装にだってあまり関心のない人たちだった。

なので祖母の周りでは高校生の頃には必然的に私が継ぐ流れになっていて周りの人たちにもすんなり受け入れられた。


こちらに引っ越して来てから忙しいのもあってかあまり先生のことは考えなくなった。

家の整理が落ち着いたらすぐにお稽古が再開され、都内に出る用事もなく自然と会わなくなった。

連絡はたまに来るが〈元気?〉とか〈学校でこんなことあって〉などお当たり障りのないやり取りでどちらからも“会いたい”とは言わなかった。

また間違う前にこのまま距離のおかげで忘れて何事も無かったかのように終われるかもしれない。

そんな心の靄を見ないふりして日々過ごしているとあっという間に残暑も過ぎていった。



久しぶりに楓たちに会いに東京へ出たのはそんな秋が始まりそうな季節。

「透香の着物姿久しぶりに見たな〜やっぱり似合うね。」

そう微笑みながら言う楓の左薬指には光るものがあった。

「婚約おめでとう、急だったからビックリしたけど幸せそうで私も嬉しいよ。」

「ありがとう。いつか結婚するんだろうなって漠然と考えてはいたけど。

まさかのスピード婚。この子がねえ、来てくれたから。」

そう言ってお腹をさする楓の顔が優しかった。

「もうすっかりお母さんの顔だね。予定日は春頃?」

「うん、和樹と今度鎌倉の方にも遊びに行くね。こっちよりよっぽど身体に良さそう。」

「そうね、良いとこだよ。私には合ってる。」

「最近は先生には会ってないの?」

そう聞いてきた楓に少し違和感を覚えた。

「うん、会ってないけど。なんかあった?」

「いや、実はさ。」

そう言いかけた時楓が何かを見つけたのか目線が私の後方に移った。

「遅くなってごめん、二人とも。透香久しぶり」

その声は和樹だった。

「あれ、今日和樹仕事で来られないって楓に聞いてたけど。」

私の疑問に楓がごめんと言う顔と一緒に手を合わせており

「ん?何が?」

その言葉を言う前に現れたもう一人に気づき、ああそう言うことかと納得した。



「お久しぶりですね、先生。」

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