梅雨の思いを夏は知らない
「透香」
初めて呼ばれた下の名前に胸が高鳴った事を無視して
「なんですか?」
少し冷たい返事をする。
「名前呼んだくらいじゃ動揺しないか。」
「私で遊ばないで下さい。」
あの晩以来、私達はまたずるずると関係を続けていて
先生は私の敬語を突っ込まなくなった。
あの日のことを気にして連絡をくれていた楓と和樹には
急に帰って申し訳なかったと詫びのメールを入れ、近いうちにまた飲むことになった。
「明日早いんでもう帰りますね。」
「泊まっていかないの?家からの方が職場近いでしょ。」
「2日続けて同じ服着たくないので。」
これは本当だが、それ以上に曖昧な関係だからこそしっかり線引きをしたかった。
「じゃあ、今週どっか夜飯行こう。同僚に粉物美味しいお店教えてもらったんだよね。」
6年前と変わったことは、あの頃家でしか会わなかった私達が時たま仕事帰り待ち合わせをし食事をするようになった事。
「分かりました。また連絡しますね。」
「コンビニに用あるからそこまで送っていく。」
これもあの頃とは違うところ。
偶然にも私達は同じ沿線に住んでいた。お互いの家は歩いても20分ほどで行き来出来る距離。
帰りは何かと理由を付けて駅まで送ってくれるようになった。
「夜歩くのも気持ち良い気温になってきたな。」
段々朝晩の寒暖差がなくなり、梅雨入り前とは思えない心地よさだ。
「そうですね、ここ数年暑くなるの早いから。」
二人で歩くこの時間が嫌じゃなくなってきたのはここ最近のことで、
あの頃お互い何を考えていたのかとか、先生はなんで離婚したのかとか
そんなことを話すことはなく、なんでもない日常の話しかしなかった。
駅まではあっという間で5分足らずで着いてしまう。
「じゃあここで、お休みなさい。」
「うん、またな。」
先生は私の頭をくしゃっと撫でて満足げな顔でまた家へ戻って行った。
今も先生は何を考えているのか分からない。
でもそれはお互い様でそれでも一緒に居る。
あの時は嫌だったそんな関係が今では気が楽で少し心地がいい。
いつまで続くか分からないけれど、今はこれで良いのかなと思い始めていた。
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