これはきっと慈雨

店を出ると小雨が降っていた。

あの日も雨が降っていたな、なんてのんびり考えながら歩いていたら

先程流れた涙は雨と同化し分からなくなっていた。

繁華街を傘も差さないで女一人で歩いているとどんどん声がかかる。

そんな声を無視しながらどこへ向かうでもなく歩く。足を止めたくない。

駅にきちんと向かえているのかもよく分からない。

「世良!!」

少し怒った感じのあの声が久しぶりだった。でも振り返りはしない。

「世良!聞こえてるでしょ。」

2回目は声と共に腕を掴まれた。

「なんで追いかけてるんですか。先生が居なくなったらみんなびっくりするでしょ。」

「じゃあなんでお前は帰るわけ?」

「これ以上先生の顔が見たくなかったからです。」

「ごめん、あれは言うつもりなかった。失言だった。」

「別に良いです。もう会うこともないでしょうし。」

こんな時間にこんな場所でしかも雨の中男女が言い合いをしていればそれは目立つ。

先生が居なくなったことに気づき、探しに追いかけて来た女豹達も遠くに見える。

それに気付いた先生が私の手を取り、逃げるように目に入った建物へと入った。



「あの、」

「なに?」

「どうして私達こんなところにいるんです?」

「あいつらに邪魔されず人目も気にならないところがここしかないからじゃない?」

「だからってなんでラブホテル?」

「別に初めてでもないんだから今更だろ。」

この男なんなの本当に。

「そうですね、先生と入るのは二回目ですね。」

「なんでそんな刺々しいんだよ。てか雨で服濡れたろ、乾かせば?」

そう言って先生が私の服に手を掛けた。

「ちょっと勝手に脱がせようとしないで下さい。」

「風邪ひくよ?俺もほら。」

そう言いながら自分の着ているワイシャツを脱ぎ、入り口にあるハンガーに掛けた。

半裸の人目の前になに話すわけ?と言うかなんでこの人インナー着ていないのよ。

「それで、世良はいつまでその気色悪い敬語使うの?」

「ずっと使いますけど。」

「前みたいに呼んでもくれないわけ?」

なんなのこの人、本当に腹がたつ。

いつもそう、この男のペースに巻き込まれて自分らしくいられなくなる。

みんなの前では良い先生ぶって。本性はこれ。

「三国先生、私帰りますから。」

付き合ってられない。それにこの人とこれ以上居たら思い出してしまう。


「世良」

今度はなに? そう思いつつ振り返った瞬間、唇に懐かしい感触がした。

「何してるんですか?」

動揺してない風を必死に装う。

「キスでもしたら昔に戻るかなって?」

「先生ってそんなキャラでしたっけ?」

「もう誰かさんのせいでブレブレなんだけど。」

「人のせいにしないで下さいよ。」

言い終わる前にまたキスされた。

言い返す暇を与えないほど次々唇を奪われていく。

「ちょ…先生、やめて…」

必死に離れようとしながら言うも聞いてもらえない。

男の人の力にはもちろん敵わない。

ずるい、こんなの勝手すぎる。私がどんな思いで。

本当に今も昔も、この人に翻弄される。

「………春くん。」

そう呟くと動きが止まった先生と目が合う。

その表情に驚きと切なさがこみ上げてきた。


「なんて顔してるのよ。泣きたいのはこっちじゃない。」


そう言いながら目の前の頬に手を添えてこのどうしようもない男を受け入れた。


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