第38話
エレベーターを起動させふたたび地上世界に戻ると、空は曇り空から一変して綺麗な星空になっていた。
風もなく、肌を刺すような冷たさもない。
荒涼としていた荒れ地は一片の曇りもないガラス張りの鏡になり、空に広がる満点の星空をもう一つ大地に映し出す合わせ鏡のような。星空が、上と下の両方に広がるという、幻想的な世界がハヤミを迎えた。
遠くには雷雲。白くて単発的なひかりをいくつか伴い、黒雲を白い稲光が走って大地の彼方に落ちてゆく。その音はまるで太鼓や、大きな打楽器のような音を響かせ、それに合わせて小さな金管楽器がかたかたと大地を鳴らし響かせる。
小さな風が吹くとそれだけで大地のガラスは共鳴し、高い音、低い音、ドラム、打ち鳴らす音、丁寧になぞる音、あらゆる音が、四方からハヤミの耳に入ってきて心に染みる。
そうして静かになると、今度は自分の心臓の音まで聞こえるほどの静寂が広がり、そしてまた、静かな音が荒野に広がる。
いつかひろった何かのようなもの、ハヤミはポケットの中に忍ばせていた拾いもののダイスを手に取ると、音を鳴らしているガラスの大地にそっと投げ入れてみた。
二つのダイスは不思議な音色を奏でながら、ぽーんぽーんと転がって闇の中に消えていった。
そうしてハヤミは、思う。
と同時になんだかもやもやとした気持ちがわいて出てきて、ハヤミは頭を抱えて笑った。
「ちくしょう、帰ってきちまった……」
今までずっと、なんとなくそうなのかなと思ってはいたがやっぱりそうだなと改めて思う。
なんてことはない。ハヤミが一番最初に墜ちた場所に、いろいろあったりなかったりしたあと、もう一度戻ってきて墜ちたのだ。
きっとこの小山の向こう側には林があって、基地があって、あの少女が住んでいた場所があって、もうちょっと歩けばあの岩の切れ込みと地下の湖のあった場所に行けるんだろう。
そう考えるとあの少女がたった一人であの場所に居続けられたのも、納得できる。
アイツは人がいなくなった大深度地下シェルターから徒歩数分の、めちゃくちゃ便利な場所に住んでいたわけだ。
洗濯機で洗濯物を回していたのも電気が生きていたのも納得できる。あいつはたぶん、地下のインフラ設備を独り占めしてずっと一人で生きてきたんだ。
ものすごい贅沢な奴!
なんというインチキ!
「……そういうのは、やっぱり嫌だなあ」
ハヤミは思い、空を見上げた。
誰もいない世界の真ん中で、この星空を独り占めしてみても。
それを誰かと分かち合えないなんて、いうのは孤独だなと。
少女に抱きしめられた時の柔らかさ、息の温かさ、涙の冷たさ、それから腕先の力強さを思い出す。
ハヤミはだんだん、自分がやっている事の正しさが分からなくなってきた。
「オレは、本当にこのままでいいのか?」
誰もいなくなった地下世界。未だに生き続けている街。管理された地下世界。それらを捨てて、外へと飛び立つその行為が。
ハヤミは力なく息を吐くと、地下で手に入れた飲料パックを手に持ち格納庫で待っているカズマの元へと急いだ。
※
格納庫の中は静かだった。
格納庫のシャッタードアを通り抜けて、動かなくなったカズマのデュアルファングの翼の下をくぐり抜けてゆく。
丈夫だったらしい難燃性のトタン屋根と鉄骨柱の残骸、それからひっくり返った鉄製の棚を越えていくとカズマたちが寝ていたはずの場所に着いた。
「? おいカズマ?」
そこには誰もいなかった。
荒れた庫内。動かなくなったデュアルファングの黒い翼。残骸から垂れる布きれ。
破れた屋根からは星空が見える、格納庫の外壁を鳴らす風の音、耳を澄ますと遠くから草の葉がこすれる音、それらの茂みに棲む虫たちの声もわずかに聞こえた。
だがいるべきはずのカズマたちの姿が見えない。
ハヤミは急いでペンライトを灯した。
「おい、カズマ!? 返事しろ!」
遠くまで照らす特殊加工されたペンライトで建物の中をまんべんなく照らす。しかしライトの光は破損した庫内の壁や、崩れてむき出しになった壁の繊維や空の棚しか照らさない。
「それに、アイツもいない!」
ふと足下をライトで照らしてみると、そこには血の跡があった。
それにハサミや、刃物、いくつもの足跡が残り、砂の上には荒らされた跡が残っている。
嫌な予感しかしない。ハヤミはつばを飲み込むと、ペンライトを逆手にとって左手に、拳銃を右手に持って構えつつ、ペンライトを持った腕で銃を下支えし周囲を警戒した。
「誰かいる」
この血の跡。なにかをした跡。その足跡は半壊の格納庫奥にある、また別の部屋まで続いている。鉄製の扉は閉ざされていた。
ためしにノブをひねると、鍵は開いている。
ハヤミは一息つくとドアをそっと押して隙間を作り、部屋の様子をうかがった。
「……!」
音がする。誰かがそこにいる。
ハヤミはもう一度深く息を吸い込んではき出すと、勢いよく肩でドアを押し開いて部屋の中に飛び込んだ。
そこにはカズマと少女の姿があった。
「動くなァ! あ?」
「おまえは何をしてるんだ?」
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