第39話
カズマと少女は、床に開いた穴に糸を垂らし二人でコミュニケーションを取ろうとしているところだった。
「おまえらは何をしてるんだ。動いて大丈夫なのか?」
「おかげさまでな」
眉間にしわを寄せて不愉快そうな顔をしているカズマは少女とのやりとり、身振り手振りをやめてぶっきらぼうに答えた。
少女の方はハヤミに向かって笑顔で手を振ってくれる。
「おまえが水を持ってきてくれるのがあんまりにも遅かったからな。先に起きたコイツに、治してもらったら動けるようになったんだ」
「へえ。よかったじゃん」
「よかぁねーよ」
カズマは手元に置いてあったコップの中身を飲み干し、ついでにランタンのようなものを手に持つとハヤミの近くに置いてくれた。
光の輪が少しだけ広がり、カズマたちの座っている場所の他に座れそうな小物が落ちているのに気づく。ハヤミは銃を降ろし腰に差すと、大きめの箱の上に腰掛けた。
「その。悪かったな。いろいろ心配かけて」
カズマが釣り竿の方を向いてぼぞっとつぶやく。
そういえばこの竿はどこから持ってきたのだろう。
「ああ、まあ、いいさ。オレも迷惑かけたし。その、おまえとか、ミラとかにも」
「いやお前が何かしたわけじゃないってのは分かったよ」
「……なんで?」
「こいつが、その、教えてくれたからさ。お前は無実だって」
カズマが照れくさそうに俯きながら、ランタンの光の向こうで少女の方を指さした。
少女の方は何を言われたのか分かっていなさそうな顔をしていたが、ハヤミとカズマの顔を見比べるような仕草をみせると、小さく顔を傾けた。
カズマは小さく顔を横に振り、消え入りそうなほど小さくため息をついて俯く。するとそのタイミングで、水面に糸を垂らしていた竿が小さく動いた。
カズマが素早く竿を持ち上げると、糸の先には小さな魚が一匹かかっていた。
「ホントだ、本当に魚が釣れた!」
「器用な奴だな。どっから竿なんか持ってきたんだ?」
「コイツが持ってきたんだよ。それに、この傷だって全部この子が治してくれたんだ」
そう言うとカズマは竿と魚を置いて、服の裾をめくり上げて脇腹の青い傷をハヤミに見せた。
痛々しそうな色をして、カズマの横腹が変色している。血も出ているようだったが、そこは包帯でふさがれていた。
カズマはふたたび服を降ろすと、床に置いた魚を針から外して近くの入れ物に投げ入れる。
遠くでは風に揺れ葉のこすれる音、虫の声、床下に流れる地下水脈の小さな音が聞こえた。
少女が何かをつまんでカズマに渡した。それをカズマは、針先に刺して水面に落とす。
竿を床にたててしばらく待つ。水面が揺れる。竿が振れて魚がとれる。
消えないランタンの光が三人を照らす。
しばらくそのような事を繰り返していると、カズマが口を開いた。
「下は、どうだった」
「何も。お前が好きそうな飲み物はあったけど誰もいなかった。ジオみたいな所だったけど、誰もいない」
「早めに、出発した方がいいかもしれないな」
抑揚なく静かにつぶやくカズマの言葉に、ハヤミはぴくりと耳を動かした。
「出発?」
「ああ。お前のことだ、すぐにでもここを経つつもりだったんだろう?」
「まだ何にも決めてないけどな」
あぐらをかき箱の上に座り込んでハヤミがしばらく考え込んでいると、逆に水面を見つめていたカズマが不思議そうな顔をしてハヤミを見上げた。
「出ないつもりなのか?」
そうじゃないさと。ハヤミは言いたかったが、言葉が出なかった。
今まで何も考えないようにしてきたつもりだし、もう後悔したってどうもできないところまでやってきてしまった所ではある。だがこのまま何もない荒野の向こうに飛んでいったとしても、新しい何かがあるわけじゃないとだんだん冷静に考えていたらそう思うようになってきたのだ。
ハヤミは深くうなだれて考え込んだ。それはすべてジオに置いてきたと思っていた、後悔の念に近かったかもしれない。
しばらくハヤミとカズマは黙り込み、少女はカズマが持ち込んだミニプレイヤーとイヤホンで何かを聞き込んで黙り込む。
風がながれ、時間が止まり、桶に入れていた半死の魚がぴくりと尾を振り間抜けな音を鳴らした。
「そろそろ、魚でも焼くか」
そうカズマが言うと少女が顔を上げ、待ってましたとばかりにどこかへ走っていった。
それでまたすぐ帰ってきたが、その手には小振りのガスコンロがある。
少女は得意そうな顔をして小さく胸を張ったが、その姿はまさに、いつか見た少女のそれであった。
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