第36話
墜落してからどれほどの時間が経ったのか。時計を失い光も失った世界の中で、ハヤミは目を覚ました。
気づいたら近くの空きコンテナによりかかり、そのまま眠っていたらしい。体の節々が痛く、体を起こす気にもなれない。最初は無感覚に近かったが、そのうち猛烈な寒さを覚えた。
そして暗闇の中で唯一光るものが、赤い光が、少女の胸元で灯っているのを見る。
「う……このままだと、死ぬ」
行くこともできず、引くこともできず、暗がりの何もないこの状況。ハヤミは、八方ふさがりであることを認識した。それでもその場で踏みとどまるのだけはなぜかしようと思わず、とにかく前へ進もうと、ハヤミは不思議と思った。
それは、少女を見てからかもしれない。前だったらたぶん、ここで諦めていた。
「は、ハヤミ……」
「カズマ! どうだ、体の方は」
「動かねえんだ。体が……息も、できねえ。苦しい、痛えんだ」
「どうすれば楽になる?」
少女の灯す赤い輝きを頼りに、ハヤミはカズマの服を脱がし楽にしようとした。だがそれをカズマが止める。
「水をくれ。なんだか、喉が渇いちまった」
「水?」
「耳を澄ませてみろ。水が流れてるんだ」
ハヤミは言われたとおりに耳を澄ました。だが水の音は聞こえなかった。
よく見ればカズマは吐血している。影に紛れて、カズマは血を吐いていた。
「なあ、水を飲ませてくれ。もうダメなんだ、喉が渇いて仕方がねえんだ」
カズマはそういうと乱暴にハヤミの腕を掴んだ。これが最後とでも言い足そうな表情で、サイボーグカメラの周辺の筋肉を歪ませ必死の表情でハヤミに迫る。
「わかった、水だな、待ってろ今すぐ持ってくるからな」
「水を飲ませてくれ!」
言い合っているとき、闇の向こうで物音がした。ハヤミはカズマの頭を抑えつけ床に抑えると、かがみながらゆっくりと物音のする方向を向いた。
「誰かいる」
「誰か? フォックスか?」
「いいや」
隣で眠り続けている翼の少女は相変わらず苦しそうに息をし続け、目を覚ましていない。
それに胸元の赤い光はジオにいた頃よりも強くはっきりした光を灯しているが、その光は今はもうどこも示していなかった。この周辺一体を全体的に照らしている。
ハヤミは拳銃を抜くと、物音のした方に向けた。
「そこにいるのは誰だ」
荒い息をするカズマ、苦しそうな少女を背にハヤミは一歩前へ進む。少女を背にして、ハヤミの黒い影が前方に伸びる。すると壁のようにそびえていた真っ暗な闇が、ゆっくりと動いてハヤミをのぞき込んできた。
「ッ!!!」
それは、翼竜だった。それも、ハヤミとジオを襲っていた奴らよりも何倍も大きな個体だ。
牙を覗かせ目を開き、眼下のハヤミを睨んでいる。だがその獣は、ジオを襲った奴らのような凶暴性が感じられなかった。
それによく見ると、第三の目のように見えなくもない胸元の例光る物……胸元の制御クリスタルは、翼の少女が最初そうだったように輝いていない。
ハヤミは少女を振り返った。少女は未だ昏睡状態のまま、胸元の赤い光を灯し続けている。
『…………』
目の前の巨獣も、少女を見ているのだろうか。その目が少女を見て何を思っているかハヤミには分からなかったが、敵意や悪意があるようには見えなかった。
『……』
その証拠に名前も分からない巨獣はゆっくりと歩くと、ハヤミの横を通り抜けて少女の下へしずかに進んだ。
ハヤミが慌てて巨獣と少女の間に割ってはいると、巨獣はハヤミの動きを察してかそれ以上進むことはなくなった。だが長い首を前に伸ばすと、床に横たわる少女に鼻を近づけ、大きく息を吸ったり吐いたりした。
「ッ……」
しばらく声を出せないでそのままにさせておくと、巨獣はそのうちおおきく深呼吸するように少女の胸元のクリスタル基盤から何かを吸い出し、そのまま何もなかったかのように頭を持ち上げた。
「あっ」
赤い光が、だんだん弱くなっていく。少女が灯していた赤い輝きがだんだんその勢いを落としていく。それはまるで、短くなったろうそくがゆっくりと輝きを失っていくようでもあった。
ただ少女の方は、今まで苦しそうだったのが楽になったようだった。スウスウと寝息をたてて眠っている。
「消えた。なにを、したんだ?」
巨獣は答えなかった。ただ人の言葉が分からないのか、それとも分かってはいるが答えられないのかは分からないがじっとハヤミを見つめたあと、ゆっくりとその場を歩いて去っていく。
格納庫の巨大な入り口を超えて、翼を開くと、巨獣は大きな翼をはためかせて飛んでいく。
強い風が埃とともにハヤミを襲いハヤミは腕で目を覆ったが、しばらくして風が弱まりハヤミが腕をどかすと、すでに巨獣の姿は黒雲の彼方に消えていた。
外は暗かった。向こうにはドーム型の建物がある。
ハヤミはいったん格納庫の奥に戻り、寝ているカズマや少女の様子を見定めた。
「いま、水をとってくる。それまで静かにしていろよ」
カズマは返事をする代わりに、小さくうなずく。少女は未だ眠り続けていた。
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