第34話

「やめてくれカズマ! オレを殺す気か?!」

『死ねハヤミぃ!!』

 尋常ではない怒気をはらんだカズマの言葉が、無線先から聞こえてくる。

 他にも頭上で回避機動をしていたアークエンジェルたちの動きが落ち着き、そろってハヤミたちの後ろをついてくるようになる。

『そこの黒塗り! もしかしてカズマ少尉か?』

『アニキ! そこどいて! そいつ撃てない!』

 小柄で、古ぼけていて、使い古され時代遅れの旧式機を、デュアルファングと、三機のアークエンジェルたちが追いかける。

 空に伸びる筋状の雲、白い雲、黒い雲、ハヤミの乗り込む旧式機はすでに限界を、エンジンの融解点を超えていた。

「クソッ! 寄ってたかってオレを殺す気か!」

『生きて帰れると思うなよ!』

「帰るかバカヤロウ!! オレはオレのすることを」

 咳をするように途切れ途切れの黒雲をはき出すハヤミ機に、白い翼と黒い翼の新鋭機たちが、螺旋になって追いすがる。

 カズマの黒い機体は斜めに伸びたフィンが、大気を歪ませ熱線をはき出す。それが先頭を飛ぶハヤミ機の翼端をかすめ、火がついた。

「オレがお前を騙すわけないだろう?! 世話になったオマエのかーちゃんを、オレが殺すわけないだろう! 今までオレが嘘ついたことあるか?!」

『嘘つき野郎が! それが人の親を殺した奴の言葉か!』

「オレはオマエのバディだ! 今までも! これからも! まだ軍に入る前だって、地べた這いずり回ってた時だって、オレたちは一緒にそうしてきたじゃないか! それを、おまえは殺すのか!?」

 カズマが叫び、デュアルファングのフィンが幾筋もの熱線をはき出す。


「目を覚ませカズマ!」

 いつしか後続のアークエンジェルたちは距離を取り、ハヤミと、カズマのドッグファイトを静観するようになっていた。

 周りの空域は、荒れた岩肌の見える山脈の麓。

 流れる雲。渦を巻く大気。雷鳴。光る雲。それから、空を駆け抜けるどす黒い雨。

 ハヤミ達が最初に来た場所だった。

 ハヤミたちの動きが鈍ってきたところを、アークエンジェルの一機が狙いを澄まして後ろにつき、そのまま掃射を試みる。

 次に隊長機が上空を陣取り、ハヤミの空域脱出を阻止する。エンジン出力を増してハヤミ機に近づきとどめの一撃を食らわせる三機目が現れて。

 カズマのデュアルファングが、アークエンジェルの軌道に割り込んだ。

『……! カズマ少尉! 離れてください!』

 突撃を試みた三機目のアークエンジェル、テス曹長の三番機は懸命にデュアルファングを追い抜こうと軌道修正を試みた。だがその鼻先を、デュアルファングはかたくなに邪魔して先に進むことを許さない。

『少尉!』

『テス曹長……手を、出すな。この口先ヤロウを、俺が絶対ぶっ飛ばすんだ。テメエらはすっこんでろ!』

『少尉?!』

『すっこんでろっつってんだよ!』

 テス曹長のアークエンジェルの航路に割り込み、その他の二機たちにもフィンを向け、熱線の射出口を広げチャージの音を出す。

 大型なデュアルファングは小回りが利かない。その代わり、全方位に対して攻撃ができる特性があった。高々度射撃プラットフォームでもあるデュアルファングは、いまこの空域にいる全機を同時に攻撃できる能力があった。

『アニキ……そいつをなぜかばうの! アニキだって分かってるでしょ! お願いだからもう、やめてよ。もうやめてよ!』

 ミラが泣き声で訴え、テス曹長のアークエンジェルも動きをにぶらせ、自身の進むべき航路に迷っている。

 一人だけ、最後までぶれずにまっすぐ飛び続けている機体があった。

 アトス少佐のアークエンジェルが、ゆっくりと前に出てきてカズマのデュアルファングに近づく。

『カズマ少尉。君はハヤミ少尉を守るのか。オレたちジオの、第二小隊の邪魔をするのか』

『オレは、教官に言われたとおりにずっと空を飛んできたつもりですよ。そりゃあいろいろありましたが』

 ハヤミは煙を噴く計器板を押さえ込み、途切れ途切れの無線を拾いつつ黙って聞いていた。

 コクピットの脇、鏡に映る反転した空、デュアルファングの黒い翼が、まるで迷うようにふらふらと飛んで付いてきている。

 その後ろに、第二小隊のアークエンジェル。

 残燃料低下のアラームが灯り、ハヤミは息をのんだ。

『決着を、つけなきゃならないんです。この、バカ野郎と俺だけの話しだ』

 カズマが何か決意したように、言葉に力を入れてしゃべる。

『それだけは教官にも譲れません』

『命を賭けてでもか?』

『ええそうです。これは、俺とアイツの問題です』

 そのとき、眼下の岩肌と低高度に広がる灰色の雲の隙間から、見覚えのない古いタイプの戦闘機が姿を表した。

 最初はただの黒い点だったが、急速に接近してきてハヤミとカズマ、それから三機のアークエンジェルたちの前に現れて翼を翻す。

『……あれは!』

 アトス少佐が声を上げた。

 テス曹長やミラたちが息をのむ音も聞こえ、ハヤミもブレーカーを引きちぎりながら機体残念料の延命操作を中断し、空を見た。 

 灰色の翼。連なる星。最新型のアークエンジェルにはついていない、古いタイプのカバー。国籍を表す塗装は剥げ落ち傷んだような外観はあるものの、その姿はまさに。

「アーク、エンジェル」

 ハヤミは息をのむようにつぶやいた。

『フォックスじゃないか』

 フォックスだった。誰の目に見ても。

 それはまぎれもない、自分がジオ地下の仮想空間でずっと戦ってきて、追いかけて、落とされて、諦めて、ずっと下から、遠くから、羨望と諦めの目で見つめていた伝説のアークエンジェルと、フォックスの姿だった。

 と同時に自分が今何を見ているのか不安になってくる。

 これはまた仮想空間なのか。カズマのハッキングと電波妨害なのか。ハヤミは自分の目の周りを手でなぞった。

 それから気になって周りを振り返ってみる。

 この旧式機には、仮想空間を認識できるバイザーも高度なコアも積んでいない。

「フォックスなのか?」

 ハヤミのつぶやきに呼応するようにふたたび無線が騒がしくなり、アトス少佐が『静かにしろ!』と一括した。

 強い統率力のアトス少佐の一声に、ミラとテスは黙った。

『フォックス、なのか。これが報告にあった、いや』

 疑念に駆られるように、アトス少佐は声を絞るようにして無線先に問いかけ続けた。

『本当に本物なのか?』

 だがフォックスは答えなかった。

 手信号でフォックス自身の状況をこちらに伝えようとしてくる。そのやり方はまるで前時代的だったが、やり方は基本通りの内容で、それこそハヤミ達が航空学生だったころに教科書で習ったとおりのような形だった。

 手信号で伝えてきた内容は多くはなかった。フォックスの機体は古く、無線が壊れている。この近くには敵が多く、交戦は控えるように。今すぐ引き返せ。

 ハヤミは煙の出ているコクピットから懸命に顔を覗かせ、併走するフォックスに向かって懸命に自身の状況を伝えた。

 無線は生きている。電源系統は半分死んでいる。油圧は死にかけている、エンジンはそろそろ限界。燃料はあと五分で切れる。

 フォックスはゆっくりとうなずき、このまままっすぐ飛べと伝えてきた。

 次は、ぴったりとハヤミの後ろについてきているデュアルファングとカズマだった。

 無線ではテス曹長とミラ同士のささやき合いやアトス少佐らしい人物の声が混線し判別が難しかったが、カズマだけは無言を貫いているようだった。

 視界取りが難しく直接振り返って見ることもできなかったが、カズマは何かの意思をフォックスに伝えたらしい。

 しばらくして、フォックスはゆっくりとデュアルファングから離れ最後尾の三機の脇まで降りていった。


 少し経ってフォックスのアークエンジェルが第二小隊のアークエンジェルたちから離れ、もう一度ハヤミたちの脇に機体を寄せて下を指さし、それから二本指を倒してみせた。

 ゆっくりハヤミ達の前につくと、大きく翼をバンクさせる。

「ついてこいだと?」

『カズマ少尉に、ハヤミ少尉。我々はこれより、基地に帰投する。おまえたちの果たし合いを最後まで見届けられないのは残念だが、予期し得ない強敵と接触し、被害は甚大、燃料も保たない。中隊長たちにはお前たちは互いに撃ち合って、地面に墜ちたと報告しておく。事実、その通りになるだろうからな』

 アトス少佐の言葉にハヤミは振り返ると、確かにカズマのデュアルファングも黒い煙を吐いていた。

 先ほどなんだろうが、おそらくテス曹長との異常接近の時に弾が翼をかすったか貫通したのかもしれない。

 ハヤミの方も限界だった。マスクから供給される酸素と空気に煙が混ざっている。

『ハヤミ少尉は覚悟してのことだろうが、カズマ少尉。分かっているだろうが、お前の軍籍はなくなる。ジオにお前の居場所はなくなる。それでいいんだな?』

『俺はコイツと、決着をつけます』

『妹にも会えなくなるんだぞ』

 後から追いかけてきているアークエンジェルたちがゆっくりと機速を落とし、次第にハヤミ達から距離を遠ざけていく。

 だがそのうちの一機だけ、ミラ中尉の乗る一番機だけが、しばらくハヤミ達と一緒に空を飛び続けた。

『それで、いいんだな』

 アトス少佐の声が、途切れ途切れで無線に響いた。残響のように、消え入るように、徐々に声が遠くなっていく。

 ミラ中尉、カズマの妹で、ハヤミ達と昔から一緒にいた悪友でもあり、ガレージ仲間でもあったアークエンジェルの一番機は、しばらくすると何も言わず翼を翻し遠くへ飛び去っていった。

『それが、お前たちの選択だな。それなら、仕方がないな』

 次にアトス少佐が、翼を翻す。

 テス曹長もそのまま帰るのかと思っていたが、しばらく迷うようにしていた。

 ハヤミは無線のスイッチを入れた。

「テス曹長。きれい事を言うわけじゃないが、自分の信じた方へ進むのも悪い事じゃないと思うぞ」

『違います。俺はただ、なんか、自分が思っていた少尉は、なんだか全然違ったんだなって思って』

「なにが違ったって?」

『…………なんでも、ないです』

 ハヤミはフン、と余裕の声を出した。残燃料が残り二分を切り、内心はひやひやしていた。

「ジオでまた会おう曹長。今度は負けねえからな」

『是非とも。じゃあ、お気をつけて』

「おう」

 そうしてテス曹長も翻り、濃い雲の彼方へと消えていく。

 カズマのデュアルファングのうなり声、雷鳴が響き、アクリルガラスガラスが雨粒をはじき飛ばし、フォックスのアークエンジェルは高度を下げていく。

 ついに警告が残燃料低下から、燃料無しに切り替わった。

 残り三十秒弱。眼下に古い空港跡が見える。

 フォックスはいなくなっていた。

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