第33話
※
螺旋の渦を巻くように、いくつものミサイルが筋をひいてハヤミのエンジンの尾に迫る。
「ちっ!」
ハヤミは旧式機のスロットルを開き、アフターバーナーを入れた。
しかし機体はハヤミの指示通りに動かず左側のエンジンだけが、赤い炎を伴って高熱状態に移行した。
警報装置が作動しけたたましく非常警報が鳴り響く。それと同時に、右エンジンの異常加熱を感知したという警報灯がついた。
「なぜ!」
ハヤミはエンジンのスロットルを戻しながら無線にどなった。
「なぜだ! なぜオレを逃がしてくれない!?」
『裏切ったからよ!』
ミラ中尉の声が、泣きながらなのか鼻づまりしたような声が響く。
『あながた、自分勝手なことをしたから私のお母さんたちは!!』
「それは誤解だ!」
ハヤミはきりもみ状態に陥りながら懸命に弁論を繰り返した。
「オレは何も裏切っちゃいない! 敵にだって寝返っていないし、内通だってしていない! オレははめられたんだ!」
『じゃあその子はなんなの?! なんのために、一緒に逃げようなんてしているの!』
視界が回る中、ハヤミは操縦桿を引いてから戻し、フットペダルを踏み込んで姿勢を戻した。
だが目の前に地面が迫る。
「くそっ!」
緊急回避として操縦桿を引き上げる。だが油圧が足りず、翼が言うことをきかない。
咄嗟の判断でハヤミはブレーカーを引き抜き、燃料位相系をすべて作動させ燃料タンクを切り替えた。
異常加熱で作動不良を起こしていた右エンジンが止まり、ブレーカーが外されたことで第一燃料タンク、第三燃料タンクに残燃料のすべてが集中する。
ハヤミは左エンジンを吹かし、右油圧系統をすべて非常用油圧系統に切り替えた。
死んでいた右翼が、突如動きを回復させ補助翼が動く。操縦桿が左側に大きく動いた。
「あがれ!!」
『上がらせるか!』
頭上から影が迫り、アークエンジェルの三番機がハヤミに向かって機銃を放つ。
『少尉、あなたはやり過ぎたんだ!』
「テス曹長か!」
地面すれすれを機体がかすめ飛び、跳ね上がった石がアクリルガラス板を傷つける。
「どうしてオレを追う! おまえにとってオレはなんなんだ!?』
『あなたはオレにとってヒーローだった! 今までだって、ずっと!』
「じゃあそれが、オレを落とさなきゃいけない理由にはならないだろう曹長! それとも命令ならなんでも落とすって言うのか!」
対地高度のすぐ上をとられ、機体の後ろを執拗に追いかけてくるテス曹長のアークエンジェルにハヤミは問い続けた。
「オレを逃がしても、お前に罰が当たるわけじゃないだろう?!」
『そうやって、あんたは逃げればいい。けどオレの見てきたあんたは勇敢だった。でも実際は違った、あんたは弱い! 逃げ続けるだけだ!』
「オレはお前と戦いたくない!」
黒煙がエンジンからあがり、非常用油圧アクチュエーターが絶叫をあげた。
パワーはあがらず。だがそうこうしているうちに、視界が開け眼下に湖が広がった。
ハヤミは懸命に操縦桿を握りしめ、後方から迫るアークエンジェルたちの動向をうかがった。
三番機の後ろに一番機、ミラ中尉のアークエンジェルがついている。
『あんたがそうやって逃げ続けるつもりというなら!』
テス曹長のアークエンジェルがすぐ後ろについて、機銃を回す。翼をかすめる銃弾が湖面を打ち砕き、砕けた水が滝のようになってハヤミの翼をなでた。
『オレはあんたを殺す!』
「誤解だ! それは誤解だ!」
湖面を振るわせ、空気を吸い込み、ハヤミの旧式双発機は超低空を這うように飛び続けた。そのすぐ後ろを二機のアークエンジェルが、互いに螺旋を描くように、あるいは競うようにハヤミを追いかける。
苦し紛れに操縦桿を引くと、機体が上昇しかけたその先に機銃が撃ち込まれた。
太陽を背にして、渦を巻く雲と雲の間を灰色の翼のアークエンジェルが飛んでいる。
『いつまで逃げ続けるつもりだ、ハヤミ少尉』
アークエンジェル二番機、アトス少佐の翼。
少佐の機体は他の二機とは違う指揮官仕様だった。少佐は、ゆっくりと空を飛び続けてはいるがハヤミの旧式機が高度を上げ後ろの二機を引き離そうとすると、そのたびに機銃を撃ってハヤミを牽制した。
広い湖の上を、一基のエンジンだけを吹かして二人の追跡を受け続けてきて、そろそろ機体が限界を迎えつつあった。右エンジンが死んで動かないところを、左エンジンまでもが限界高温に突入しようとしている。
ハヤミは祈るように操縦桿を握りしめ、そうして傍らの少女を再び抱きしめた。
追い詰められ、これ以上進める先がない。湖は終わりを告げてその先にはガラスの山脈が広がる。
ハヤミは覚悟した。そのとき、レーダーに別の反応が示された。
最初はなんてことのない、四機目のアークエンジェルだと思っていた。軍から脱走したハヤミを追ってきた第二小隊の後続……くらいだと思っていたがその動き方がおかしい。
最初は一機。次に二機。四機八機と機影が増えて、丸いレーダー画面の半分ほどを埋め尽くす光点の大部隊がハヤミと第二小隊の後を追いかけ始めた。
『な、なんだ?』
最初に異変を感じたらしいのはアトス少佐だった。続いてハヤミも空の向こうを見てみたが、レーダーに写っているアークエンジェルの大編隊は見て取れない。
だがアトス少佐たちは、その動き方を見るとはっきりとその姿が見えているらしい。
『なんだこいつらは』
『しょ、少佐!』
『味方が! こちらを!』
ハヤミを追いかけていたテス曹長とミラの二機が回避機動に入り、射線がハヤミを捉えなくなった。その隙を突いてハヤミは上昇し高度をとったが、上空にいるアトス少佐の二番機もハヤミの動きに反応しない。
それどころか、見えない何かに反応して回避機動をとっているようだった。
「何があったんだ?」
三機のアークエンジェルたちが見えない何かと戦いはじめたとき、ハヤミは雲間の彼方に、なにか黒いごま粒のようなものが覗いているのを見つけた。
「あれは……デュアルファング?」
遠目に見ても特徴的な、下方に伸びた二枚のブレードアンテナがよく見て取れる。だがあの機体が誰のものなのか、なぜそこにいるのか、そこで何をしているのかは遠くで見ているだけでは分からない。
ただあの機体に乗っていて、この空域に来てまでハヤミを追っているのだとすれば。
「カズマ! カズマなのか!?」
ハヤミは懸命に無線に問い続けた。だが無線はノイズを拾うばかりで、黒光りするデュアルファングからの応答は一切拾わない。
ブレードアンテナ、両脇に突き出たレーザー射出口、ポッド型の自立航行兵器、一対の大型射撃兵装をフル装備したデュアルファングは不気味な静けさを保ちながら、雲間から降りてゆっくりとハヤミの旧式機に近づいてきた。
無線周波数が合ったのか、ノイズと共に聞き慣れた声が聞こえた。
『ハヤミか』
カズマの声だった。
「カズマ! あの三人に言ってくれ、オレを撃たないでくれって。オレはジオを裏切ってなんかないし全部誤解だ! オレは逃げてるんじゃない、追いかけてるんだ!」
『追いかけるだって? 何をぬけぬけと』
カズマの声が徐々にはっきり聞こえるようになる。
カズマのデュアルファングはハヤミに追いつくと、はっきりとした殺意をもってハヤミの乗る旧式機の後ろについた。
『ハヤミ。おまえ親はいるのか』
「……いや」
ハヤミは答えにくそうに答えた。
『育ての親はいただろう』
ハヤミは答えなかった。カズマの、殺意をにじませた声がはっきりと耳につく。
『今日、俺の母さんが死んだ。家に帰ったら化け物に襲われてた。地上から来たあいつらだ。その化け物がジオにくるの、おまえ全部知ってたんだろう』
「だからっ、それは誤解なんだっ! カズマお前なら分かってくれるだろう?!」
『ああ分かってやるよ。お前はいつも身勝手で、誰の話も聞かないでいつも勝手に何かやらかして、その尻ぬぐいはいつも俺がしてやっていた。鼻持ちならねえ、どっかの天才様みたいな顔したクソ野郎だったが、それ以上にいいところもあったさ』
カズマのタレットガンが動き、射撃レーダーがハヤミを捉えていると警告音が鳴る。
ハヤミは祈るように天を仰ぎ、震える声で無線の先に声をかけた。
「なあ、カズマ。オレたち仲間じゃないか。話せばわかる、もうエンジンがもたないんだ」
『ああそうだな。俺たちは仲間だ。いっつも、そうだ。おまえが話して、俺が聞く。だが今日は俺がお前に答えてやる日だハヤミ。俺がお前を殺す!』
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