第29話
濃い紺色の地平線が、うっすらと白みがかっている。と同時に、自分たちが地下から出てきた時に使ったゲートも開いた。
中から誰かが数人、銃を持ってハヤミたちの隠れている格納庫にひたひたと駆け寄ってくる。
動きはプロ中のプロ。尋常ではない慣れた様子で身をかがめ、こちらの様子をうかがっている。
「クソッ、もう朝か!」
これからどこに行くのか。どれだけ飛ぶのか。
間に合うのかも何も分からない。ただひたすらに、空を目指すためハヤミは再度パネルのスイッチをオンに入れた。
機体が震え、パネルが赤色を帯びて輝き出す。
指示器はほとんど正常な数値を示したが、それが正しいのかどうかも確信は持てない。ハヤミは、エンジン始動手順を踏んだ。
外部電源装置が甲高いエンジン音を唸らせはじめ、加圧空気を送り込む給気ホースが床の上をのたうつ。
「さあ来い!」
戦闘機はゆっくりとアップを始め、回転計はまるで寝起きのようにのろのろと動いた。
兵士が数人、遅れて一台の車が格納庫の前に止まった。それは、一目見て地下から持ち出された普通の荷台付きのピックアップトラックと呼ばれる商用車だ。だが荷台には、長い砲身の突き出た対空砲が積まれていた。
銃座には背の低い、特徴的な羽根をつけた人造人間がいた。明らかにあれは人間じゃない。
油圧ジェネレーターがゆっくりと回転しだし、低くくぐもった音がエンジン後方から響き始める。
「早く! 早く早く早く!!」
二基付いているエンジンの左側にやっと火が付き始めた段階で、トラックのドアが開き中から奴らが現れる。
その目は鋭い眼光を放っており、人とは思えないグロテスクな……皮がはげて人工繊維の中身が一部露出している者もいた。
荷台上の機銃もこちらを向き、一気に発砲してくる。
「クソッ! クソッ! クソッ!!!」
ハヤミはコクピットの中に身を隠し、拳銃を抜いて応戦した。相手がひるんだ隙を見て機外に飛び出し、格納庫の隅に寝かせておいた少女の元に駆け寄る。
頭を出して外の様子をうかがえば、そこを狙って大量の銃弾が浴びせられた。
穴だらけになって吹き飛ぶ工具棚に、塗料入れや滑車付きの予備機材庫たちも銃弾によってばらばらに吹き飛ばされる。
僅かな壁の隙間に身を隠していると、今度はまた新手が突撃してきて銃座トラックをひっくり返した。
それは陸軍の、人型機動歩兵だった。爆音も聞こえて、今度は戦闘車両がやってきて砲塔を回転させる。
炎上するトラックに砲身を向けると、照準を絞り警戒している様子だ。だがそこから、新手の羽根付き兵たちが飛びかかっていって戦車たちを取り巻いた。
ハヤミは拳銃を向けながら、少女を抱いて戦闘機に駆け上がった。
太い外部電源ケーブルを抜き取って投げ捨て、翼によじ登ってコクピットに潜り込む。
「動いて、くれよ……ッ」
少女を座席に入れると自分の体を片側に寄せて、ゆっくりとスロットルを動かしながらスイッチを入れた。
エンジンの回転計が跳ねるように動き出し、油圧計が上昇する。
目の前で、起動歩兵のコクピット部分が装甲板ごと引きちぎられ赤い何かが飛び散った。
戦車の方も、キャタピラーを動かし右往左往している。砲塔を回しうろたえる様子はまるで、羽根蟻にたかられた小さな芋虫のようだった。ハヤミは右側エンジンの始動を試みた。
「さあ動いて! 動け……!」
スロットルをゆっくりと前に倒しつつ、イグナイトスイッチを入れてエンジン点火を試みる。右エンジンのタービンがゆっくりと回りだし、機体がゆっくりと震えだした。
「動け動け動け! 動いてくれ!」
レバーをを押し込み、コクピットを閉じる。アクチュエーターが閉じてガラス面がぴったりと機内を閉じ込めると、与圧が全身を包み込み、独特のむくれるような感覚が体を襲った。
外では給気ホースが踊り、戦闘の音、発砲音がびりびりと全身に伝わってくる。
だがそれよりも、ターボエンジンの唸り声の方が勝っていた。
血が沸き、肉が踊るような。
何かが始まり、何かが終わりそうな。白い羽虫のような奴らにたかられ動かなくなっていた戦車が、砲塔を回してハヤミ達の戦闘機に砲身を向ける。
ハヤミは、自分の体に横たわり静かに息をしている少女の顔を横に向けた。そして操縦桿のカバーを外し、トリガーを引く。
「……ッ!」
座席前方でガトリングガンが高速回転しだし、目の目にあるすべてのものが吹き飛んで消えた。紫色のガスが横に飛び出て空中に漂う。
戦車はそこで動かなくなった。中身は、定かではない。
「いったい何が何なんだチクショウ!」
ハヤミの戦闘機は二基のターボエンジンをさらに唸らせ、沈黙した戦車を脇に置いて駐機場から誘導路へと飛び出た。
外は地下世界を守る最後の人類たちと、かつてあった国の生き残りたちが戦う最後の戦場となっていた。
燃料タンクを燃やしながら走る軽戦闘車が土をまき散らしながら地表を走り、近くにいた別の車両に激突して横転させる。その軽戦車を、新たな重戦車が出てきて横から狙い撃ちする。
物陰に隠れていた兵士たちがゲートの内側から外を撃ち、その兵士たちの脇を、ヒキガエルのような形をした丸い装甲と茶色い迷彩塗装の機動歩兵が駆け上がっていく。
誘導路を自走していくとその周りには、いつか砂の大地で見たような形の自走砲台や戦闘車両が完璧な円陣を組んで動いていた。
そこへハヤミの所属するジオの陸軍車列が、砲を向けて一斉に砲撃をくわえる。
ミサイルが上空へ向けられて飛び立ち、半円を描いて地上へと降り注ぐ。その脇を、ハヤミの旧式戦闘機はゆっくりと走っていた。
『そこの予備戦闘機! 止まれ! どこの所属だ!』
床に転がっていた古いタイプのヘルメットヘッドセットから、友軍と思われる士官の声が聞こえた。
ハヤミはヘルメットを拾うと、マスクを手に取りマイクに向かって怒鳴った。
「こちらはジオの空軍兵、オッドボールワン! 一度離陸し上空から援護する! 離陸の許可を請う!」
『待て待て! オッドボールワン、どこの所属だって?』
ハヤミは所属について言おうか迷った。だがカズマや、その妹や、隊長やその他の仲間たちの顔がふとよぎり、すべてを言わないことにした。
「時間がない! 離陸許可を!」
視界の先に伸びる細い道がいったん途切れ、ハヤミはフットペダルを踏み込み機体を反転させる。
細い誘導路は九十度に曲がり、転じて目の前に数百メートルの太い滑走路が伸びる。
この先は前人未踏。誰も踏み込んだことのない、誰も行ったことのない空の道。
砂埃が舞い、きらきらと輝く液化冷却剤の粒子が雨のように降り注いでいる。
「離陸の許可を!」
ヘルメットをかぶると、耳元のイヤホンからはしばし空間微量ノイズだけが聞こえてきた。
しかしすぐに、管制塔の若い士官の声が聞こえてくる。
『了解オッドボールワン、離陸を許可する、繰り返す、離陸を許可する!』
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