第28話


 なぜか、少女を守りたいと思っていたハヤミの中の希望は消えたように思えた。

 長い影を残し、地平線の彼方に真っ赤な太陽が沈もうとしている。

 世界を覆う黒い影。理由のない戦い。作られた希望。

 限界を迎えた、真っ青な空。滅びようとしているこの国。

 そして腰に巻き付けたベルトに挟んでいたハンドガンを抜いて、ハヤミは地面の少女に向けた。

『おいはやまるなよ』

「オヤジ、アンタはおれを騙してた。オレはあんたらに騙されていた。そしてコイツにも、オレは全部に、自分の見ている物すべてに騙されていた。オレは全部を壊してやる」

『落ち着けハヤミ』

「アンタもだ! オヤジ!」

 ハヤミは手に持つ軍製品のハンドガンをオヤジのホログラフィに向けて、ゆっくりとコックを引いた。

 そして照準の先をゆっくりと横に向けて、この目の前のホログラフィを動かしているであろうパネルを狙う。

 オヤジのホログラフィは最初驚いたような顔をしていたが、次いで呆れた顔をしてため息をついた。

『おまえが何をしようと、お前の自由だ。だがお前が何かを壊したところで、世界は何も変わらないんだぞ。冷静になるんだ』

「オレは冷静だオヤジ。マザーやアンタたちの勝手なことに、うんざりしただけだ。今まで何度も繰り返してきているだと? だったらここで、全部終わらせてやる! ぶっ壊してやる!」

『おまえが騙されていた事実は変わらない。謝ろう。だがハヤミ、その彼女はお前を騙してはいないし、わたしもお前を騙すだけ騙して、何をしようという気もない』

 男のホログラフィはそう言って、ハヤミの足下に転がる翼の少女を指さした。

『彼女は確かに命令に忠実だったんだろう。最初の数十年くらいはな。だが長すぎる戦争のせいで、彼女は少しずつ変わっていったらしい。戦争は確かに終わっていた。彼女はおそらくそう思っていたのだろう』

「それが、オレになんの関係がある?」

 ハヤミはハンドガンの引き金に指をかけ、ゆっくりと力を加え続けた。

『彼女は何かを伝えようとしている。おまえに、何かをだ。それが何なのかはわからなんが』

「何をだと?」

『ログでは、分からなかった』

 オヤジのホログラフィはそう言って両手を挙げ、降参を示すポーズをとった。


 すでに周囲は暗くなっており、冷たい風が体をなぞって布地をはためかせる。

 空に浮いた巨大空中空母がらちらちらと覗く火の手や、地下都市の通気口からもくもくとわき上がる濃くて黒い煙が空を覆い、僅かばかり晴れている夜空に暗い色を広げている。

 オヤジを映し出すホログラフィの淡くて青白い光が周囲を照らし、ハヤミは拳銃の引き金から指を外し銃口を下に向けた。

「分からない。こいつは、オレに何を伝えようとしていたんだろう」

『マザーの中でも意見が分かれている。敵を排除し、お前と少女を捕まえて、もう一度世界を創り直そうという勢力もいる。今は拮抗状態だ』

「それでオヤジは」

『オレは、マザーの中の意思でしかない。フォックスの外見をまとっている』

「オヤジは、オレにどうしろと言っているんだ」

『フッ』

 オヤジは顔の見えない顔で笑った。そして一歩踏み込むと、ゆっくりとハヤミの近くに歩み寄ってくる。

『何かあると、誰かに何か決めてもらいたがる。初めてあの地下で出会った頃も』

 そうしてすれ違い際に、オヤジは立ち止まりぽんと肩に手をかけた。

『未来はお前が決める。何度繰り返そうとも』

 重みのない手が肩に触れ、実態のない虚像がゆっくりと闇に同化して消えていく。

『お前はお前だ、ハヤミ。フォックスの後を追おうとするな。未来は常に、お前とともにある』


 闇が、完全に世界を包み込んで幾らかが経つ。

 ハヤミは誰にも向けなかった銃をベルトに突っ込むと、地面に倒れる少女を抱きかかえ格納庫へと向かった。

 鍵は開いていた。

 出入り口の鉄製ドアを開けると、ほこりっぽいむっとした空気とともに冷たい空気が頬を刺す。

 試しに壁際のスイッチを入れると電灯がつき、庫内には一機の、とても古い戦闘機が置いてあった。

 戦闘機は、手つかずのまま何十年も放置されていたかのように荒れ果てていた。

 ただ奇跡的に計器類は、叩けば直る程度の故障のみで動かないわけではなさそうだ。

 時計とか。高度計とか。

 電源が死んでおり外部からケーブルを持ち込んで機体に接続し、試しにパワーを入れてみると燃料が入っていないのが分かった。

 燃料は、予備の備蓄燃料庫があったので車を使ってなんとかした。

 ほとんど補給はできなかったが、時間だけはどんどん過ぎていった。まったく足りない時間をほとんど使って旧世代機の復旧作業に当てたが、ついに時間切れとなった。

 朝が来る。今まで誰にも邪魔されなかったのが奇跡だが、ついにハヤミ達は邪魔者の目にとまり侵入者がやってきた。

 ハヤミは重い防火スライドゲートを広げ、格納庫を開けた。


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