第24話
長い通路の先を進んでいくと、次第に通路中の機器たちが眠りから目覚めたように動き始めた。
最初の変化は微々たる物だった。淡い光点がどこからか灯り始め、次いで一気に通路中を突き抜け世界は無機質なブルー一色に成り代わる。
『侵入者あり』
抑揚のない時報のような声が通路中に響き、明るくなった通路中からカメラアイというカメラアイが出てきてハヤミ達を覗き出す。
「今さらお出ましかよ」
『侵入者あり』
年の若い女のような声だが、その声質は異様に落ち着いている。この声は合成音だ。
声に合わせて壁面の光はゆっくりと照度を上げていくが、それ以外の変化はまだない。
ハヤミは少女を担ぎさらに先を急ぐ。
先ほど通った、四面ガラス張りの海底トンネルは相変わらず暗い。頭上を漂う巨大な鱗魚が、巨大な目をぐりぐりと動かしハヤミ達をのぞき込む。
『侵入者あり』
「うるせえ奴だ」
合成音がけたたましく鳴り、ハヤミたちの進む通路中を振るわせる。
無機質なカメラアイがハヤミを捉え、通路中の突起物を動かして二人の動きに合わせてゆっくりと動く。
「今さら何が侵入者だ」
『侵入者あり』
警備隊が出動しているという雰囲気もなく、ただ無機質な声が通路中に響いてハヤミを心理的に追い詰めた。
「これが目、なのか? オヤジの言ってた?」
『侵入者あり』
「それっぽくないけどな。いや、違うんじゃないのか」
頭上を漂う巨大鱗魚を後に、ガラス張りの通路を上りきり再び地下深い道を進む。
今度はどこかで地崩れが起こったように、床が小さく揺れた。
最初それは特に気にとめるような物ではなかった。だが次第に地響きは大きくなっていき通路中が縦横に大きく揺れ出す。
建物中が揺れ少しだけ下に沈んだような。次に、後ろの方でビシッと、何か割れるような音がした。
「!?」
最初はどこからか水が流れ込むような音。次第に建物中から液体が噴き出す音が聞こえだし、床の揺れもどんどん大きくなっていく。
『侵入者あり』
だが何度か繰り返される無機質な人工音声が、次には別の言葉に置き換わって通路中に響いた。
意味の分からない英数字の羅列、訓練時によく耳にした文字列が等間隔に並んで通路中に響く。
読み上げられる言葉そのものに、直接的な意味は含まれない。だがそこで読み上げられる英数字の羅列の、その一つ一つに意味があるのだ。
ハヤミも軍人だった。この自動音声はなんども、訓練の時に聞いたことがある。
これは、出動待機命令。
「敵の奇襲攻撃だと?」
大きな地響きが通路中を襲いハヤミの足下はすくわれた。一瞬重力を感じられなくなって床に転がるが、すんでの所でハヤミは少女の肩を抱いて上へと持ち上げる。
少女は半分寝ているのか、それとも意識がないのか完全に酩酊状態だ。その代わり胸元についているあのクリスタル状の装置が、強い赤色を帯びてゆっくりと明滅していた。
「おい、大丈夫なのか?」
ハヤミは倒れ込んだ状態で少女を抱き上げ、少女の顔を手のひらで包んだ。
体温は無い。ぞっとするほど冷たい。
「大丈夫なのかッ!?」
「ハヤ……ミ……?」
少女は体をがたがたと震わせている。ハヤミは少女を担ぐと、もう一度立ち上がって通路の上を目指そうとした。
だが気がつけば、目の前に人型の、巨大な起動歩兵が立って通路をふさいでいる。
どこにでもよくある量産型の武装、ウォーク・アーマードウェアポンシステムだ。だがカラーリングが漆黒のように黒くて特異的に見える。武器もない。丸腰だ。
周りのカメラアイがハヤミを捉え、二人をじっと監視している。
AWSがゆっくりと、右のマニピュレータを差し出した。
『ハヤミ・アツシ、少尉、シリアルナンバー、ヨンヨンニーサン、イチ、ナナ、キュウ、イーヒャク、あなたは最重要機密エリアに不法侵入している』
「あー。すまない警備ボット」
ハヤミはこの人工知能型と思われる警備ロボットをごまかせるか、試してみた。
「地震がすごいんで、安全そうな所に逃げてきただけなんだ。わるかったなすぐ出てくよ」
『ハヤミアツシ、少尉、あなたは、嘘をついている。心拍数が上昇し、発汗している、少女を置きなさい、その少女は、助からない』
黒塗りのAWSはハヤミの顔を示し、次に少女を指した。
「はは、この子か? 倒れてただけだ」
そして妙なことに気がつく。いくら人工知能が優れていたとしても、そこまで言うか?
「まて、お前は誰だ」
『ハヤミ・アツシ、少尉、その子を、置きなさい』
「この子が死ぬってなんだ。いや違う、軍なら命令するはずだ。なぜ命令しない」
『シリアルナンバー、ヨンヨンニーサン、イチ、ナナ、キュウ、イーヒャク、あなたは法を犯している、即刻指示に従いなさい』
「お前は誰だ」
AWSは警告を発しハヤミにマニピュレーターをさしのべる。だがそのやり方は、軍のやり方じゃない。
ハヤミは目の前のPWSを警戒しながら横にずれた。
先ほどから止まない地響きがさらに大きくなり、土砂がどこかからか流れ込む音、壁や柱がきしむ音、フロアがくずれ人の悲鳴が聞こえてきだす。
『シリアルナンバー、ヨンヨンニーサン、イチ、ナナ、キュウ、イーヒャク』
「もしかして」
『ハヤミ・アツシ、学区を抜けてから、あなたは、戻ってきました、なにをしようとしていますか』
「マザー」
黒塗りのAWS、壁面のカメラアイたちがハヤミたちの動向を捉えて離さない。
背中の少女は未だ眠りから起きず、この巨大な起動歩兵はハヤミたちを前にして一歩も通さない構えだ。
「なぜ今頃出てきた」
『再教育が必要です、ハヤミ・アツシ、あなたの教育はまだ終わっていない』
「オレは軍人だ、もうお前に教育を受けるとか、また元の家に戻るとかそんな話しはないはずだ」
『いいえ、ハヤミ・アツシ、あなたの答えは、とても、感情的です、ですがその前に、あなたは、あなた自身の荷物を、置かなければなりません』
「荷物だと」
『私はあなたに、教育を施してきた』
「教育ってなんのことだ」
『あなたは、この世界の、未来を託されている、特異点を設定された、偉大なるクローン』
「なんのことだ」
『この停滞した地下世界を救う救世主』
黒いAWSはぎこちない動きでハヤミを指し示し、頭部を動かすとまるで人間のように首をゆっくり動かした。
『あの男の、クローン』
「オレがクローンなのはオレ自身が知っている」
『ただのクローンではない』
「もういい」
ハヤミは嫌な予感がして、知りたくないことを言われそうな気がして、ゆっくりと身を引いた。
『かつて、破滅は免れ得ないと思われていた未来線上から、この国を、半永久的な停戦にまで導いた、一人の人間がいた』
「もういいやめろ」
『通常の人は、自らの運命と言うべき物も変えることはできない。しかし彼は、人でありながら、通常では考えられない特異点を有し、人類すべての未来を変えてしまった』
「もうやめろ!」
『人々は残された情報を効果的に残し、後生に託しつつ、自らものにする必要があった、ハヤミ・アツシ、少尉、シリアルナンバー、ヨンヨンニーサン、イチ、ナナ、キュウ、イーヒャク』
「もうやめろって言ってるだろ!」
ハヤミは少女を担ぎながら、後ろへ引いた。だがそこに何かいる気配がして、とっさに上へと飛び退く。
そこにはもう一人のAWSがいた。執拗にハヤミを捉えようとマニピュレーターを伸ばす。その長い腕の上を駆け抜けて、ハヤミは配管の上に飛び乗った。
『あなたは、後生の人類に残された、有益な情報の一つ、この世に実在しない、人類の夢と希望を、作り出すために、作られたクローン』
飛び退いた先の配管上に新たなAWSが数体まとまって現れ、雪崩れ込むようにハヤミを追いかける。
『彼女を、離しなさい』
「離すもんかマザー!」
マザーの操るAWSが動きを止め、白い二つの光点、人間のようにふるまう首から上の頭部でハヤミを見つめる。
やさしそうに、諭すような顔で。
『彼女を、離しなさい。彼女は、死ぬ、彼女の仲間が、来ている』
言われると確かに、暗かった通路の中で、彼女の胸元の端末が赤色に灯る輝きが浮かんでいた。
赤色の光は強く、それから弱々しく、輝いたり消えかかりそうになったりしている。
「なぜそこまでこの子を追いかける、マザー!」
『彼女は、敵の作り出した、兵器、ハヤミ・アツシ』
多くのAWS、マザー操る黒塗りの戦闘兵器たちと壁中のカメラアイがハヤミに迫る。
『この世界を、破滅へと、導こうとした、最後の特攻兵器、その生き残りが、彼女』
「そんなの知ってる! だが戦争はもう終わったはずだ!」
『彼女が、ハヤミ・アツシ、あなたと出会ったとき、彼らの最終プロトコルは、始まった』
通路奥側で何かが爆発し土砂が大量に流れる音がする。地響きと、柱の折れる音。それとともに何者かが、通路奥に降り立ちハヤミ達を睨んだ。
白い翼にシンプルなほど白い布の服。細い肢体、だがその肌、頬、目のまわりの人工皮質は削げて黒こげになり、内部の機械的な人工繊維、金属骨格が丸見えになっている。
顎が開き、激しい奇声と跳躍で、一気にハヤミ達に飛びかかってきた。
最初に犠牲になったのはAWSだ。巨体ではあったが武器を持たず、小柄な突撃兵器に対し充分な体勢をとることができず装甲板に勢いよく拳を突き刺される。
二体、三体とAWSたちがまとめてなぎ払われ、最後の一体はコクピット部分を大きく破壊され中の基盤を思い切り引きちぎられる。
半分は少女とまったく同じ顔で、半分は真っ白なあの翼、半分は黒く焦げて、むき出しの眼球でハヤミを見つめ不適に笑う。
だが倒された分だけ別のAWSが他から補充され、次から次へと新しい機体が現れ少女型の特攻兵器に迫った。
『ハヤミ・アツシ、早くその少女を』
「今さら何をッ!」
ハヤミはAWSたちを飛び越え、特攻兵器とAWSたちの格闘現場を通り過ぎる。
少女を背負い、上を目指した。
『すべての道は』
「何が道だ」
『すべては、あなたたちが決めた道です』
「なにが、俺たちが決めた道だ」
捨て台詞を吐き、ハヤミは少女を背負って狭い通路を走り抜けた。
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