第23話
※
誰かが瓦礫の山の向こう側で派手にひっくり返ったようだ。
兵士たちは音のする方に銃を向けひっくり返った誰かに向けて、警告のための一発を撃った。
口々にののしり言葉と、隊長クラスらしい一人がゆっくりと声を上げる不審者に向けて近寄っていく。
その裏側から、ハヤミは背を低くかがめ彼らの視線を抜けるようにして裏を通り抜けた。
「ちくしょうなんだってんだよ」
暗がりの向こう側では不幸な誰かがゆっくり腕を上げ立ち上がろうとしている。さっさと通り抜けよう。そう思い、ハヤミは兵士の脇を抜け、大きな機動歩兵の横も素通りし正門ゲートの内側に忍び込む。
「ふーっ、嫌なもんだチクショウこそ泥みたいだ」
額に嫌な汗が浮かぶ。腕でぬぐうと、ハヤミは先を行く白衣の男たちと台車を追いかけた。
通路は暗闇の地下よりは、僅かに明るい程度だった。ただ無いよりはマシ、あるいは、あとで気づいたが明るすぎるよりは良かったのかもしれない。
地下からさらに下へと続く通路はなぜか四方がガラス張りで、どこかの海の底のようなところを通っていた。
先を見るとあの白衣の男たちがわずかに見える。彼らの足は恐ろしいほど速い。
彼らの姿が曲がり角の向こうに消え、ハヤミは地下通路を小走りで進んだ。
ガラス張りの地下通路のすぐ上を、巨大な生き物が泳ぎすぎていく。
細長い体を滑らせるようにして、ヒレを突き出し大きな魚が悠然と水中を泳ぐ。いや、あれは本当に魚だろうか。
細長い尾。下に突き出た胸びれ。飛び出る鎧のような鱗。突き出た二本の顎。白目のない真っ黒な目。
悠然と泳ぐ様はまだに、竜のようだった。ハヤミは彼らに見られていないことを祈りながら前へ進んだ。
通路はさらに続く。下へと降りていく中、ハヤミはあることに気がついた。
なぜこの通路にはエレベーターやエスカレーターが無いんだ?
「長え」
全体が眠っている何かのようだ。時折どこかで規則正しく電子音のようなものが響くだけで、それ以外は静寂に包まれている。
白衣の男たちは滑るようにしてどんどん先に進んでしまうし、暗い通路の中で闇雲に彼らを追いかけるのは苦労以外の何者でもない。ただ彼らの白い服だけが、ハヤミが追いかけられる唯一の目印だった。
四方が見える水中回廊がいつの間にか終わり、通路はどこかの巨大建築物の内側に吸い込まれる。
さらに明かりが乏しくなり、ハヤミは今自分が走っている場所が本当に地面なのか、どこか変な場所を落ちたり浮いたりしているんじゃないかと疑ってしまうくらい上下感覚が怪しくなってきた。
だが、前を進む男たちと台車の姿は前にあり、彼らは確かに前へ進んでいる。ハヤミは彼らを追いかけた。追いかけねばならないと謎の衝動が、少しずつハヤミの胸の中に生まれてきている。
そしてだんだん、思い出してきたのだ。
この水中とか。浮遊感とか。真っ暗な世界とか、その中で自分が追いかけている白いものとか。
何もかもがあのときあの場所で感じていた物、そっくりなんだ。
それはあのとき自分が落ちた場所。
たった一人で自分を待っていた彼女。
自分たちが探していたもの。でもあの場所は、すでに滅んでいた。
かつてのあそこは、今の自分たちの未来なんだと。
男たちに追いすがり、彼らを殴って、手押しの台車を引き倒す。
フタが外され、ガラスが砕け、中から白い蒸気とともに生ぬるい空気が吹き上がる。
彼女は眠っている。その彼女を丁寧に抱きあげ、目を覗きこんだ。
「おい」
彼女は眠そうにまぶたを、ゆっくりと開く。焦点の合わない目。彼女は、夢を見ているのだろうか。
ハヤミだってそうだ。この暗い世界にいて、彼女とともに過ごした地上を、あの空のことを忘れて夢を見ていた。
「起きろ!」
ハヤミは彼女に言った。
彼女はまどろんだ目を開けた。
ハヤミの呼びかけに、自分が呼ばれているという意識がないようだ。
胸の上で手を組み、彼女はハヤミを見てゆっくりと微笑む。
ハヤミは彼女を密閉式の台車から担ぎ上げると、ゆっくりと彼女を引き上げた。
「どうして、お前がこんなところに」
「ハ……ヤ……ミ」
かろうじてハヤミの名前を口にする彼女をかつぎ、ハヤミはゆっくりと地上に向かった。
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