第14話


 この世界では、言葉よりも思いの方がよく伝わった。

 頭上にぽっかりあいた崩落の穴の向こうを、三機編隊の飛行機が飛んでいく。

 ハヤミはその穴の向こうに広がる空に手を伸ばそうとして、やめた。

 三機編隊の航空機、ジオのアークエンジェルは、たぶんこの地上の穴を見ていない。かつての自分たちもそうだった。地上に誰かがいると信じ込み、またいないことも知っていて、あるはずのものに目をつぶって生きながらえ絶望を胸に抱いて飛んでいた。

 オレはここにいる。そう言葉にしても、空の彼方には届かない。三機編隊のアークエンジェルはそのまま飛び続けて、空の向こうに行ってしまった。

 隣を見ると少女も同じように空を見ていて、それから自分がハヤミに見られているのに気がつくと照れくさそうに笑った。

「おまえも、空を飛びたかったりするのか?」

 言葉が通じないことを前提にハヤミが少女に聞くと、少女は難しそうな顔で眉を傾けた。

「つまり、あれに乗りたいかって聞いたの」

 ハヤミは上を指し、腕を広げて空を飛ぶまねをする。それから少女の翼を手でさして「これじゃあ空も飛べないだろ」とも言ってみた。

 実際少女の翼は、本当に空が飛べるようには見えなかった。

 骨は細いし、風切り羽は不揃いだし毛が多くてふわふわしていて、とても本物の鳥のように空を飛べそうには見えない。

 だからハヤミは墜落したスペースシップにとまる鳥たちをさして、飛ぶ真似をして、落ちて、それらの言葉を丁寧に伝えてみた。

 言っている言葉の本質は伝わったらしく、少女も大きく首をふって、自分は空を飛べないのを肯定した。

 ただあの空を飛ぶ戦闘機に乗りたいかという問いには、曖昧な顔をした。

「……ふん。それは、オレがあれにのって落ちてきたからか?」

 ちょっと自虐気味に、ちょっとだけいじわるなことを言ってみる。たぶん通じないだろうと思っていたが少女もよく分からないといった顔をしていたので、身の振りで地面に落ちる飛行機を描き、自分はそれに乗っていた、パイロットだと説明してみた。

「むー」

 少女は難しい顔をして指をくわえて見ていたが、しかるのちに、ハヤミが描く飛行機の後ろにもう一つ手を飛ばせてきた。

「ゼ ボヤーテ、マィボロージャ ズ ヴィチェーン ウ ヴィニ」

「あん?」

 よく分からない言葉で少女は話し、ハヤミは真剣になって少女の言葉を聞く。少女はそれから自分の胸をゆびさし、ハヤミの胸にさし、交互に二人の間を行き来させた。

「ピルォット」

「……パイロット?」

「ヤ。アヴィ、クロォフティ」

 間を取って、少女はハヤミの胸をもういちどさした。

「ビリーシャ。ヴィ」

 今度は少女の胸を。

「ヤ」

 少女の胸には、輝く鉱石のような不思議な者がついている。機械の指示基盤のような、人工基盤だ。ハヤミは少女から少し距離をとった。

「お前が……敵のパイロット」

「ヴィナ ザキンチィラシュァ」

 少女はすこし寂しそうな顔をして腕を広げ、また洞窟の奥の方を見る。

 ハヤミは本能的にまた戦う仕草を見せたが、よく考えたら戦争はもうとっくの昔に終わっているのだ。少女がなぜまだ生き残っていて、なぜここに住んでいるのかは謎だが未だ終わった戦争を繰り返している自分たちも人のことを言えない。

 少女は生体兵器なのだろうか。

「もう空は飛ばないのか?」

 洞窟の奥を眺め続ける少女の背中に問いかけると、少女はくるりと振り返って、曖昧な笑顔のまま小さく首を傾けた。

「あー。空、えーと、もう飛ぶのは、やめたのか? こんなので分かるのかよ」

 手をばたばたと上下に振って、それから落ちるポーズ、上を見て、首を振って諦めたような格好をする。

 少女は興味深そうにハヤミのその寸劇のようなものを見ていたが、しばらくしてあははと大きな声で笑って手を振った。

「トム ショ ヤネモジィ リタヴネビ」 

「あん?」

「ヤネモズ リタリィ ヴ ネビ アレヴィ ブデーテ ピドゥマチューシャ ショヴ ドポモティ リタヴネビ」

「どういうことだよ」

「ピズメ ツェネ ミスト、デヴィ」

 少女がハヤミの肩を支え、上の方へと持ち上げる格好をした。

 もちろん少女の体はとても小さいので、ハヤミの体を持ち上げることはできていないが、その目は何かを語っているしその意味は、何かをハヤミに伝えようとしていることは分かった。

 ただ、少女の言葉が分からなかった。

 少女の方も自分の言っている言葉がハヤミに通じていないのを思い出したようで、ハヤミの肩から手を離すと、気丈に笑ってなんでもないといったそぶりを見せる。

 足下には、いつの間にか集めていたらしい食材やこの地下で撮れる日用品の入った袋が置かれていた。

 その小さい方を一つ、少女が持って、大きい方をハヤミに渡してくる。それでまた元来た道を戻っていって、ハヤミに手を振った。

 もどろう。戻って、帰る準備をしよう。そんなような感じを、少女はハヤミに言葉ではない言葉で伝えてきた。

「……そう、だな」

 戻ろう。またジオに戻るために。もう一度、空を飛ぶために。

 道を戻る途中で何気なくもう一度洞窟の奥を振り返ると、洞窟の奥からは微振動音と、僅かな光が覗いて見えた。

 その光と振動音がいったい何であるかは分からない。でもなんとなく、ハヤミはもういちどここに来そうな予感がした。

 それがいつなのかは、分からないが。

 

 地下道探索もほどほどに、帰り道をたどりがてらこれから自分たちがこの荒野の世界で生き残るための食材探しに行くことになる。

 この荒野で生きるための食材や日常品は、だいたい地下のあらゆるところに落ちていた。ここにはかつて人が住んでいたという痕跡は大量にあったが、ついにこの荒野に今も生きている残りの住人には出会えなかった。

 墜落した飛行空母に戻ると、空は赤く染まり日が傾いていた。

 少女は言葉でなく仕草で「綺麗な夕日だね」といった感じのことを表していたので、ハヤミもその隣に立って、そうだなと、同意する言葉を少女に向かって言外で表した。 

「そうやって一人で、今までずっとこの世界を独り占めしてきたのか?」

「ヤ ホォロディニー」

「贅沢な奴だな、おまえは」

 紺色の空が次第に濃くなる中、一筋の流れ星がきらりと光って地上に落ちていく。

 遠くには、いつもの嵐雲。あれがこの荒れ地一帯に風を巻き込み、ゆっくりと移動してこの飛行空母周辺を守っている。

 何度かこの空を飛んでいたので知っているが、実はこの空母の落ちている巨大クレーター周辺は、魔の空域とも言われる非情に落ちやすい場所でもあった。

 もちろんそんなことを言い出したのはハヤミだが、実際アークエンジェルが動作不良を起こし地上墜落しかけた話しは何度かある。

 そんな状態でこの空域を飛びながら地上をよく偵察することも、こんなに綺麗な夕日を見ることも不可能な話しではあるが、落ちてみると、世界は綺麗だなと思った。

 雷のとどろく音が近づいてきている。嵐が近い。

 植林された小木たちが枝葉を鳴らし、嵐に呼ばれて風が吹き始める。少女が服の裾を抑え荷物を持って空母の残骸に戻っていったのを見て、ハヤミもそれに習って同じように艦内に戻った。

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