第9話
※
気がつくと、ハヤミは泣いていた。
なぜ泣いているのか自分でも分からず、でも夢の中では、ありし日のことを見ているようだった。
灰色の影のような二人が、幼いハヤミを見て、顔を撫でていたような。
その夢の先を見ようと思った矢先、誰かの手が自分の顔に触れる。
「……フゴ」
触れた手は何かの拍子にハヤミの鼻に当たり、急速に意識が戻ってハヤミは目が覚めた。
「ん……」
誰かが目の前にいた。二つの目玉が、上からハヤミを覗いている。
「う……」
「……」
「わ」
目を見開くと、そこに何者かがいた。
「うわああああ!」
「フギャア!」
羽毛ベッドからハヤミは飛び起きると、近くに置いていたはずの拳銃を急いで探した。
目の前にいた何者ももの凄く驚いた様子で、変な声をあげてその場で飛び上がり急いで部屋から出て行く。
近くの床には鍋のフタと木の棒が転がっており、明らかになにかする気で来たような雰囲気だった。
拳銃は、部屋の向こうのテーブルの上だ。
「拳銃がない。どうしよう」
ハヤミは羽毛ベッドを押して傾け急いで身を隠した。すると部屋の出口に、鍋と顔が出てきて部屋の様子とハヤミをうかがいだした。
小さな目玉がハヤミの顔を捉える。ハヤミは身を隠し半分だけ顔を覗かせた。
部屋の外にいるるらしいこの飛行空母の住人は、どうやら凶暴ではないようすだ。敵意というより、警戒しているのだろう。例えば、ハヤミが頭を出すと部屋の外の住人は急いで頭と鍋を引っ込めた。
そしてまた、そろそろと顔と鍋を覗かせてくる。
ハヤミは頭を覗かせ、ためしににっこり笑ってみた。
「どうも、こんにちは」
「……」
住人は答えなかった。代わりに住人の二つの目がぱちくりと瞬きし、顔と鍋が微妙に傾く。
鍋をかぶった、まん丸な目の住人は、ハヤミを見て不思議そうな顔をしていた。
そして床の方を、じっと見ている。その視線の先をよく見てみると、ハヤミが食べていた缶詰の缶が床に転がっていた。
ハヤミが缶を見ると、その視線に合わせて彼女の方の視線も動く。またハヤミが彼女を見ると、少女もハヤミの方を見た。
目の前にいる目と鍋、鍋の端から覗く長い金色の髪の住人は、紛れもなく少女だ。
ハヤミは何度か視線を、缶詰めと少女の間で行ったり来たりさせる。少女の方は、明らかに困惑した様子だ。
「そりゃあそうか」
ハヤミは観念して、その場でゆっくり立ち上がった。
少女の方はというと、立ち上がったハヤミに驚いたらしくすぐに頭をひっこめたが、しばらく待っているとまたすぐ顔を覗かせてくる。
ハヤミが動くと頭が引っ込む。しばらく待っているとまた頭が出てくる。
「すまん、おまえの晩飯だけど、オレが食っちまった。悪かったと思ってる」
「?」
少女の頭が大きく傾いた。戸の角に対してすでに斜め四十五度近くの傾きになりつつある。
「あー、その、そう。オレは敵じゃない。わかるか? あいむフレンドリー。フレンドリー」
「……?」
少女の顔はさらに不思議そうな顔になり、頭と鍋の傾きが五十度を超える。
さらに黙って見ていると少女の頭の傾きが九十度近くを超え、何か意を決したように戸口の後ろからハヤミの真っ正面へと出てきた。
金髪でこぢんまりしていて、背もそれほど高くない、どちらかというと低い方で、髪もなにもかもがこざっぱりしている。服装もシンプルに布だけの作りで、真っ白。
胸だってない。中性らしくも見えるが照れくさそうな仕草をしている姿は少女そのもので、こんな荒野のど真ん中でどうやって生きられるのかというくらいには、非常に華奢そうで細い体つきをしている、少女だった。だがそれよりも目を見張る違いが彼女にはある。
翼が生えていた。背中には大きな、慎重よりも大きくて立派な白い羽根が生えている。
「ユーマだ」
ハヤミは咄嗟に、むかしジオで読んだ雑誌に書いてあった言葉を思い出しつぶやいた。
「……?」
ハヤミの言葉に、少女がふたたび不思議そうな顔をする。
次に少女は自分の顔をさし、不思議そうに頭を少しだけ傾ける。
「ユマ?」
「ん?」
「ヌェボ ロゥミーィ……ユマ?」
「しゃべれるのか? いや待て」
「ノゥート ヴェ ナ フマ」
少女は何か不服そうな顔をする。
どうやらハヤミの言っていることの意味はなんとなく少女は分かっているようだが、今度はハヤミが少女の言っていることが分からない。
お互い微妙な雰囲気のままたたずんでいると、少女の方が責めるような目線で床の缶を見る。
「あー。すまなかった」
「……ノヴェ ロゥスィーナ ベテェーロッセ」
少女はまくし立てるように、空になった小皿と缶詰の空き缶を手に持ってハヤミに突きつけてきた。
どうやら、さっきハヤミが食べたのを怒っているらしい。
ハヤミは悪かったといった感じの表情とジェスチャーで感情を表現し、最終的に土下座のような格好をして少女の前に這いつくばる格好をとったがこれで少女は許してくれるのかどうか。
少女は床の缶を拾うと、謝罪の格好をとるハヤミの前で大きなため息をついて困ったように笑った。
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