第7話

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 雨が降っていた。

 うなだれた姿勢のまま、ハヤミはコクピットを見ている。白い息が口元から溢れて、ハヤミは息をした。首に激痛が走り、ゆっくりとあたりを見渡すと痛みはさらに増してハヤミの筋肉を襲う。 

 ハヤミは、地上にいた。

 一帯は熱線兵器で砂が溶けたガラス状の世界で、木の一つも崖もない。あるのはなだらかな凹凸と汚い水たまり、雨、雷、折れたアークエンジェルの桁をなぞり通り過ぎていく風の響き。

 小さなコクピットランプが、弱々しくハヤミの足元を照らしては消える。

「……ここは、どこだ?」

 ハヤミは傷む腕を動かしショルダーハーネスを引き抜くと、重力が体にかかってハヤミの体は前へと落ちた。

 衝撃で体を打ち、今まで体が忘れていたしびれや喉の渇き、体の異常が瞬時に脳に伝わる。

「う……」

 ハヤミは声にもならない声を出してうめき、なんとか墜落したアークエンジェルから体を外に投げ出した。

「い、いつつ……」

 ヘルメットの紐をゆるめ、バイザーごと地面に投げ出す。カツンコツンと、音がなった。

 ここはどこだい。

 空中で操縦不能に陥ったアークエンジェルは、風に流され高度を下げながら地面に落ちた。

 脇を見るとアークエンジェルは白煙を吐きながら、赤と緑の翼端灯をゆっくり明滅させている。

「ここは、どこなんだ?」

 動かない腕を必死に持ち上げて、ハヤミは痛む体を抑えながら懸命に立ち上がった。

 雨に濡れた体を風が容赦なく冷やしていく。吹きさらしのガラス張りの荒れ地。

 灯っては消えるアークエンジェルの翼端灯、淡い着陸灯で周囲を見回してみても、見えるのは闇ばかり。寒かった。

 震える体を支えながら、ハヤミはふらふらと前へ進む。

「とにかく、風をしのげる場所を」

 塗れたパイロットスーツのまま、ハヤミは当てもなく荒野を歩いた。

 ガラス化した大地は堅く、ブーツのかかとが音を鳴らす。

 振り向くと墜落したアークエンジェルは遠く闇の中で弱々しく光を灯し、点いたり消えたりを繰り返していた。

 深い闇の中、アークエンジェルの灯しは弱々しく、地面に半ば機体を埋めているそれは、不思議な姿に見えた。

 突然、おぼろに見える闇の中の稜線に小さな光を見つけた。

「あれは?」

 闇の中で小さく灯る輝きは、まるで蜃気楼のように小さく揺れて、またすぐに闇の中に消えてしまう。

 逆にアークエンジェルの翼端灯は点いたり消えたりしているが、その輝きは今闇の中に見えた輝きよりは強く、はっきりと見えた。

 闇のなかに覗いたあの光はなんだろうか。

 風は吹いていない。

 雨もいつの間にか、水滴の滴る濃い霧になっていた。

「誰かいるのか?」

 ハヤミはアークエンジェルと闇の向こうに見えた光の両方を振り返り、何度も首を動かした。

「誰かがここにいるのか?」

 まるで自分に問いかけるように、口に出して何度もつぶやく。

「いや、地上に集落があるなんて話は、聞いた事がない」

 それに地上に誰かがいるというなら、もうすでに自分たちが見つけているはずだ。

 だがもし誰かがいたとして……自分たちが、たまたま見つけていなかっただけだとしたら。

 空で見たフォックスとか。あの巨大な有翼獣とか。いろいろ、説明できないことがある。

 ハヤミは自分の目を疑った。そして何度もアークエンジェルと今し方闇の中に見た光の方を見比べて、迷う。

「歩こう」

 ハヤミは大地に沈んだアークエンジェルの光を見捨て、遠く彼方に見えた光の方へ歩き出した。

 当てはない。だが墜落したアークエンジェルと共にいても、寒さと飢えにやられて死ぬと思ったからだ。

 ……

 ……

『すべての結果は、自らが選んで自らが決めてきたことによってつくられた、答えのひとつなのです』

 ハヤミがまだ子供だったころ、ハヤミは他のクローン達と一緒に一つの教育施設で学んでいた。そこで聞かされていた多くの教えは、私生活でも何度も反復して使わさせられたし、覚えた教えを実践させられた。

 他のクローンたちはジオのマザー教育用デバイスに教えられたとおりに、せっせと自分たちの人生に教えを当てはめ、施設から出荷されていった。

 うまく教えを学べなかったハヤミは、それでも他のクローン達と同じように教育デバイスの言う言葉を何度も繰り返し唱えて覚えようとしたが、施設で課されるテストではいつも及第点に及ばず再調整を繰り返した。

 クローン達にも個性がある。それにクローンとは言っても、単一の個体から枝分かれしたクローンではなく何万通りの個体パターンを組み合わせ、微調整し、特技や欠点を意図的に組み込んで同時に製造しているからこの世にまったく同じ個体のクローンはいない。

 それぞれが違う考えや感情を持つクローンたち、雑談やたわいのない会話やそれぞれの特徴を生かして生きることを目的として定められたクローンの中で、教育プログラムを終了できないハヤミは皆の注目の的だった。それはハヤミがずっと小さかった頃のことだ。

『あなたは、偉大なる使命、この世界の希望、世界に災いをもたらす、強い運命の持ち主、他の兄弟達とは違います。閉ざされた世界に、あなたは解放をもたらす、運命を受け入れなさい』

 能面のように表情を持たないヒトガタの機械が、悩む幼いハヤミをのぞき込み、離れていく。

 教科書は3Dのテキスト。意味の分からない螺旋状の線や、何重もの画像の重なる幾何学模様。

 気づけばクラスメイトや、他の兄弟達は誰もいなくなっていた。みな、ジオノーティラスの住むべき家に出されたのだ。

 最後に残った教師役のAIは、マザーのコントロールを受けるヒューマノイドだった。これも機械。

「オレの運命は何なんだ」

『ハヤミ・アツシ、あなたの運命は、あなた自身で、見つけなさい』

「もう決められているんだろう?」

『あなたには、受け入れるべき、あなたの運命が、あります』

「そんなの、受け入れられるわけないじゃないか!」

 出荷が遅れ施設から出られていないクローンは、同じ世代ではすでにハヤミしか残っていなかった。

「じゃあ、どうしてオレはまだこんな学校でこんなことをしているのさ! 他の奴らとも違うのを、なんでずっとやらされてるの!」

 ハヤミは目の前のロボットにくってかかる。もう、勉強だとか、なんだとか、訳の分からないことを押しつけられ続けていて、頭がどうにかなってしまいそうだった。

『それは、貴方の親御さんからの希望でもあります』

「オレはアンタの子供だろ!? マザー!」

 ハヤミの問いに、マザー、ロボットは答えない。無機質な表情と声でハヤミの教育を続けようとする。

『ルールです』

 口答えをしようとするハヤミに、マザーは優しく、冷たく、機械のマニピュレーターのをさしのべて掴む。

『研ぎ澄まされた心と、受け継がれた遺伝子が、あなたをあなた自身の運命へと導くでしょう。今は分からなくとも、苦しく長い夜のときも、運命は、あなたが来る日を待ち続けている』

 ……

 ……

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