全てを終わらせる

 案内人さんが言っていることの意味は分かった。だけどそれは、私の信じていたものを根底から壊してしまうモノで、到底すぐに受け入れられるものでは無かった。


「全部勘違いだったって言うの? 嘘でしょ⁉」

「驚かれるのも無理はないでしょうけど、残念ながら本当です。日付が昨日のままだと思い込んだ。授業の内容が、昨日と同じだと思い込んだ。昨日を繰り返しているのだと、思いこんでしまった。なぜならその方が、あなたにとって都合がいいから」


 案内人さんが一言発する度に、頭を殴られたような痛みが走る。だけどそれでも、話すのを止めてくれない。


「あなたは今まで、魂だけの状態になって、同じ毎日を繰り返してるって思いながら、学校に通い続けていたのです。ちなみに、魂となったあなたは、普通の人が見る事は出来ません。思い出してみてください。友達、先生、御両親でもいい。ここ数日、あなたはそのいずれかと一度たりとも、話をしていないはずです。だって見えないし、喋っても声が届かないのですから、話しようがありませんもの」


 そんなの全部デタラメ、そう言いたかったのに。刻まれた記憶が、案内人のいう事を肯定していっている。

 確かによく思い返してみたら、話をしていなかった。私から話す事も無ければ、話しかけられる事も無い。これが学校だけなら、最悪ハブられてると考えれば納得できない事も無いけど、一緒に暮らしている両親とさえ会話が無いだなんて、普通じゃない。

 異常なんだよ。誰とも話さない事も、それをおかしいって思わなかった事も。


「そう気にする事じゃありませんよ。実はこれ、案外よくある事なのです。聞いた事がありません? 幽霊は死ぬ時と同じ状況で現れるって。首をつって死んだ人は、首吊りの姿で。謝って転落死した人がいるビルで、毎晩落ちてくる幽霊の姿が目撃されるとか」

「心霊番組なんかで、聞いた事があります。確か死んだことに気付いていなくて、死の瞬間を繰り返してるって」

「そう。そう言った人達は、皆何かしらの思い込があって。自らを何度も死の瞬間へと導いているのですよ。今の自分が死んだと気づかずに、時の流れも分からなくなって。あなたはそれと、似たような状態なのです。もっとも、あなたの場合、繰り返していたのは数カ月。そんなに長い時間じゃありませんけど」


 数カ月。繰り返しが始まってから、それだけ時間が流れてたんだ。時間の感覚なんて、とっくに無くなっていた。


「それとあなたは、死以上に失恋によるショックが大きくて、色々と拗らせてしまっていますね。死の瞬間じゃなくて、フラれた瞬間に、自らを導いてしまっているのですからねえ」


 それは、ちょっと恥ずかしい。死んじゃった事よりも失恋の方がショックだったって、私はどれだけ未練たらたらなの?


「昨日を繰り返してると思っていたのは、そう思い込むことで、自らを告白に誘導するため。あなたはほとんど毎日、間宮君に告白していましたね。一度ふった相手の告白に毎日付き合うだなんて、彼も人がいいですね」

「そうだ! そう言えば、間宮君とはちゃんと……と言えるかどうか分からないけど、話は出来ていましたよ。告白して、ごめんなさいって言われただけですけど」


 案内人さんの話では、私の姿は普通の人には見えないと言ってたけど、告白する度に、間宮君はゴメンなさいって返事をしていた。おかげで私のガラスのハートは傷だらけなってしまったのだけど。これも何かの勘違いだって言うんじゃないよね?


「ああ、そこは説明していませんでしたね。実は彼にだけは……正確に言うと、告白する瞬間だけ、彼はあなたの存在を捉える事ができていたのですよ。きっと、あなたの思いが強かったからでしょうね。放課後の校舎裏、告白するその時、あなたはその姿を、彼に見せることができたのです。いやー、恋する女の子って凄いですね。普通は出来ない事でも、やってのけちゃうのですから」


 のんきに茶化す案内人に腹が立つ。それじゃあ間宮君は、あの何日も続いた日々の中ずっと、私の告白を聞いてくれていたって事なの?


「彼はずっと悔んでいました。ふった直後にあなたが事故に遭って。もしもあの時別の返事をしていたら。一緒にいたら、もしかして事故は起きなかったんじゃないかって。自分のせいで、あなたは事故に遭ったんじゃないかって」

「違う、間宮君は悪くないよ!」

「ええ、そうですとも。だけど彼はそうは思わなかった。その罪悪感から、あなたをふったあの場所へと、足を運んだ。でも、驚いたでしょうね。事故に遭ったはずのあなたが、そこにいたのですから。そしてあなたを見た彼は、自分が怨まれているとでも思ったのか、ずっと謝っていたのです。『ごめんなさい』ってね」


 ごめんなさい……あれは、告白に対する返事じゃなかったんだ。間宮君は事故の責任を感じて、謝り続けていたんだ。本当は悪くないのに、何回も何十回も。


「あなたも言葉選びが悪かった。覚えていますか? その姿になって、最初彼に会った時、去り際にこう言いましたよね『明日もまた来るから』と。そんな事を言われたものだから、彼はもうあなたを放ってはおけなかった。だから毎日、あなたに謝るために、校舎裏に足を運んでいたのです」

「——ッ! 私、そんなつもりじゃ」


 私はただ、この永遠に続く日々から、抜け出したいだけだった。間宮君に想いを伝えたいだけだった。

 なのにどうして、こんな事になっちゃったんだろう。

 呆然としていると、案内人さんがそっと肩に手を置いてくる。


「だけどあなたは、全てを思い出した。あなたはこれから、どうしたいですか?」

「私は……もう全部を終わらせたいです。案内人さん、あなたは私を、連れて行ってくれるんですよね?」

「はい、本来あるべき所にね」

「だったら、お願いします」


 全て思い出してしまって、もうこれ以上こんな毎日を続けようとは思わない。だけど、だけどその前に、一つだけやっておきたい事がある。


「すみません。最後に一つだけ、わがままを言っても良いですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る