明かされた秘密

 人間とは不思議なもので、今の今死のうとしていたというのに、突然現れたその人のことは怖いって思ってしまった。死ぬよりも怖いだなんて失礼だとは思うけど、その笑みからは冷たいものを感じて、整った顔立ちのせいで、余計に怖く感じてしまう。そもそも、この人はいったい何なのだろう?


「美和さん。あなた今、私が何なのか気になっていますね。大丈夫、焦らなくてもちゃんと説明しますよ。あ、美和さんと呼んでもよろしかったでしょうか?」

「は、はい……って、どうして私の名前を知っているんですか?」

「それはね。私はずっと、あなたの事を見ていたからですよ。って、そんなに引かないでください。ストーカーじゃないですから」


 思わず後ずさった私を見て慌てて付け足してきたけど、急に現れた見ず知らずの男に、ずっと見ていたなんて言われたら警戒もする。イケメンだからって、許されることじゃないのだ。


「私はなにも、あなたを怖がらせに来たわけではないのですよ。むしろ助けに来たのです。あなた、今とても不可解な事態に陥っているのではないですか?」

「どうしてそれを!?」

「言ったでしょう、ずっと見ていたって」

「はあ……」


 そんな言い方をされると、やっぱりストーカーを連想してしまうけど、どうやらこの人、私の身に何が起きているか知っているっぽいし。今まで誰にも相談できなかったけど、こうして分かってくれる人が現れたんだから、話だけでもしてみよう。


「それで、いったい私はどうして、ずっと昨日を繰り返しているんですか? 原因を知ってるんですね?」

「昨日を繰り返す、ねえ。やはりあなたは、そう認識しているのですね」


 なんだか妙な言い回しだ。事実もう何回も、何十回も繰り返している。


「では一から説明していきましょう。あなたの言う繰り返し、最初に始まった時の事を、覚えていますか?」

「それは、まあ……」


 忘れるはずが無い。私はあの日、間宮君に告白してフラれて。そして次の日から、何故かこの奇妙な毎日が始まったのだ。

 だけどその事を話すと、男は意外な言葉を口にした。


「なるほど。思った通り、あなたは忘れてしまっているようですね」

「忘れてる? そんなことありません。ちゃんと全部覚えています」

「いいえ、忘れていますとも。あなたは失恋した後、失意のもと家へと帰りました。その時何があったか、覚えていますか?」

「何がって言われても……ッ!?」


 その瞬間、頭に強い痛みが走った。

 割れそうに痛い頭を、思わず手で押さえる。それにとても気持ちが悪くて、吐き気がする。そしてそれと同時に、脳裏に映像が流れてきた。


 そうだ。あの日の帰り道、私は横断歩道の前で信号が変わるのを待っていた。だけど失恋したショックが大きかった私は周りの様子をよく見ていなくて。だから気付かなかったのだ。縁石を乗り越えて、こっちへ突っ込んでくるトラックの存在に。


 気が付いた時には、私の体は投げ出されていて。地面に叩きつけられたかと思うと、ぼやける視界に、流れ出す赤い液体が映った。

 だけどそんな状況だと言うのに、頭の中にあったのは間宮君のこと。もしも告白をやり直すことができたら、どうする? さっきはフラれちゃったけど、それを無かった事にしてもう一度告白できたら、もしかしたら今度は、良い返事をもらえるんじゃないかって。

 流れ出す血なんて気にも止めずに、そんな叶いもしない妄想をしてしまうだなんて。私は本当にどうかしていた。だけど、そんな時間も長くは続かない。徐々にまぶたが重くなっていく。だけど最後の瞬間まで、間宮君の事を考えてしまう。

 もう一度、今日を一からやり直したい。告白をやり直したいって、強く思ったのだった。


「―—ッ!」


 浮かんできた映像と強い想いに、頭を殴られたような衝撃が走る。

 今のは、私の記憶なの? 最初の告白の後、事故に遭っていたってこと? でも、だからってどうして、昨日を繰り返してるの?


 気になる事が多すぎる。私は全ての答を知っているであろうその人に、そっと目を向けた。


「教えてください。今の私は、幽霊なんですか?」

「似たようなものです。今のあなたは、想いを拗らせすぎて、行き場を失った魂です」


 その言葉に、私は愕然とする。

 幽霊、か。うん、事故の事を思い出して、たぶんそうだろうなとは思っていたよ。だけど、知らないうちに幽霊になっていただなんて、やっぱりショックだ。ついさっき自殺しようとしていた奴が何を言うって言われちゃいそうだけど、受けた衝撃はすさまじいものだった。


「それで、あなたはいったい何者なのですか?」

「私は、アナタを導くために来た者です」

「それって、死神ってこと?」

「死神とは違いますが、あなたの想像しているそれに近い存在です。迷える魂を、正しい方向へと導くための存在。私の事はお気軽に、『案内人』とでも読んでいただければ結構です」

「案内人さん、ですか?」


 呼称が『案内人』と言うのは変な気がするけど、本人がそう呼んでくれって言っているんだから、その通りにした方が良いのかな?


「それで案内人さん、今はいったい、どういう状況なんですか? 今の私が魂って言うのは分かりましたけど、だからってどうして何度も、昨日を繰り返してるんですか?」

「そうですね。それを説明しないと、あなたは納得しないでしょうね。あなたは昨日と同じ今日を、何回も繰り返してると思っているみたいですけど、実はそれ、間違いなんです。繰り返されてなんかいない。時間はちゃんと、正常に動いているのですよ」

「そんな。だってカレンダーや黒板に書かれた日付は、いつまで経っても変わらないし、授業だって、同じところばかり教えていて……」

「ですから、それが間違いなんです。では聞きますけど、あなたは最初に告白した日の日付を、覚えていますか?」

「それはもちろん……って、あれ?」


 おかしい。毎日見ているはずの日付が、全く思い出せない。それどころか、さっき自分で言っていた、授業の内容も記憶が曖昧だ。そもそも今日は、どんな授業があってたっけ? 英語? 数学? だめ。毎日受けているはずなのに、それすら思い出せない。


「あなたは気づいていませんでしたけど、日付は毎日ちゃんと進んでいましたし、授業内容だって違うものでした。ですがあなたは、昨日をやり直したいと言う思いから、時が進んでいない。

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