正太郎、認める


次の日、正太郎は自室で悶々と寝転がっていた。

緩やかな風が部屋に忍び込み、頬を撫でる。

しかしそれは、ぬるくべたついている。

お世辞にも気持ちがいいとは言えなかった。


どうしようか。


天井を睨み、何十と繰り返した問いを投げ付ける。


弟は不穏な渦中に身を投じている。

しかも正式ではないとはいえ、正太郎には「過激な輩は捕らえよ」というお達しまで出ている。


一体どうしたらいいというのか。


彼は目を瞑った。


まずはきちんと話をせねばならないことは、分かっている。

お前は徳川さまを裏切る気かと、問い詰めねばならない。

そして、できるかどうかはともかく、そんなことはやめろと説得すべきだろう。

できれば正太郎と容之進の間だけの話にしておきたいが、こじれそうであれば政之助にも出てきてもらわねばならない。

これまで小野田家が受けてきた恩義を忘れるなと、父と長男で説教を…


そこまで考え、正太郎は小さく笑った。


恩義だってよ。

特に何の感慨も持っちゃいねえくせに。


確かに小野田家は、徳川家からの恩恵を受けてはいる。

三十俵二人扶持とはいえ、禄を食んでいる。


だが、忠義は?


あるのかと問われれば、迷うことなく否と答えられた。

正直なところ、幕府がなくなろうが異国に乗っ取られようが、今とそう変わらないと思えるのだ。

だから、不思議で仕方がない。

なぜ弟は、危険を冒してまで幕府を倒そうとしているのだろう、と。

倒したところで、何かが変わるのだろうか。

世がもっと良くなると、断言できるのだろうか。


正太郎には分からなかった。


分からないのなら、聞けばいいのである。

襖を一枚隔てた隣の部屋に彼はいるのだから、いつものようにスパンと襖を開け、からかいに行くような態度で尋ねればいいだけ。


「おめえ、なんだかえれえこと考えてんだって?」


と。


分かってはいる。

しかし、ことがことなだけにそれもできなかった。


だからといって、正太郎は父に相談しようとは露ほども考えていない。

少なくとも、今の時点では。

父に話を通す…それはつまり、ことが大きくなることでもある。

なるべく穏便に済ませたい彼としては、それは最後の手段だった。


となると、やはり自分が行かねばならない。


正太郎は「よっこらせ」と起き上がると、衿をしごいた。

そのまま襖に手をかける。

深く息を吸い、それを横に滑らせた。

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