しかし二人は、道を挟んだ向かいにある小料理屋で、何を頼むか迷うだけで終わった。

容之進が入っていった店が見えるよう、格子のついた窓側に座っていたのだが、席に着いたのとほとんど同時に標的の人物が出てきてしまったのである。

もちろん、一人ではない。


「本気かよ…」


小料理屋の中から外を見、正太郎は瞬きを繰り返す。

和泉は唇をつき出した。


「男連れじゃねえか」


容之進と、三、四人の男たち。

彼らは和やかに話しながら、正太郎たちがやってきた方へと歩いていく。

辺りはもうほとんど暗い。

その中で、二、三のぼんやりとした明かりが宙に浮かんでいた。

江戸をじわじわと包み込み始めた闇の中、提灯は正太郎と和泉に確かな道しるべを示す。


彼らが少し先まで行くのを見計らって、二人はそろりと小料理屋から出た。


「ありゃ、陰間じゃねえな」


和泉が首を傾げる。


「浪人や小姓組の一員って感じのやつらだぜ。なんだ、ただのお友だちじゃねえか」

「そう…か?」


正太郎は残念な気持ちと共に、どうしてどうして、嫌なことを思い出してしまう。


――最近、徳川の世を終わらせようという動きが出ているらしくてな。

――今動かずしていつ動くんですか。


「まさか」


ははっと笑ってみせる。

と同時に、あの生き生きとした目を思い出した。

手の平に乗った雪の破片がするりと消えていくように、顔から笑みが剥がれ落ちていく。


まさか、で済むのだろうか?

まさか。


「つけるぞ」


正太郎は和泉を促し、再び容之進を追いかけ始める。


「もういいじゃねえか。あいつだって、今から友だちと遊ぶんだろ」


すでに和泉の興味は失せてしまったらしい。

もう帰ろうぜ、とばかりに気だるい声を出す。


「じゃ、おめえだけ帰れ。俺はあいつを追いかける」

「なんでえ、どうした?」

「確かめなきゃなんねえことがあるんだよ」


そう言って神経を尖らせる正太郎の顔からは、少し赤味が抜けたようである。

そんな彼を見て、和泉はすっと瞳を細めた。

そんな顔をすると、彼は小賢しい蝙蝠こうもりを思わせる表情になる。


「じゃ、早く行かねえとな。見失う前に」

「悪いな」


ちらりと悪友を見て、にやりと笑う正太郎。


二人の男は密やかに、闇の中に踏み出した。

先に行く者を追って。

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