「えいやあーっ」


ドシンバシン。


絶えず、踏み込みと掛け声と竹刀の交わるけたたましい音が鳴り響くのを背に、正太郎、タカ、総司、土方は裏庭に集合する。

ちょうど建物の陰に隠れて涼しい井戸端で、四人は丸くなった。


「元気そうだな」


最初に口を開くのはタカである。

しかし、土方は目を伏せたまま「ああ」とそっけない。

タカは正太郎に対するように、さも楽しそうに声をあげて笑った。


「懐かしいな。もう七年も前か」

「…八年だ」

「対して変わりゃしねえよ。あれから亀店には行ったかい?」

「行けるわけねえだろ」

「ちげえねえ」


何がそんなにおもしろいのか、タカは土方を凝視しながら笑い続ける。

正太郎と総司には、何が何だかさっぱりだ。


「じゃあ、あれからあの女がどうなったか知らねえってわけだ」

「………」


眉を寄せる土方。

両眉が繋がりそうなほどである。


あれっ。


不意に、正太郎の記憶が刺激された。

使わないならしまうぞ、と頭が箪笥に入れてしまった記憶だ。

何気ない言葉に触発された思い出が、するりと飛び出してくる。


あれっ?


「亀店って…おめえ、もしかして木綿問屋の大店にいた奉公人じゃねえか?」


何気なくそう土方に聞いてみると、彼はさっと顔を赤くした。

まぐろでも追いかけるように瞳がうろうろと泳ぎ、目に見えた狼狽えぶりである。


こりゃあおもしろくなってきた、とほくそ笑む正太郎。


「なんですか?木綿問屋?」

「旦那!」


一人蚊帳の外にいる総司の質問に、土方は首を振る。

正太郎はタカに向かって、声を出さずに「もしかして――」と口の動きだけで事の真偽を訊ねた。

すると、タカはにやりと頷いた。


「なるほど」


正太郎の口元も、次第に緩んでくる。


「な、なんだよ。旦那は何をそんなににやついてんだ」

「なるほどなあ。いやぁ、初めて会った時どっかで見たことあるなあとは思ってたんだよ。まさかあの時の奉公人だとはなあ。ま、確かにおめえさんならやりかねんわなあ」

「ちょっと待て!何を知ってる?どこまで知ってる?」

「土方さん、僕、何も知らないです」

「てめえじゃねえ。旦那!」


ほとんど悲鳴に近い。

しかし、正太郎とタカはにやにやするだけだ。


「悪いのはおめえさんさ。自業自得だ、観念しな」

「ちげえねえ。世話になったお店にそんなことをするたあ、忘恩の徒ってやつだ」

「タカ、貴様…そういうてめえこそ」


ぷつん。


まるで糸が切れたかのように。

それほど唐突に、土方の口は閉じられ、表情も強張る。

タカは笑うのをやめた。


「俺がどうかしたか?」

「…いや」


先ほどとは打って変わって、顔を引き締める土方。

そんな彼につられて、正太郎と総司も口をつぐんだ。

しばしの沈黙。


「まあいい。話すも話さねえも、おめえさんの勝手さ。俺は帰る」


重苦しい空気など気にしていないかのようにくすりと笑うと、タカはくるりと踵を返した。

そして、そのまますたすたと行ってしまう。

その後ろ姿をただ見送っていただけの一同は、彼の背中が消えた途端、我に返った。


「何しに来たんだよ、あいつは」


首を捻る正太郎。

土方は疲れたように「さあな」と返事をした。


「なあ、土方さんよ」


ふと真剣な面持ちになって、正太郎は彼に向き直る。


「あいつはいってえ、何者なんだ?」

「知らねえ」


どかりと縁側に座り込む土方。

その隣に、正太郎と総司は腰かけた。


「何けちくさいこと言ってんだよ。吐いちまいな、げろっと」

「知らねえんだよ、本当に」


はあああ。


長い息を吐くその姿は、嘘をついているようには見えなかった。

「じゃあ」と、正太郎も引き下がらない。


「何があったよ。おめえさんのその怯えっぷり、尋常じゃねえよな」


土方は正太郎を見ることなく、軽く下唇を噛む。

総司はというと、聞きたいことはごまんとあるはずなのに、ただ土方を見つめていた。

しかし、その視線に「教えてください」というお願い…いや、ほとんど命令に近いものが含まれている。

正太郎とて似たようなものだ。


そんな二人の無言の圧力に負けたのか、ようやく彼は重い口を開いた。

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