正太郎と総司は、おうめの働いている茶屋に二人だけでやってきた。

他の三人はたかの屋で待機である。

日の高いうちからまったく、弥吉もいい迷惑だろう。


そこは、団子が美味いと評判の茶屋だった。

名は菊田屋という。

昼時が過ぎて一段落したのだろうか、菊田屋は比較的空いていた。

二人はおうめを探し、店の奥へと進む。


「いらっしゃ…あっ」


奥に引っ込んでいたらしいおうめが顔を出し、愛想笑いを浮かべかけて、やめた。

それから顔を引き締める。

たった一度会っただけだが、彼女は正太郎のことを覚えていたらしい。

正太郎は「茶、二つ」と、あえて頼んだ。


「あれがおうめさんですか」


彼女が小さく頷いて再び姿を消した時、総司が口を手で隠すようにして尋ねた。

正太郎は「おうよ」と返事をしながら、すぐ側にあった椅子に腰掛ける。

その机を挟んだ真向かいに座る総司。


「へえ〜池田さんも隅に置けないなあ」

「惚れるなよ」

「馬鹿を言っちゃいけません。僕は他にいるんですから」

「なんだって?」


小さく笑みを浮かべていた正太郎の顔が、ふと真面目になる。


「おめえに?クソガキのくせに?」

「はい」


寝耳に水である。

なんたることだ。


負けた、と小さく小さく呟く正太郎。

実に大人げない。


「…で、どこのどいつだ」

「剣術って名前の美人ですよ」


総司はにっこりと笑い、明るく答える。

これまた邪気無く言うものだから、正太郎も拍子抜けしてしまい「そうか」と普通に返事をしてしまった。


「じゃ、ねえ。てめえふざけんな。斬るぞ」

「いいですねえ、やり合いますか?」

「誰がやり合うって言ったよ」

「たった今、旦那が」

「おめえはやられてるだけでいいんだ。張り合うな」

「理不尽だなあ」

「お待たせしました」


コトン。


いつの間にかおうめが側までやってきていて、湯飲みが机に置かれる。

湯気が立ち上り、顔の周りが少し熱くなった。


「ありがとよ」


そう言って、正太郎は湯飲みを手に取る。

しかし、口に付けることはない。


「ありがとうございます」


総司もそう言って、軽く頭を下げた。

それを見たおうめが「あの」と正太郎に話し掛ける。


「この方は?」

「ああ、沖田総司っつってな、試衛館の塾頭なんだ」


試衛館と聞いた瞬間、おうめの顔が曇った。

総司は微笑を絶やさないまま、言う。


「池田さんには大変お世話になりまして。おうめさんがここで働いていると聞いてから、ずっと会ってみたいと思っていたんですよ。なんせ池田さんからよくお話を伺ってたもので」


よくもまあ、この舌はべらべらと…


正太郎は呆れてしまう。


「それで、旦那が連れて行ってくれると言うもんですから、ついこうしてやってきてしまったというわけです。おうめさんが辛い思いをしている時に来るのはどうかとも思ったんですが、池田さんのことをいつか一緒に話せるようになればいいなあと思って、今日はご挨拶に来ました」

「それは…ありがとうございます」


どうやらおうめもいくらか気を許したらしい。

その証拠に、目からぽろりと涙がこぼれた。


おうおう、総司の野郎、剣士なんかより役者のが向いてんじゃねえのか。


「おうめさん」

「ごめんなさい…あの方のことを思い出すと、どうしても…」

「今はまだ、仕方ないですよ。悲しい時は思いっきり泣けばいいんです。それでね、おうめさん」


ここぞとばかりに総司はおうめを見据える。


「僕も早く下手人を捕まえたいと思って、旦那の手伝いをしているんです」

「あなたが?」

「はい。ですから、何か池田さんのことで思い出すことがあったら教えてほしいんです。何でもいいですから」


真剣な瞳。

正太郎はそんな彼を、感心しながら見ていた。

すべてを彼に任せるだけで、うまくいきそうだ。

総司を仲間に引き入れた自分に、拍手を送ってやりたくなる。

我ながら、良いねずみを見つけたものだ。


おうめは総司の言葉に胸を打たれたのだろうか、それまで俯きがちだった顔を上げた。

そして、「ありがとうございます」と着物の袖でごしごしと目元を拭う。


…さてさて。


肘をつき、じっとおうめを観察する正太郎。


これは演技なのか、はたまた素なのか。

演技だとすれば、なかなかの役者だ。

そして、花魁並みに男の心をわきまえていると見える。


ま、そりゃそうか、と正太郎は一人納得した。


なんたって、男に好かれてなんぼの商売だもんな。

愛想も良けりゃ、器量も——


そこまで思って、ふと頭の中が弾けた。

心の臓が一際大きく跳ねる。

気付くと、机を一つ叩いていた。

その音に、総司とおうめが反応する。


「なんです、旦那」


総司が首を傾げる。

しかし、正太郎はおうめだけを凝視していた。


「な、何ですか?」


と、彼女も驚いて引いている。


「…そうだ、これだ」


なぜ気付かなかったのか。

答えを、俺は見ていたのに。


馬鹿野郎、と己を叱咤し、立ち上がった。


「旦那?どこに行くんです?」

「悪い、おめえはもうちっとおうめから話を聞いておいてくれ。俺は先にたかの屋に戻る」

「えっ?ちょっと、旦那!」


総司の声を背にし、正太郎は茶屋を飛び出す。

早くたかの屋に行って、利吉に話をしなければならない。

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