たかの屋に向かう途中、利吉は一人思案に暮れていた。


この方は一体、何を考えているのだろう。


まだ年端もゆかぬ少年たちをいとも簡単に事件に巻き込み、平然としている。

かと思えば、今度は彼らを突き放す。

何か魂胆があってそうしているのか、それともただの気まぐれなのか…

何にせよ、どうにもおつむが凡人とは異なっているらしい。

良い意味でも悪い意味でも。


「なあ親分」


ふと、正太郎が後ろを向いた。

ばちりと目が合ってしまう。


「なんです?」

「俺にこの事件を解決できると思うかい?」

「は?」


自嘲しているわけではない。

むしろ単純に思い付いただけだというふうに、そう尋ねてきた。


急に何なんだ。


「どうしてそんなことを?」

「いや…今まで杉浦さまに頼りきってたもんだから、ちょいと心配になっちまってよ。そりゃあな、あの人と一緒に下手人を捕まえたことはあるさ。だけどそれは、なんというか、一から九まで杉浦さまがやってくださって、最後だけ俺がやったみたいな…手柄を横取りしちまったというか」

「一応、自覚はあったんですね」

「おい。それが主に向かって言う言葉か」

「あっしは誉めてるんですよ」

「どうにもそうには聞こえねえや」


けらけらと正太郎は軽やかに笑う。

利吉はその笑い声を聞いて、不思議に思った。


この方は一体、幾種類の笑み顔を持っているのだろう。

正太郎の笑みは独特だ。

今のように、さもおかしそうに笑うとき。

内心では笑ってなどいないのに、笑わなければならないとき。

他人を嘲るとき。

相手を油断させるとき。

そのすべてにおいて、彼は同じように、しかしまったく違う笑いをその顔に浮かべる。


からから、くすくす、けたけた、にやにや。


まるで百面相だ。

大抵の人間の笑い方は、限定的だ。

普通の人間は、決まった時にしか笑わないからだ。

嬉しい、おかしい、お愛想、軽蔑。

笑みの元となるものの予想がつくのだ。

手放しにそのすべてを信じるわけではないが、笑顔はその人の一つの指標となる。


しかし、正太郎はそうではない。

思わぬところで奇妙な微笑みを漏らし、とんでもない所で大口を開ける。

一見扱いやすそうにみえて、その実掴み所がなかった。

利吉は、彼ほど多様な笑い方をする人を他に知らない。

知らないから、異様に見える。


前を行く主の長羽織を、なんとなしに見つめた。

その顔にはまだ、笑みが貼りついているのかと思い。


「…池田ってやつぁ、本当にみんなが言うほど立派なやつだったんでやすかね」


ふと、そんな言葉が漏れてしまった。

自分より若い同心の心に思いを馳せていたからだ。

利吉は少し後悔する。

しかし、正太郎はこちらを見ない。

ざくざくと二人の足下で土が鳴った。


「そうじゃねえことを祈ってるさ」

「………」

「ま、それが分かれば殺された理由も少しは見えてくるってもんだな」

「…へい」


つと二人の足が止まった。

そして、目の前に現れた障子を見つめる。

そこには無造作に「鷹」とだけ、太文字で書かれてあった。

まだ暖簾も出ていない。


「確か、夜しか開いてねえって言ったよな」


正太郎が確認するように呟く。


「けど、もう夕方だしな」


確かに、江戸の中心から少し離れたこの地は橙に染まり始めていた。

夏ほど強烈ではないけれど、冬ほど弱々しくはない。

おしまいだよ、と一日を柔らかに労わる光だ。


お天道さまこそ百面相だよなあ。


利吉はそんなことを思う。


「ちょいと、乗り込んでみやすか」

「この時刻ならたぶん、準備に取りかかってるだろうからな。行くか」


正太郎はそう言うと、戸に手を掛けた。

心張り棒はかかっていなかったらしく、いとも簡単にそれは開く。


邪魔するぜ、と正太郎が中に向かって言うと、思いの外すぐ側から返事が聞こえてきた。

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