三
たかの屋に向かう途中、利吉は一人思案に暮れていた。
この方は一体、何を考えているのだろう。
まだ年端もゆかぬ少年たちをいとも簡単に事件に巻き込み、平然としている。
かと思えば、今度は彼らを突き放す。
何か魂胆があってそうしているのか、それともただの気まぐれなのか…
何にせよ、どうにもおつむが凡人とは異なっているらしい。
良い意味でも悪い意味でも。
「なあ親分」
ふと、正太郎が後ろを向いた。
ばちりと目が合ってしまう。
「なんです?」
「俺にこの事件を解決できると思うかい?」
「は?」
自嘲しているわけではない。
むしろ単純に思い付いただけだというふうに、そう尋ねてきた。
急に何なんだ。
「どうしてそんなことを?」
「いや…今まで杉浦さまに頼りきってたもんだから、ちょいと心配になっちまってよ。そりゃあな、あの人と一緒に下手人を捕まえたことはあるさ。だけどそれは、なんというか、一から九まで杉浦さまがやってくださって、最後だけ俺がやったみたいな…手柄を横取りしちまったというか」
「一応、自覚はあったんですね」
「おい。それが主に向かって言う言葉か」
「あっしは誉めてるんですよ」
「どうにもそうには聞こえねえや」
けらけらと正太郎は軽やかに笑う。
利吉はその笑い声を聞いて、不思議に思った。
この方は一体、幾種類の笑み顔を持っているのだろう。
正太郎の笑みは独特だ。
今のように、さもおかしそうに笑うとき。
内心では笑ってなどいないのに、笑わなければならないとき。
他人を嘲るとき。
相手を油断させるとき。
そのすべてにおいて、彼は同じように、しかしまったく違う笑いをその顔に浮かべる。
からから、くすくす、けたけた、にやにや。
まるで百面相だ。
大抵の人間の笑い方は、限定的だ。
普通の人間は、決まった時にしか笑わないからだ。
嬉しい、おかしい、お愛想、軽蔑。
笑みの元となるものの予想がつくのだ。
手放しにそのすべてを信じるわけではないが、笑顔はその人の一つの指標となる。
しかし、正太郎はそうではない。
思わぬところで奇妙な微笑みを漏らし、とんでもない所で大口を開ける。
一見扱いやすそうにみえて、その実掴み所がなかった。
利吉は、彼ほど多様な笑い方をする人を他に知らない。
知らないから、異様に見える。
前を行く主の長羽織を、なんとなしに見つめた。
その顔にはまだ、笑みが貼りついているのかと思い。
「…池田ってやつぁ、本当にみんなが言うほど立派なやつだったんでやすかね」
ふと、そんな言葉が漏れてしまった。
自分より若い同心の心に思いを馳せていたからだ。
利吉は少し後悔する。
しかし、正太郎はこちらを見ない。
ざくざくと二人の足下で土が鳴った。
「そうじゃねえことを祈ってるさ」
「………」
「ま、それが分かれば殺された理由も少しは見えてくるってもんだな」
「…へい」
つと二人の足が止まった。
そして、目の前に現れた障子を見つめる。
そこには無造作に「鷹」とだけ、太文字で書かれてあった。
まだ暖簾も出ていない。
「確か、夜しか開いてねえって言ったよな」
正太郎が確認するように呟く。
「けど、もう夕方だしな」
確かに、江戸の中心から少し離れたこの地は橙に染まり始めていた。
夏ほど強烈ではないけれど、冬ほど弱々しくはない。
おしまいだよ、と一日を柔らかに労わる光だ。
お天道さまこそ百面相だよなあ。
利吉はそんなことを思う。
「ちょいと、乗り込んでみやすか」
「この時刻ならたぶん、準備に取りかかってるだろうからな。行くか」
正太郎はそう言うと、戸に手を掛けた。
心張り棒はかかっていなかったらしく、いとも簡単にそれは開く。
邪魔するぜ、と正太郎が中に向かって言うと、思いの外すぐ側から返事が聞こえてきた。
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