「ああ、米澤か」


稽古をしていた沢村の所へ早速行くと、彼は汗を拭き拭き話をするために裏庭へと付いてきてくれた。

縁側に腰掛け、自分の前に立つ長身の正太郎を見上げている。

年は三十路手前くらいだろうか、えらの張ったいかつい顔に、苦々しそうな表情が浮かんでいた。


「米澤ってのか、果たし状を持ってきた男は」


正太郎がそう尋ねると、沢村はこくりと頷いた。


「まったく、思い込みが激しいのだ、あの男は。俺はただ馴染みの店で酒を飲んでただけだというのに、あやつめ」


ちっと舌が鳴る。


「俺は米澤のことなど知らなかったし、これっぽっちも気にかけていなかった。なのにあいつは、俺の所まで来て喚き散らしたのだ。貴様、今俺を睨んだだろう、それは俺を誰だか知っての態度かなどとのたまってな…俺はあんな薄汚い野郎に目を向けたことなど、今までもこれからもないわ!」

「…殊勝なこった」


ギリギリと歯を食いしばる彼を見て、正太郎は若干引き気味に相槌を打った。


「だから俺は言ってやった。誰も貴様なんぞ見ちゃいない、と。そうしたらなぜだかさらに機嫌が悪くなって、俺が飲んでいた徳利を床に投げ付けて帰っていった。せっかくの酒をだぞ。まったく、自分を制するということを知らんやつだ」

「なるほどな。確かにそりゃあひでえ話だ。それで、それはいってえいつの話だ?」

「…池田が死んだ日の二日前だ」


怒り心頭の沢村も、さすがに亡くなった仲間のことを口にする時は口調が沈んだ。

目を伏せ、悲しそうに影を落とす。

しかし正太郎は、そんな彼に頓着しなかった。


「じゃあ、その二日の間に米澤はおめえさんのことを調べ、果たし状を書いて持ってきたってわけか。行動力の塊だな。恐れ入るぜ」

「そんなところに恐れ入らんでもよかろう」


沢村の鼻の穴が膨らむ。

正太郎は肩をすくめた。


「沢村さん、その馴染みの店ってどこなんですか」


ふと、総司が横から口を挟んだ。

利吉が露骨に嫌そうな顔をする。


沢村は束の間「なぜ総司がそんなことを気にするのか」と思ったようだが、特に追求して考えなかったらしい。

すぐに「たかの屋だよ」と答えた。


「たかの屋というと、こっからそんなに遠くねえな」


顎に手を当てる平助。


「今から行くつもりか?あそこは夜しか店を開けんぞ」


そうなの?と平助は両眉を上げる。

それを受け、一は無表情に言った。


「夜か。ならば、おそらく米澤もそう遠くの者ではないはずだ。沢村さん、米澤について何か知っていますか」

「言われてみれば、ほとんど知らんな。果たし状も、なんやかんやと結局受け取らなかったし」


やっぱり受け取っておけばよかった、と沢村は腕を組む。

冗談じゃない、と沢村をよく知る三人は胸の内で呟いた。


正太郎と利吉は彼らの話を聞き、目配せをし合う。

これ以上の収穫はなさそうだぜ、と。


「そうか。よし分かった。もう稽古に戻っていいぜ。悪かったな、邪魔して」

「俺でよかったらいつでも付き合います。下手人のこと、頼みます」


沢村はそう言ってぺこりと頭を下げ、道場に戻っていった。

残された五人は互いに顔を見合わせる。


「たかの屋、な」


ぽつりと呟く正太郎。

利吉がそれを受け、素早く答えた。


「どうしやす、手下に行かせやしょうか」

「いんや、俺と親分で行こう。その方が早え」

「ちょっと待てよ。俺たちは?」


おいおい、と平助が不満そうだ。

しかし正太郎に「おめえらはまだ稽古中だろうが」と軽くあしらわれてしまう。


「今日は二人で行ってくるさ。おめえらには追って連絡する」

「手伝えって言ったのは旦那なのによお」

「まあ悪く思うな。それに、剣の腕は上げといて損はねえからよ」

「ちぇっ…ほんとに勝手なんだからな」


そう言うと平助は「行こうぜ」と他の二人を誘い、沢村の後を追いかけていった。

正太郎と利吉、今度は二人で顔を見合わせる。


「ほんじゃ、行くか」


正太郎はそう声を掛け、先に立って歩き始めた。

利吉もいつものようにその半歩後ろを陣取る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る