第23話 優香の決断
新之助が和尚様のお寺に向かっている頃、イエヤスの軍団は里の入り口に到着していた。
里の入り口から中に入るには、里の人間にしかわからない道がある。そこで、サムライは軍団を入り口に待機させて、たまたま里から出て来た者をとらえて、言伝を依頼する方法をとった。
伝言の内容は、次のような里の者への脅迫そのものだった。
―――
この里でかくまっている優香という女と、その女を保護している新之助という男を、里の入り口まで連れて来い。さもなくば、イエヤス様の家臣一万の軍団が里を襲撃し壊滅する。
―――
件のサムライは、うかつに里の中に入って新之助の返り討ちに遭うのを極度に恐れていた。それに、『たった一組の男女を捕まえるのに一万人の軍団を使って里を襲うというのは、イエヤスの正規軍として恥ずべきことである』、そういう意見が軍団の大多数を占めていたからでもあった。
そのために、里の入り口に優香と新之助を呼び出す方法を取ることにしたのだ。
サムライから恐ろしい伝令を依頼された里の者は、里の中にとって返して大急ぎで優香とおイチに伝えた。
話は里全体のことでもあるので、里にいる者で声をかけられる者達と里の長が大慌てでおイチの小屋の前に集まって来た。
……
「どうしたものか?」
「イエヤスの正規軍一万か……」
「戦うにしても、里の男衆はほとんど外に出ておるぞ」
「イヤ、戦いにすらならんだろう。ノブナガ様の鉄砲隊まで引き連れて来ているらしいからな」
「待て待て、本人の意見を聞くのが先だろう」
「しかし、新之助は狩に行ってしまったし」
里の者達は、そう言って口々に意見を言い始めた。
……
小屋の中では、新之助の姉達と里の長、そして優香が集まっていた。
新之助の姉達は優香に逃げる事を進めた。
「優香さん、アイツらは貴方を狙っているのだから、里の裏からお逃げなさい。いくらアイツらだって簡単には里に入れないはずだから、貴方が逃げ切るまでの時間は稼げると思うわ」
しかし、優香はその申し出を丁寧に断った。
「彼らは本気です。もしも私が逃げようとしたら、イエヤスの正規軍一万人が里を取り囲み焼き討ちをかけるでしょう。そうなれば、罪のない子供や老人達は真っ先に命を落とします。更に、一万の軍勢はこの里自体を滅ぼすことさえ
優香は、姉達と里の
「新之助様が留守の間に、そんな事があっては絶対になりませぬ。私1人が人質になって連れて行かれるだけで、この里の平和が守られるのであれば、そんなに嬉しい事はありません。どうか、私の提案を受け入れて下さいませ」
おイチを含めた里の長達は、優香のその言葉の中に覚悟の強さを感じ、彼女の提案を受け入れざるを得なかった……。
―――
優香はたった一人で、里の入り口で待っていたサムライと軍団を指揮する軍師達の前に姿を表した。
サムライは言った。
「新之助はどうした! 俺たち一万人の軍団を見て逃げだしたのか?」
優香は静かに言った。
「お前達の様な、数にモノ言わせる卑怯者とは違います。運が良い事に、彼は今遠い山に狩りに行っています。貴方方の目的は私のはずですから、私だけを連れて、城に戻って下さい。もしも、その申し出を断るようであれば、私がお城に赴いてイエヤス様に直訴致します」
そう言って、優香はサムライと軍師達を見た。
「例え正規軍であっても武士の風上に置けない行動を取る者は、イエヤス様からキツイお仕置きをしていただくように、お願いする事になります。たとえ私からの直訴でなくとも、それが武士として恥ずべき行為であれば、イエヤス様としても行わざるを得ないでしょう」
名だたる正規軍の武将達も、優香の凛とした態度に気圧されたのか、ただ頷くしか無かった。
ただ一人、新之助に恨みを持つサムライだけは、優香を睨みつけて言った。
「ウルサイ! たかが小娘の分際で我らに意見するのか。オレに逆らうなら里の人間は皆殺しだぞ」
優香は、サムライの一喝にピクリともしないで反論した。
「たとえ今が戦乱の世であったとしても、武士として、いえ人として正しいと思うことは年齢にかかわらず話しても良いのではございませぬか? お武家サマ……」
軍団の軍師は優香のその清正とした言葉と姿に感動して、さとすようにサムライに意見した。
「小野田殿、今回の進撃はお主がイエヤス様より指揮権を与えられておるが、一言言わせてもらうぞ。姫様の言うことにも一理あるのではないか? 我らの目的は姫様を連れ帰る事であろう。我らとしても無用な戦闘は避けたいし、ましてや女子供まで手にかけようとは思わん」
サムライは軍師の言葉に反論することが出来なかった。新之助を捕まえることは、サムライの個人的な感情から出ていことであるからだ。
……
優香は、その軍団が用意した姫様専用の籠に乗せられて、静かに里を離れていった。一万の正規軍は、優香との約束を守るべく、里には何もせずに城に向かって静かに行軍を始めた。
優香は、一万のイエヤス正規軍に守られた籠の中で、静かに涙を流するのだった。
「新之助様、短い間でしたが、優香は本当に幸せでした。これからは、新之助はお一人で新しい人生を歩んでください」
優香の胸には、お城で新之助を襲った時と同じ、自決用の短刀が鈍く光っていた。
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