第22話 迫り来る危機

 その日は、いよいよ新之助が少し離れた山に狩りに行く日だった。


 今にも雨が降りそうな、どんよりと曇っている天気で、新之助はなんとなく気乗りはしなかった。

 しかし優香が明るい声で「行ってらっしゃい新之助様。久し振りの狩なのですから、ご無理なさらなくて良いですよ。とにかく、お気を付けて」と言ってくれたので、優香のためにも体力を付けなければと思い、仕方なく出発する事にしたのだ。


 優香は、里の出口で、新之助の甥や姪と共に新之助が見えなくなるまで手を振っていた。


 ***


 その頃、イエヤスの正規軍1万の軍団は、例のサムライに付き従って里から数里のところまで迫っていた。

 いよいよ城攻めの恨みをはらせると思うと、サムライは晴れ晴れとしながら里に向うことができた。


 今回の遠征に連れて来たのは、そこら辺の寄せ集め部隊に比べると格段に強い、イエヤス正規軍である。

 更に今回の軍団には、イエヤス様の盟友であるノブナガ様から、鉄砲隊まで借りて来ていたのだ。


「いくら新之助が強くても、鉄砲の前では無力だろう。アイツは弓をはじき返すが、鉄砲の弾をはじき返せるわけがない」


 サムライは笑みを浮かべて、進軍するイエヤス正規軍団を導くように里に向かって馬を進めた。


 ***


 新之助は、狩に行く前に、お世話になった和尚の元にお礼を言いに立ち寄った。


「和尚様、本当に今回の件ではお世話になりました。和尚様が、優香に高名な町医者を紹介してくれなければ、俺はもうこの世にいなかったでしょう。ほんとうにありがとうございます。この御恩は一生わすれません」


 そう言って、新之助は心の底からお礼を述べた。


「イヤ、それなら、ワシではなくて優香さんを褒めておやりなさい。新之助を医者にかからせる事が出来たのも、優香さんの正確な判断と迅速な対応があったコソじゃよ」


 そう言って、カンラカンラと笑いながら新之助に言った。


「あの子は、良い子じゃな。頭も良いし、素直で正直者じゃ。それに美人で、ホレ、胸も大きいのじゃろう? 新之助の嫁にはもったいないのお。フォフォフォ」


「和尚様、そんなに茶化さないでください。なんかもう、俺、優香には頭上がんないですよ。新しい姉ちゃん出来たみたいな感じで……。だってアイツ、姉ちゃん達や甥・姪まで味方に付けてるんですよ! 俺はこれからどうしたら良いんでしょうか?

 和尚様」


 新之助は、和尚様に笑いながら夫婦生活の悩み事を相談する。


「フフフ。それは、ワシにも分からんなー。人生山あり谷ありじゃ。これからも御仏にすがって行けば良いこともあるじゃろう?」


 和尚様も笑いながら新之助の相談ごとをちゃかす。


「和尚様ー」


 新之助は、こまったように叫んだ。


 ―――


「ゴメン! 和尚はおるかの!」


 そこへ、この間の町医者がやって来た。


「おお! お医者様、まあ上がって行きなされ! ぼろ寺ゆえ、安物しかありませんが、お茶でも入れますから。それに、この間檀家からもらった饅頭も有るし!」


 和尚は、町医者にそう言って寺の奥に消えていった。


「お医者様、この間は大変お世話になりました。この通り体力も回復して、身体慣らしのために、これから狩に行くところです」


 新之助は、町医者に向かって深々と頭を下げる。


「おお! この間の若者か。ワシの力と言うより、お前の『生きたい』という強い思いがあったからなればこそだ。もうここまで回復したか、良かったノオ。ワシも医者冥利に尽きるワイ」


 町医者は、新之助の体をみて満足そうに言う。


「しかし、無理は禁物だぞ! 無理すれば、せっかく治りかけている傷口が開いてしまうからな。おお、そうだ! あの娘は元気にしておるか? あの娘から治療代として受け取った着物は大そうな金で売れたぞ。そのおかげで、また貴重な薬を沢山買う事が出来た。娘に会ったら礼を言っておいてくれ」


 そして、優香の着物の話をする。


「それから、その後でサムライが訪ねて来てな、昔お世話になったので一度娘に会いたいと申してな、その娘は何処にいるのか? と聞かれたから、お前たちの里に住んでいると言ったが。サムライは訪ねて来なかったか?」


 町医者は、サムライから新之助達のことを聞かれた事を告げる。


 新之助はやな予感がして、町医者に訪ねて来たサムライの人相を聞いた。すると、そのサムライは、優香をさらおうとして新之助に手首を砕かれたあのサムライだったのだ。


「マズイ!」


 新之助の心には、いやな予感が湧いて出て来ていた。


「和尚様、俺は直ぐに引き返して里の様子を見てきます!」


 新之助は、奥からお茶とまんじゅうを持ってあらわれた和尚様に叫んだ。

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