第11話 姫様の名前は

 今回の戦に参加する雇われ兵士やサムライ達と、「しん」改め新之助は、目的の城に向かって進んでいった。


 普段は余り他の兵士とは組まないで行動する新之助だが、今回の戦では城攻めということもあり、オヤカタ様が用意した戦闘集団に同行する形をとった。


 城攻めは戦いとして規模が大きく参加する兵士の数も多い。そのために、大量の兵士を目的の城まで何日間もかけて移動させる必要がある。そうなると必然的に武器意外にも多量の兵糧ひょうろうが必要になる。


 オヤカタ様の所は、最初は金を目当ての(普段は農作業をしている)雑兵達とサムライ崩れの寄せ集めで、必要な時に街や村に口利き屋を送って強そうな奴を集めて来る程度の中途半端な軍団だった。

 しかし、新之助が入ってきた頃から徐々に戦の専用軍団としての名を上げるようになってきた。

 そのために、以前は声をかけて来なかった地方の豪族、大殿様達からも、最近は引く手あまたらしい。最近は日本全国が戦乱状態となっていたので、仕事には困らなかった。


***


「あーあ、全く、イやになっちまうなあ! 早く目的地に着かないかなあ、ここ最近、おっかあと会ってないから、ムラムラして困っちまう」


 隣で飯を食っていた、普段は農作業をしているが出稼ぎで槍部隊の兵士をやっている気の良いオッチャンが、独り言をつぶやいていた。


「何を言うか! もう目的の城は目の前だ。明日の朝から、いよいよ本格的な戦が始まるのだぞ。明日に備えて早く寝ておけ!」


 向こう側にいる、サムライのオヤジさんが神経質そうに怒って言った。


 戦が始まるので、皆緊張しているのだろう。俺たちオヤカタ様の軍勢は、ヤクザの鉄砲玉みたいなもので、大殿様達の正規軍が進む為の露払いみたいなものだ。

 今回の城攻めも、正規軍が来る前に相手方の戦力を削ぎ落とす事が目的で、多分城主の首を取る事までは求められていないのだろう。

 ただし、俺達には正規軍には絶対に出来ない特命が密かに与えられている。


 それは、この城の姫様を誘拐する事だ。


 俺も、城攻めで女・子供が巻き添えになる事は望まない。だから、大殿様の本隊が来て城の全員が皆殺しになる前に、サッサと城を落として女・子供を逃す事を優先させたい。

 そのためには、本当に申し訳無いが、城主様の首を落とす事だけを考えている。それ以外は、全てオヤカタ様の軍団がよろしくやってくれる手はずだ。姫様の誘拐も俺の趣味じゃ無いので、オヤカタ様の息のかかった誰かが対応するだろうと思う。


 翌日の朝早くから城攻めの準備が始まった。


 炊き出し部隊による、朝飯と戦場で食べる昼飯のオニギリの準備だ。それと並行して、俺たちは武具の手入れを行う。戦場で使う道具がいざという時に使えないのは、本当の意味で死活問題になるからだ。

 この準備で手を抜くと、今日の夕飯をこの陣屋で食べる事が出来なくなってしまう。今日の戦場だった死体だらけの野っ原で、一人冷たくなっているという寸法だ。


 ぶおー!

 ぶおー!


 明日、明後日頃には、大殿様の本隊がやって来るだろう。だから、今日、明日中に大勢を決めてしまいたい、という思いから戦は早めに始まった。


 ここら辺の城は、城といっても小高い山の上に建っている平屋の大きな家だ。その小山を覆うように二重三重の塀と上から矢を放つ事が出来る櫓が数カ所設置されているだけだ。

 この城も同じような作りで、塀も一部分が二重になっているが、そんなに頑丈そうでは無い。基本的に籠城して戦う想定では無いのだろう。


 俺も遠くから一度だけ見た事があるが、大殿様ぐらいの規模になると、天守閣のある大きな城とそれを囲む漆喰壁、さらに深そうな堀に囲まれた強固な城を持つことになるのだが、普通はそこまで徹底的に作られた城は無い。


 だからこそ、今回の城なら、オヤカタ様ぐらいの軍団でもある程度の戦いが出来るんだ。

 俺は、一番前に出て、いつもの様に走り出した。ヤグラの上にいる弓矢担当の兵士は慌てて弓を打ってくる。城の前は見晴らしが良いように地面がならされているので、俺からしたら走り抜けるのは容易い。


 今回は、城攻めなので、近距離からの弓矢を想定して、何時もの二本差しの刀に加えて、頑丈そうな木の盾を2枚ほど分けてもらった。

 こちらは、ジグザグに走っているので弓矢はなかなか当たらない。本当に当たりそうな矢だけを2枚の盾で器用に弾き飛ばすだけだ。


 これを繰り返して、城の門の前に到着したら、予め準備していた火薬玉を使って門の鍵を破壊する。門が壊れたら、すぐさま櫓に登って弓矢担当の兵士の腕や肩の骨を折る。

 ここでのポイントは、敵方の兵士を決して殺さない事だ。まあ、無用な殺生をしたくないという理由もあるが、本当の理由は敵の兵力削減に有効な方法だからだ。

 兵士がけがをすれば、けが人を介抱するために最低一人は必要になる。そうすれば戦力的に見れと『けが人一人』と『介抱する人一人』で合計二人分の戦力を奪う事が出来るからだ。


 そうして仲間が侵入出来る様にしたら、俺はその混乱に乗じて城主の住んでいそうな一番大きい建物を目指す。


 大きな建物を目指しながら、持ってきた火薬玉を、あちら・こちらの建物に投げ込む。もちろん女子供がいそうな生活感のある建物や、女の悲鳴が聞こえてくる建物には投げ込まない。兵士やサムライが飛び出してくる建物には真っ先に投げ込む。


 城の一番奥の大きな建物に入ると、当然みんな驚いてこちらを見る。そりゃあそうだ、戦の合図の法螺貝は、さっき鳴ったばかりだからな。


 普通はまだ城の外で戦っているぐらいの時間だ。


 だからこそ、こちらにも勝機があるっていう寸法さ。本気で四つに組んだら、明らかに分が悪い。多分勝てない。ここに着くまでに見た感じでは、かなりの武器を所有している感じだ。

 多分、これから城側のサムライや雇われ兵士の反撃が始まるだろう。


 今、このチャンスを逃したら終わりだ!


 俺は、驚きのあまり動きの鈍っているサムライ達の手首や肩口を二本の刀で叩いて、骨を砕く。きっと名刀と言われる刀は何人切っても刃こぼれしないんだろうが、俺の刀は人を切ると人のアブラが付いてしまい刀の切れが直ぐに悪くなる。


 それに、そもそも余計な殺しはしたくない。


 二本の刀で、周りのサムライを倒しながら、どんどん奥に入って行く。最後に大きな襖をガラリと開けると、そこにはあぐらをかいて座っている、眼光優れたサムライが、こちらを睨みつけていた。


「オッさんが、ここの城主様かい? 訳あって、お前さんの首をもらいに来た。サッサと首を出してくれれば、他の者には手を出させ……、」


 俺が最後まで言う前に、サムライは自分のそばに置いてあった刀を抜くと同時に片ひざ立ちをして俺に一太刀浴びせようとする。


 ビュッ!


 俺はすんでの所でその一の太刀をかわして、間合いをとりながら二本の刀をサムライに向けた。


「若者よ、よくぞ短時間でここまで到着したな! 敵ながら、あっぱれじゃ! 褒めてつかわす。それに免じて、お主の質問に答えてしんぜよう。いかにも、お主が思っている様に、ワシがここの城主じゃ」


 そう言いながらすっくと立ちあがって、俺に向かって中段に刀を構える。


「しかし、二刀流とは珍しいノオ! ワシも木刀でたわむれにやった事はあるが、それでも両の手に持った木刀をたくみにはあつかえなかったわい。真剣で二刀流の使い手は、ワシも始めて見たわ。何処まで使えるものか、ぜひ手合わせしたいものじゃな」


 城主は、嬉しそうに話しながら、しかし目は笑っていない。城主の目の中にはひそやかに燃える炎が見えた気がした。

 俺は、城主の言葉を聞きながらも、ジリジリと間合いを詰めた。


 最初に一の太刀を繰り出したら、間髪を入れずに二の太刀を入れる。それが俺の必殺剣だ。俺は二本の刀の一本を上段からやや下に下ろしながら、さらに近付いて行く。


 汗が滴り落ちて来た。


 城主は、中段の構えを保ちつつ、こちらを見て間合いをうかがいながら、緩やかな弧を描く様に横に移動する。


 俺の方が上背があるから、間合い的には有利だ。


 ジリジリする緊張感だ。建物の外では喧騒が聞こえて来た


 ビュッ! ビュッ!!


 チュイーッン! チュイーッン!!


 なんだ! 俺の一の太刀と二の太刀を両方とも受け切りやがった。この城主、強い……。

 俺の背中に戦慄が走った。


 俺の一の太刀は、俺の全体重をかけて打ち込むので早くて重い。普通のサムライはこの一の太刀を受けきれずに大怪我をして終わる。もし受け切っても、その衝撃で一瞬動きが止まる。そこへ、俺の二の太刀が一の太刀と同じ速さと重さで飛んでくる。普通ならばこれで終わりだ。


 しかし、この城主は俺の一の太刀を見切って刀で受けずに「いなした」。そうやって、いなしたからこそ、俺の二の太刀も冷静に対処できたのだ。

 これは、余程の鍛錬か実戦で鍛えられていなければ出来ないはずだ。


 このお殿様は、小さな城主で終わる様なサムライではない。コレは、本当に俺もここで終わりかな? 一瞬、里の姉ちゃん達や甥っ子、姪っ子の顔が浮かんだ。

 やはり俺の人生、最後かもしれない。まあ、ここまで強いサムライとやり合って死ぬなら本望かも知れない。まだ18年しか生きてないけど、波乱万丈な人生だったな……。


 イヤイヤ、待て待て、まだ勝機はあるかもしれん。なんとかこのサムライに手傷を負わせる事が出来れば勝機も生まれるだろう。

 そう思うと、今までずっとそうして来た刀のミネをヤイバ側に持ち替えた。


 カチャ、カチャ。


「おう、そう来たか。そこの若者、見事な太刀筋じゃ! もしもこんな出会いで無ければ、ワシももう少しお主と戦っていたいのう。お主、名はなんと申す? ぜひワシの脳裏に刻みつけたくなったわい」


「俺の名前は、新之助。歳は18だ」


「新之助、か。いい名前だ。久しぶりに良い若武者を見たような気がする……、つ」


 ビュッ! ビュッ!


 チュイーッン、チュイーッン!


「気がする……」の最期の言葉が終わるか、終わらないかのうちに、サムライから一の太刀が飛んできた。

 新之助が、一の太刀は刀で受けずに流した瞬間、サムライから間髪を入れずに二の太刀が飛んで来た。最初に打ち込んだ刀の勢いを利用して、そのまま二の太刀として打ち込んだのだ。


 危なかった! もしも、サムライの一の太刀を二本の刀で受け切っていたら、二の太刀でやられていた。


「新之助、今のはいい動きだったぞ。一の太刀を全力で受けていたら、今頃お前の頭と胴体は離れていたぞ」


「おサムライさん、しゃべっている時に刀を使うのは約束違反じゃ無いのか?」


「何を言う、新之助。刀を抜いてお互いにヤイバを向けている間は、常に戦いの事を考えよ。それが生き残る道じゃぞ!」


 二人の間には、命を取り合うもの同士の繋がり以上に、まるで剣を通じてお互いの思いを伝え合うような、何となく妙な空気が流れ始めた瞬間だった……


「ギャァー!」


 隣の部屋から、断末魔のような子供の悲鳴が聞こえて来た。

 一瞬、殿様の動きが止まって、恐ろしいほどの殺気が消えた。


 イマダ!


 その瞬間、新之助の身体は無意識のうちに殿様に太刀を打ち込んでいた。


 ブシャ!


 ウッ!


 新之助の必殺の一撃は、子供の叫び声を聞いて隙だらけになっていた殿様の体を切り裂いた。傷口からは、おびただしい鮮血が飛び散って畳をぬらす。


「殿様、大丈夫か? アンタが隙だらけになったのを見て、俺の体が無意識のうちに殿様を切ってしまった。すまねえ、本当にすまねえ」


 俺は、なんとなく気まずくなって城主に声をかけた。


「ゴフ、ゴフ……。良いんだ、新之助。我が息子の断末魔の声を聞いて、隙を見せたワシが悪いのだ。ゴフ、ゴフ。お前には落ち度は無い。お前は正々堂々と私と戦って勝ったのだ。ゴフ、ゴフ」


 城主の腹と口からはおびただしい血が流れている。城主は苦しそうに答えた。すでに城主の目から殺気が消えていた。


「ただし、もしもお前がこの戦いの事を気にしてくれるのなら、一つだけワシの最期の願いを聞いてはくれまいか?」


 城主は血を吐いて苦しそうにしながらも、俺に向かって話を続ける。


「何だいおサムライ様、俺にできる事ならなんでも言ってくれ」


 俺は城主の思いを受け止めるようにしっかりと答える。


「実は反対側の部屋に、ワシの娘が隠れている。どうか、姫を守ってやってくれまいか? ワシが死んだのがわかったら、イエヤスとか言うヤツが姫をさらいに来るはずだ。あんな奴には、姫は渡せない」


 城主はすでに立っているのがやっとのようで、かろうじて刀で自分を支えながらも俺の目を見て話をする。


「新之助。たった今、ヤイバを交わした者として、ワシはお前の心が真っ直ぐなのが感じられた。死に行く者の最期の一太刀を受けてはくれまいか?」


「殿様、わかったよ。殿様の最期の約束、俺は確かに受け取ったぜ。ところで、姫様の名前はなんて言うんだい?」


「ゴフ、ゴフ……。我が姫の名前は、優香」

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