第6話 お昼休みは終わらない

 俺は優香に引っ張られる様に、昼休みの教室を後にした。気のせいだろうか、俺の手をしっかりと握っている彼女の手は少し汗ばんでいるような気がする。


「優香、生徒会室での生徒会の打ち合わせはどうしたんだ? もう良いのか?」


 俺は彼女に引っ張られながら聞いてみた。


「うん、さっきまで打ち合わせしてたけど、今日は余り大きな議題も無くてアッサリと終わったの! 後片付けは残っているけど、まだ時間あるし新之助君とお昼ご飯食べながら後片付けすれば良いから、急いで教室に戻ってっ来て声をかけたの。新之助君がまだ教室にいてくれて良かったわ!教室の外に出てたらアウトですものね。ヤッパリ見えない糸で繋がっているのかしらね」


 彼女は、俺を引っ張り続けながら俺の質問に答えた。


 うーん、声をかけたと言うより、俺は拉致られつつあるのでは無いか? そうか、生徒会室から俺の教室まで全力で来て、俺を拉致って生徒会室に連れ込む作戦だな! だから、彼女の手が汗ばんでいるんだ。


 そうこうするうちに、俺たちは生徒会室にたどり着いた。生徒会のメンバーは既にあらかた引き上げた後のようで、生徒会室には誰もいなかった。


「ハア、ハア、ハア。流石に新之助君を引っ張り続けながら走ると息が切れちゃうわね。私が最後に片付けるからと言って、生徒会の皆様には先に解散してもらったの!」


 優香は額に浮かんでいる汗をポケットから取り出した可愛いピンクのハンカチでぬぐいながらそう言った。


「まだ片付けが済んでないから、少し散らかっているけど遠慮しないでどうぞお入りください。あ、今お茶も入れるから新之助君はそこの椅子に座って待っててね」


 優香はまるで自分の家のように、生徒会室内をテキパキと片付けながらお茶の準備を始めていた。


「よぉしッと!  後はお湯が沸いたら、お茶を入れるだけかな? それでは、少し遅くなっちゃったけどお昼ご飯にしましょうか。両手を合わせて、毎日美味しいご飯を作ってくださるお百姓さんや農家の方々、漁師の方々に感謝してー、いっただきまーす!!!」


 優香は、両手を弁当箱の前で合わせて、食事のあいさつをする。優香の声は大きくは無いけど、感謝の念がすんごーくこもった、良い感じの食事のあいさつだった。


 俺もつられて、「いっただきまーす」と言いながら……


「あ、ゴメン。俺、優香のお弁当を先に食べちゃったんだ。残ってるのは母親が作ったお弁当の早弁の残りなんだ。お前の勢いに負けて、スッカリ忘れてた!」


 俺は、本当にすまなさそうに優香に声をかけた。


「なーんだ。そんなの全然気にしないわよ。私は新之助君とご飯が食べたいだけなんだもの。私の分を上げるから、君のお母様のお弁当も少し食べさせて? お互いに食べさせっこしましょう? どうせ生徒会室には、もう誰も来ないし!」


 優香は、俺の弁解を聞きながらニコニコして応じる。そして自分の弁当箱を俺の方に向ける。


「そう言えば、こんな話を聞いたことある? 天国と地獄では同じ箸を使って、同じ料理が出るのだけれど、天国の住人は料理を堪能しても、地獄の住人は料理を食べる事が出来ずにひもじい思いをしているのだそうよ」


 優香は自分のお箸を出汁ながら、突然、地獄と天国のお箸の話を始めた。


「天国でも地獄でも、長さが数メートルもあるお箸を使うのですって。天国の住人はその箸を使って美味しい料理を周りの人に食べさせてあげるの、そして自分も他の人から食べさせてもらうの、お互いを信頼して食べさせてもらう事で、美味しい料理を堪能出来るの」


 優香は、自分のお箸を俺の口に向かって運ぶふりをする。


「だけど地獄の住人は他人を信頼出来ないから、長さが数メートルもある箸を使ってつまんだ料理を、どうにかして自分の口に持ってこようとするの。だけれども結局全て落ちてしまって一個も口に入れられないそうよ。そうやってひもじい思いをする地獄があるそうよ」


 そして今度は、自分のお箸を自分に向けながら、自分の口に入れられないふりをする。


「だから、私たちも天国の住人の真似をしましょうよ、ね新之助君! 最初は、私があなたに一口あげるから、ハイ、アーンして! 先ずは、秘伝のだしを使っただし巻き卵ね。一口どうぞ!」


 そう言ってから、優香は弁当箱から卵焼きを一切れ取り出して俺の口に運ぶ。


 もぐもぐもぐ、ごっくん。

 

「うんまーい。やっぱり弁当は自分で食べるより、作った人に食べさせてもらうのが一番だよな。極楽、極楽。おっと、いけない今度はこっちの番だな。さてと、母親の作ってくれた弁当の残りから、どれにしようかなー?」


「あ! 私、その肉じゃがが良いかな? 美味しい肉じゃがは、さめても美味しいっていうし」


 優香は、俺の弁当箱に残っている肉じゃがを指さす。


「よし、分かった。優香、それじゃあ、アーンしてくれ」


「うん、良いよ。新之助君。私に頂戴ね。アーーーンッ」


 優香は、俺に向かっておねだりする仕草で、口を思いっきり開けて、俺が肉じゃがを彼女の口に入れるのをじっと待っている。


 いつもは可愛い唇しか見えない優香の口の中が丸見えになっていた。

 可愛い女の子の口の中を見る事なんて、多分俺が生きている間では二度とないだろうと思うと、もう頭がくらくらして来た。箸を持つ手がプルプルと震える。

 口の中の舌が、ぴくぴくして、食事が来るのを待っているのが良く見える。

 そのぬらぬらした舌の上に、肉じゃがをそーっと一口おろすと、俺は自分の箸を彼女の口から遠ざける。


 彼女は、俺の箸が唇に当たらないように注意しながら、大きく開いていた口をゆっくり閉じて、おいしそうに口を動かした。


 もぐもぐもぐ。ごっくん。


 彼女の美しい喉が、食べ物を飲み込む。


「うーん、おいしい。このジャガイモ、良い物を使っていると思うわ、下ごしらえも完璧ね。甘辛なだし汁と豚肉、玉ねぎが微妙なハーモニーを繰り出して、何とも言えない味わいね。今朝食べたお浸し以外にも、お母様に教えて頂だかなければいけないレシピが増えちゃったわ」


 肉じゃがの余韻を味わう様に、優香は俺の方を見て話す。


「はい、それでは、今度は私の番ね。はい、口を開けてね」


 今度は、アスパラの豚バラ巻きが俺の口の中に入って来た。

 流石に一口では食べられないので、先ずは半分食べた。残りを食べるまで、彼女の箸は辛抱強く俺の口の前にアスパラを差し出したままにしてくれた。俺の口の前には、彼女の箸と一緒にきれいな指が見えている。

 指の先の爪はほんのりとしたピンク色だ。爪先は綺麗に切りそろえてあり、指先はほんのりと石鹸の匂いがする。さっき、ご飯を食べる前に石鹸で手を洗っていたもんな。


 彼女の箸に、俺の唇が振れないように注意していたが、彼女の指先に気を取られてつい俺の唇が彼女の箸に触れてしまった。


「ごめん! 優香の箸をなめちゃった」


 あわてて謝ったが、優香は全然気にしていない様子だった。


「何言ってんの? ワザとでは無いんでしょう? お互いに食べさせあうという事は、そういう事でしょう? 私は全然気にしないから大丈夫だよ」


 優香は平然として言い放つ。


「流石に、べろべろ箸を舐めるのはハシタナイから駄目だけれど。お互いに食べさせっこをして、お互いの唇が、相手の箸に触れてしまうのは自然な事でしょう?  そんな小さい事より、お互いに協力し合ってご飯を食べている幸せを大事にしたいわ」


 そこまで言ってから、優香はふと思いついたようだ。


「あ、でもそうか? 男の子つて、そういう部分をすごく気にするんだっけ。気にしなくて大丈夫だよ、こんな事するのは新之助君にだけだからね。いくら私でも、誰に対してもこんな事する訳ではないわ。だから、安心してね。あと、この事は他の子達には内緒だよ」


 優香はそう言って軽くウインクしながら、人差し指を口の前に立てた。


「さあ、あと少し。残りを食べてしまいましょう。また、私に食べさせて! あ〜ッッ」


 優香が口を大きく開けて、俺が弁当の食材を自分の口に入れてくれるのを待っている。人間て不思議な事に口を開けると目をつむっちゃうんだよな。なんでかなー?

 優香も口を大きく広げてるけど、その分目をシッカリ閉じているんだ。

 身体をコチラに向けて大きく伸びをしながら、両手は膝の上にチョンと乗せ、目をしっかりと閉じて、口を大きく広げてる。


 なんか、産まれたてのヒナ鳥が親鳥からエサをもらうために必死になっている姿が浮かんで来ちゃった。

 でも、目の前にいるのは立派に成長した胸のラインがくっきりと、はち切れんばかりの、いつでも自分が親鳥になれる女子高生……


 普通にそこに座っているだけでも可愛いのに、100パーセント無防備な姿をさらけ出している彼女は更に数十倍可愛い。


「ねえー新之助君、次のご飯はまだですかー?」


 眼を閉じている優香が、おねだりしてきた。


 オット行けない、つい優香の可愛い姿に見惚れてしまって、口を開けて待っている可愛い女子高生ヒナ鳥にエサを与える事を忘れてた! 次はどれにしようぁなーっと。


「ホイ、お待ちどう様。次はコレだぞ!」


 俺は彼女の口にエサを与えた。

 女子高生ヒナ鳥はそのエサを美味しそうに食べている。


 キーンコーン!

 カンコーン!


 あ! やべえ、予鈴が鳴ってる。

 お昼休みが終わってしまう。


 俺と優香は慌てて弁当を片付けてそれぞれの教室に向かった。


「新之助君! それじゃあ、また夕方ね!」

「おう、優香。また後でな!」


あー、もっと至福の時間に浸りたかったぜ! 俺は心の中で思いっきり叫んでいた。

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