第5話 日々全力な彼女
バス停から高校の裏門までは、割と人通りが少ないので、俺は好きだ。俺らの家から学校に行くまでのバス路線は、高校の裏門傍を通るけど、駅の方から学校に行くまでのバス路線は、高校の正門わきを通る。
その関係で、大部分の高校生は正門の方から学校に入っていく。でも、俺と優香は、裏門から学校に入るんだ。優香と二人だけで居られる最後の時間かな。
学校に行くと、優香と二人だけになれる時間は殆ど無いと言っていい。
それは、優香の一日のスケジュールを観ればわかる。
「新之助君、今日はお昼休みは生徒会の打合せがあるから、一緒に居られないの。本当は私の作ったお弁当を一緒に食べたいのだけれど、出来ないの。本当にごめんなさい」
優香はそういいながら、両手を合わせて俺に向かってていねいに謝る。
「今日は部活動がある日だから帰りが遅くなっちゃうし。君のシャツを洗うために一緒に帰って、帰りに君の家に寄りたいのだけれど、困ったわ。そうだ! 部活動が終わるまで、図書館で待っててくれる? それとも、チョット遅くなるけど私が帰る時に君の家によれば良いかな? 今日は、ちょっと予定を入れすぎちゃったかしら?」
少し首をかしげながら、長いまつ毛をパチパチさせて、一生懸命今日の予定を考え直している優香の横顔を見るのも、俺は好きだ。
「別に、今日は(も)暇だから図書館でヒマ潰してるよ。普段は一緒に帰れないから、今日は一緒に帰ろうぜ」
俺は少しはにかみながら、優香にそういった。なぜか、耳たぶを流れている血液が少し早く流れているのが分かる。
高校2年までは部活動に参加してたけど、部活動中に足を痛めてから疎遠になってしまい、今は自主退部状態だ。
まあ、どうせ受験も始まるし良い機会だったんだと思うようにしている。
小さい頃は結構強くて、中学では県予選準決勝ぐらいまでは行けたんだが、高校に入ってからは昔ほどのキレが無くなってしまってた。多分急激な身長の伸びが、俺のイメージを超えたからだろう。
打ち込むタイミングが微妙にズレて相手に避ける余裕を与えてしまった感じだ。逆に相手の打ち込みを自分のイメージとしては避けたつもりだけど、避けきれていなくて一本取られたりしていた。
そんな時に、たまたま相手の出足に引っかかる形で不自然な転び方をしてしまい、足首を痛めてしまったんだ。普通に歩くには支障無いし、自分の意思で走るぞー、という時には余り痛みは感じない。しかし、何故か不意な動きには対応出来ない。どうしても瞬間的な一歩が踏み出せないので、一瞬の反応が勝敗を大きく左右する剣道のような競技ではもう戦う事は出来ないんだ。
お医者様は肉体的には既に完治しているから、多分俺の心が昔の事を覚えていて急な動きをさせないようにリミッターを掛けているのでは無いか、と言っていた。心理的な理由だからあとは時間をかけて治すしか無いですね、とも言われた。
まあ、普通の運動では不自由しないし、俺ももうこれ以上、例え練習だからと言っても知りもしない相手と斬り合いをしたいとは思えなくなってたし。
ちょうどいい潮時だったんだと思っている。
でも、俺が部活動を止めると言った時には、何故か優香は猛烈に反対していたなあ? 最後は諦めて納得してくれたけど、あの時ほど寂しそうな優香の表情は見たことが無くて、少しビックリしたっけ。どうして優香はあそこまで俺が剣道を止める事に反対したのか、本人に聞いても結局教えてくれなかったっけ……。
まあ、どうせそろそろ試験期間も始まるし、放課後は図書館で勉強だな。
昇降口の優香の靴入れには、相変わらず沢山のファンレターが入っている。カバンから大きめの紙袋を取り出して、ファンレターを丁寧に紙袋にいれてから、自分の上履きを出すのが優香の日課になっている。
もういい加減諦めれば良いのに、よくみんな続くよなあーと思うぐらい、毎日の様にファンレターが入っている。優香もそのファンレターに一つ一つ丁寧に断りの返事を書いているらしいから、出す方も減らないのかもしれない。
一度優香に、そんなの全部無視すれば良いじゃん!て言ったことがあるけど、相手の方の気持ちを思うと邪険にする訳にはいかないわ、と俺のプランはやんわりと否定されてしまった事がある。
普段ならば、優香は隣のクラスだから教室まで一緒に行けるのだけど、今日は昼間の生徒会の打ち合わせ準備があるとかで生徒会室に寄ってから自分の教室に向かうとの事だった。彼女は紙袋とカバンを持って、一度こちらを振り返ってニコリと笑ってから、教室のある方向と反対にある生徒会室に向かって小走りに行った。
しかし、優香は本当に凄いよなあ。
大体生徒会なんかやっているヤツは文化系のクラブか、帰宅部のヤツらというのが相場なのに。運動部で夕方遅くまで活動しながら、朝と昼間は生徒会の活動までしているんだもんなあ。
なんか、友達が生徒会長に当選してしまったので、成り行きで書記を引き受けたらしいけど、優香が応援したらどんな奴でも生徒会長に当選するんじゃ無いか? とか思ってしまう俺は根性曲がってるのかなあ?
***
パクパク、モグモグ。
俺の学校は、2時限目と3時限目の休み時間だけは他の休み時間よりちょっとだけ長いんだ。だから、この時間帯に母親が作ってくれた弁当を出来るだけ食べておく。
男子高校生向けのボリュームタップリの弁当だから、本来ならば短い休み時間の間に食べ切るのは結構至難の技だ。だから、お昼に優香と一緒に優香お手製弁当を食べるためには、結局授業中に母親お手製弁当の残りを食べる羽目になるんだ。
しかし幸いな事に、今日は優香は昼休み生徒会室に行くと言っていたので、俺と一緒に弁当を食べられない。
だから、昼飯の時間に優香の弁当と母親の弁当を食べ切るぐらいの分量に母親お手製弁当の量を減らすだけなら、男子高校生なら余裕の作業だった。
***
キンコーン、カンコーン。
「ヨシ! 昼休みだー、いっただきまーす!」
母親の弁当を先に食べてしまうと、優香の弁当の味が分からなくなるから、最初に優香の作ってくれた弁当を食べる事にした。
薄青色のお弁当を覆っている、同じく薄青色の巾着布の結び目をゆっくりとほどく。ああー! この結び目は、優香が今朝忙しい中で結んでくれたんだろうなァ。
普通は、弁当箱が開かないように、ゴムバンドか何かを通して終わりなのに、わざわざお弁当箱とそろい色の巾着で覆ってあるなんて、可愛いところあるなあ。
さて、それでは優香とおそろいの弁当箱のお出ましだ。
俺は、クラスの女子全員から嫌われているから、女子は誰も俺の弁当箱なんかチェックしないので、俺は全然気兼ねなく弁当箱を広げる事が出来る。こういう時だけけは、嫌われ者っていなあと思う。
やや小ぶりの、女子が食べるサイズのお弁当だけど、弁当箱の色が薄い青色なので男子が学校に持って来ていても不自然さは無い。この弁当箱は優香がわざわざファンシーショップに行っておそろいを買って来てくれたらしい。うれしいなあ。
それでは、いよいよ、御開帳ー。
おー!
小ぶりのおにぎりと、後は色とりどりなおかず。おにぎりの上には、中身が何かわかるように、中に入っているであろう具材がちょこんと乗っている。梅とシャケかな。
おかずは、白身魚をベースに、アスパラのベーコン巻き、後はだし巻き卵かな? それと、ホウレンソウのお浸しに、ブロッコリーの湯掻いたもの、最後は小ぶりなプチトマトでお口直し、と言った処かな。
ベーコン巻きなんか、冷凍ものでは無くて、彼女が丁寧に巻いて作ったもののようだ。微妙に不揃いな所が可愛い。
だし巻き卵には隠し具材が入っている凝ったもので、少し焦げているのはご愛敬。
ホウレンソウのお浸しは、今朝俺が食べたものよりおいしいんじゃないか? そうか今日の弁当に入れて来て俺の朝ご飯と被ったから、味が気になって俺の朝飯に手を出したんだな! 優香もライバル心満載なんだな。
俺の母親と優香のお弁当対決、楽しいような、怖いような。
ふー。おいしかった。
大好きな彼女のお手製のお弁当を食べられて、もう満足だ。唯一の心残りは、このお弁当を彼女と一緒に食べられなかった事かな?
後は、母親が作ってくれた弁当の残りだ。もう結構お腹に溜まってしまったから、これは、放課後に図書館でゆっくり食べようかな?
と、思っていたら、
ガラ、ガラ、!!!
「こんにちは、新之助君はいますか?」
優香が突然俺のクラスに入って来た。
教室には、食後の安眠を貪る数人の男子と、教室の隅でアイドルの話で盛り上がっている女子数人しかいなかった。
「キャー、優香様よ!!!! どうなさったのですか? 優香様の教室はお隣では?」
黄色い声援が教室内に鳴り響き、寝ていた男子達も何事かと目を覚ます。
「ごめんねみんな! ちょっと、新之助君を借りるね!」
「優香様! 新之助なんか放っておいて、私達とアイドルのお話をしませんか?」
「ごめんね、今度お話ししましょうね。今日は、新之助君を借りるわね」
そう言いながら、優香はズカズカと俺の教室に入ってきて、俺の腕をぐいっと掴む。
「新之助君、ちょっと来て! あ、それとお弁当箱も持って来てね」
俺は、ビックリしながら、空になった優香お手製の弁当とまだ残っている母親の弁当をひっつかんで、優香に引っ張られるように教室を後にした。
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