第17話 「まこちゃん。」
〇島沢真斗
「まこちゃん。」
ロビーで声を掛けられて振り向くと、知花が駆け寄ってきて。
「昨日はごめんね…」
僕の前で、申し訳なさそうに手を合わせた。
「いや…僕の方こそ、嫌な気分にさせて悪かったなって…」
昨日…鈴亜との楽しいデートのはずが…真珠美ちゃんにバカって紙袋を投げ付けられて…
さらには邑さんが登場して。
…男らしくないって言われた。
そんなの、邑さんと並んだら誰もが彼を男らしいって言うのは分かってる。
だけど…僕は僕なりに…
「千里、本気であたし達にライヴさせたがってるみたい…」
知花が小声で言った。
僕らは一緒にエスカレーターに乗って。
「ライヴって言っても…ね。僕ら、顔出ししないしさ。」
「そうだよね…どういうつもりなんだろ。」
前後に立って、そんな会話をしてると…
「あ…」
二階のエレベーターホールで…朝霧さんとバッタリ。
「お…おはようございます。」
僕が挨拶をすると。
「…おう。」
朝霧さんは力のない声でそう言って、エレベーターには乗らず…エスカレーターで降りて行った。
…あきらかに…避けられてるよ…
「…まこちゃん。」
「…ん?」
「あたし、まこちゃんの事、優しくて可愛いって思ってるけど、男らしいとも思ってるよ?」
思いがけない知花の言葉に、瞬きを何度もして知花を見てしまった。
「まこちゃんの優しさは、男らしい物だって思うもん。」
「…ごめん、ちょっとよく分かんないけど…」
嬉しいのに、ビックリって言うか…
知花、優しいから僕に気を使ってるのかな…なんて…
「上手く言えないけど…なんて言うか、まこちゃんとは性別関係ないみたいに仲良くしてるじゃない?」
「うん…」
僕も、聖子と知花とはそう思ってる。
「でもね、まこちゃんの優しさは…ちゃんと男の人だなあって、あたしは受け止めてるよ?」
「……」
それでもよく分からなくて黙ってると…
「女の子に恥かかせちゃいけないって気を使って言ってくれる所とか、女の子からは言いにくいだろうなって察して先に言ってくれる所とか。」
「……」
そう言われても…ピンと来なかった。
「たぶん、まこちゃんは無意識にそうしてるんだろうけどさ…でも、だとしたら…根っから男らしいって事だよね?」
「知花…」
「千里みたいにストレート過ぎる男らしさは分かり易いけど、まこちゃんみたいな控え目な男らしさも、あたしは好きよ?」
じーんと来た。
なんなら、ちょっと泣きそうだった。
あんなに男らしい人と結婚して、それを目の当たりにしてる知花から…
僕の隠れてる地味な男らしさを見付けてもらえてるなんて…
『SHE'S-HE'Sのメンバーは全員会長室に来るように』
突然、館内放送で高原さんの声が響き渡って。
僕は知花と顔を見合わせる。
「…何かな。」
とりあえず、ルームに行くより先に会長室に向かった。
すると、そこには光史君と陸ちゃんとセン君がいた。
「あとは聖子か。まあ、みんな座れ。」
高原さんの言葉に、僕らは分かれてソファーに座る。
それからすぐに…
「あっ、もしかしてあたしが最後?」
聖子が来た。
そこで高原さんが口を開いた。
「クリスマスに、ライヴをやる。」
「え?誰の?」
「おまえらの。」
「……」
全員で黙った後…
「ライヴ!?」
「クリスマスって…来週⁉︎」
全員で立ち上がった。
か…
神さん!?
本気だったの!?
「……」
全員が立ったまま無言になってると。
「なんだ。やりたくないのか?」
高原さんが呆れた顔で言った。
すると陸ちゃんがみんなを見渡して。
「いや…なあ?でも、どうして急に…?」
戸惑った様子でそう言うと…高原さんの視線が、僕に向いた。
「まこ。」
「は…はい。」
その真っ直ぐな目に…僕は少し背筋が伸びた。
「公衆の面前で、鍵盤奏者である事を侮辱されたらしいな。」
高原さんの言葉に、僕が応えようとする間もなく。
「えっ。」
「何だよそれ。」
「誰に!?」
「ムカつくな。」
知花以外のみんなが、それぞれそう言って。
僕は一度唇を食いしばって…
「…そう思う人には、そう思われても仕方ないとは思ってます。」
顔を上げて、キッパリ言った。
「なので…もし、僕のせいでの急なスケジュール決定なのだとしたら…すごく申し訳ありません。」
高原さんに頭を下げると。
「…おまえは、そう思われても仕方ない。で済むのかもしれないが…」
高原さんは、少し笑いを含んだような声で。
「おまえを侮辱されると、世界の鍵盤奏者が侮辱されたのと同じだからな。」
そう言って…大きな黒い椅子に座られた。
「それに、まこが侮辱されるなんて、おまえらも許せないだろ?」
高原さんが指を組んでそう言うと。
「はい。」
全員が、声を揃えてそう言ってくれて…
「みんな…」
なんて言うか…
僕は胸を締め付けられた。
元はと言えば、僕の不甲斐なさが原因なのに…
「客は社員と身内。あと、招待したい奴をリストアップしろ。箝口令を敷く。」
僕達は立ったまま、高原さんを見る。
箝口令って…そこまで?
「撮影班のカメラ以外は持ち込み禁止。録音もNGだ。その誓約書にサインしない者は入場禁止だ。」
そう言った高原さんは、いつの間に用意したのか…入場者に対する誓約書をヒラリと手にして見せた。
「だから、まこ。」
「…はい。」
「意地でも、おまえを侮辱した男からサインをもらえよ?」
それは…
すごく難関な気もしたけど。
ここまで動いてくれた神さんと、それに乗ってくれた高原さんと…
「まこ、ぶっ飛ばしてやろうぜ。」
「そ。おまえの弾いてる姿なんて見たら、誰も何も言えなくなるっつーの。」
「こうなったら、まこのソロ増やしたバージョンやろうぜ。」
「あー、いいねえ。ギターと絡ませまくるのなんてもいいんじゃない?」
「まこちゃんだけのソロもあってもいいかも。」
…僕の事なのに。
こうやって、全力でバックアップしてくれようとしてくれるみんなのためにも…
「…分かりました。サイン、必ずもらって来ます。」
僕は…胸を張って、そう言った。
みんなの気持ちに応えたい。
僕は、世界の…SHE'S-HE'Sの鍵盤奏者。
島沢真斗だ。
〇朝霧光史
「…え?」
俺の報告に、瑠歌は目を丸くした。
「え…え?え?ライヴ?SHE'S-HE'Sが?」
「ああ。」
「いつ!?」
「…クリスマス。」
「って…」
瑠歌はカレンダーを見て。
「来週!?」
大きな声を出した。
「ちょっと色々あって、急に決まったんだ。」
俺達のライヴを見た事がない瑠歌は、もう目がキラキラしている。
そんな様子を見てると、あー…やっぱたまにはそういうのもいいのかな。なんて思うけど…
「行くー!!絶対行く!!」
瑠歌は跳ねるように俺に抱きついて。
「何着て行こう!!踊っていいんだよね!?」
すごく嬉しそうにそう言った。
…おいおい。
「…おまえ、妊婦なの忘れてないか?」
「はっ…わっ忘れるわけないじゃない。」
今、はっ…って言ったぞ?
「世貴子さんも来るだろうけど、あまり刺激するなよ?」
一応センの嫁さんを気遣ってみるものの…そんなの、本人の盛り上がり次第だよな。
テーブル席って作るのかな。
本当は、言わずにおこうと思ったけど…
知らせまいとしても、必ず話はどこからか入るだろうし。
俺としては、安全を優先して来るなと言いたい所だが…
来ないわけないよなあ。
それに…
「嬉しい!!どうしよう!!クリスマスに光史のドラム叩いてる姿が見れるなんて、ハッピー過ぎる!!」
…こんなに喜んでくれると、こっちも見せたい気の方が大きくなる。
「何曲やるの?」
瑠歌が俺の腰に手を回して顔を見上げる。
「PV撮りも兼ねてるから、本当のライヴほどたくさんはしないと思う。」
瑠歌の背中を抱き寄せてそう言うと。
「たくさんじゃなくても、生で観れるなんて最高…どうしよう…世界中に自慢したい!!」
…なかなか可愛い事言ってくれる。
が。
「世界中に自慢するなよ?このライヴ、箝口令敷かれてるからな。」
「…カンコーレイ…?」
「他言無用…ここで見た事は外で話すなって事だよ。」
「えっ!?どうして~!?」
「俺らはメディアに出ないバンドだからな。」
「……」
一つずつ説明すると、瑠歌はようやく事態を把握したらしく。
「…そっか…そうだよね。」
少しションボリはしたものの…
「でも、目の前でライヴが観れるんだもん。しかもシークレットとなると、やっぱり特別だよね!!」
そう言って、俺の胸で頭を振った。
…ふう。
ヤバいな。
ライヴなんて…ロクフェス以来だ。
緊張…しないか?俺。
〇早乙女千寿
「ただい…」
「行く。」
「……」
玄関のドアを開けると、そこに詩生を抱いた世貴子が立ってて。
俺の目を見て一言…そう言った。
「…誰に聞いた?」
「瑠歌ちゃんから電話があったの。」
…しまったな。
光史は真っ先に帰ったけど、俺と陸はギターマガジンの取材で少し遅くなったから…
「あたしには内緒にしておこうって思ってた?」
「う…うーん…少し…」
「こんなチャンス、滅多にないもん。絶対行く。」
「…でも、たぶん思ってるより爆音だと…」
「平気。」
「……」
「…詩生はどうするんだ?」
「本家に預かってもらうようにお願いした。」
「……」
な…なんて手際のいい…
って言うか…
光史が帰ってからそう何時間も経ってないのに。
そんなにテキパキ動くほど、楽しみって事か…。
俺と世貴子が玄関で立ち話をしてると、リビングから電話の音。
「あ、はいはい…」
世貴子に詩生を手渡されて、ゆっくり靴を脱いでリビングに向かうと…
「セン、電話よ。」
「俺?」
「うん。光史君。」
「…子機で取るから。」
「そう?」
俺はそう言って詩生をソファーに降ろすと、ギター部屋にしてる奥の間に入って子機を取った。
「…もしもし。」
『あ、セン?もう帰ってたか。』
「今帰ったとこ。」
『世貴子さん、何か言ってたか?』
「ああ…玄関開けたらすぐさま『行く』って言われた。」
『悪かったな…瑠歌がすげー浮かれてさ…気付いたら電話してたから…』
「ははっ。可愛いじゃん。」
子機を肩で挟んで、立てかけてあるギターを手にした。
『センが自分から言いたかったんじゃないかと思うと、口止めしとくんだったと思ってさ。』
「いや?俺は別にいいけど…陸んちにも電話したのかな。」
『それは止めた。陸こそ自分で言いたいだろうからな。』
「言えてる。」
それから…少し他愛もない会話をして。
まこをメインにするアレンジの話もした。
明日も会うのに…何だろうなー。
なんて少し思ったけど。
その電話は、すごく楽しかった。
『じゃ、明日それ試してみよう。』
「ああ。じゃ、また明日。」
『おやすみ。』
まこは申し訳なさそうにしてたけど…
高原さんの言う通り、まこが侮辱されるなんて許せない。
ライヴ自体楽しみだけど…
まこの実力を余すことなく発揮できるアレンジで挑みたいなあ…
電話を切ってリビングに行くと、テーブルに頬杖をついて拗ねた唇をした世貴子がいた。
「…何か不機嫌になる事が?」
「…光史君とは毎日会うのに、コソコソ長電話?」
「え?そんなに長かったか?」
「詩生が寝ちゃうぐらいにね。」
世貴子にそう言われてソファーを見ると、絵本を持った詩生が寝ていた。
「さっきまで待ってたのにー。」
世貴子のブーイングを背中に受けながら、寝ている詩生の手から絵本を取る。
「ごめんな…」
詩生の頭を撫でて、ブランケットをかける。
「…今度のライヴさ、まこのためのライヴなんだ。」
世貴子の向かい側に座ってそう言うと、世貴子は立ち上がってカセットコンロを持って来た。
「…鍋か?」
「あたしにも、長い話を聞かせてくれる?」
そう言って、戸棚から…酒。
「飲むのか?」
「あたしはお猪口に一杯だけ。」
あまり年上だと意識する事はないが…
なんだかんだ言って、俺は世貴子にしてやられてばかりだ。
来週のライヴ…
カッコいい所見せられるといいな。
まこのためのライヴだけど…
俺も全力でやるぞ!!
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