第16話 こんな時なのに、あたしはどうにかして神千里にサインがもらえないもんだろうか…なんて考えたりもした。
〇高橋佐和子
こんな時なのに、あたしはどうにかして神千里にサインがもらえないもんだろうか…なんて考えたりもした。
あ…頭の隅っこで…ね…うん…
い…一番に気になってるのは、もちろん…鈴亜達の事だけど…
のんきな事考えてるあたしの前では、いつの間にか…神千里vs邑さんみたいな感じの雰囲気が出来てて…
天使が間に入ろうとするも…神千里の威圧感に押されてる感じ…
と、そこへ…
「千里?」
赤毛の…ふわっとした印象の…天使と同じバンドの知花さん…
…え?
千里…?って…どうして呼び捨て?
「あ、まこちゃん。鈴亜ちゃんも。光史から聞いたわよ。婚約おめでとう。」
う…
うわー!!
知花さん!!
空気読めてない!?
て言うか、読む気ない!?
「あ…ありがと…」
天使は目を細めて笑って…鈴亜は深くお辞儀をした。
で…当然邑さんは…
「…こ…婚約だあ…?」
もう…あたしの知ってる邑さんはどこへ…って感じよ…
怒りに満ちた目…
もう…鬼だね…こりゃ…
「あっ、佐和ちゃんも?何か…お祝い?」
カクッ。
知花さん…天然過ぎやしませんか?
約一名、すごい顔してる男がいるのに…
「…知花、今、こいつがすげー事言ったんだぜ。」
ふいに、神千里が…知花さんの肩を抱き寄せた!!
えー!?
どういう事!?
「え?すごい事って…?」
「まこちゃんに向かって『何が鍵盤奏者だよ。女かよ。』ってさ。」
「ぶはっ!!」
神千里が、天使の事をまこちゃんって言ったのを聞いて、噴いてしまった!!
一斉に、みんなの視線があたしに集まる。
「あ…す…すみません…」
なんでみんな笑わないの!?
神千里が、まこちゃんなんて、可愛い呼び方したんだよ!?
「…鍵盤奏者は、女の子みたいって事ですか?」
知花さんがキョトンとして、邑さんを見る。
「ああ、そうだな。ピアノ弾きなんて、男が職業としてやるもんじゃねーよ。」
邑さん…その偏見…何!?
ふと、見ると…天使の肩が…わなわなと震えてる。
…え?
天使…もしかして…
めっちゃ怒ってるの!?
「うわあ…残念なお考えですね。」
これまた、知花さんの言葉に…みんな一瞬肩をカクッとさせた。
「…おまえに話を振った俺が悪かった。」
神千里がそう言って、知花さんの頭を…よしよししてる!!
あー!!
何!?
気になるよー!!
この二人って、恋人同士!?
「見せてあげられないのが残念ですが、まこちゃんは世界中の人が鳥肌たてちゃうぐらい、カッコいい鍵盤奏者なんですよ?」
知花さんは、ふわっとした笑顔で…邑さんにそう言った。
「知花…」
天使は感激したのか、じーんとしてるけど…
世界中の人が鳥肌立てるとか…知花さん、表現が大袈裟!!
って思ってると…
「…そーだな…見せてやれば納得すんじゃねーか?」
神千里が、つぶやいた。
「え?」
「高原さんに言ってやるよ。おまえらのライヴ映像撮りたがってたし。」
「え?ええ?」
知花さんと天使が、顔を見合わせたり…神千里を見たりして、驚いてる。
え?何?
天使のバンドのライヴって事?
「ぐちゃぐちゃ言ってねーで、外野はさっさとどこかへ行けよ。これは俺とこいつの問題なんだ。」
邑さんが割り込んでそう言ったけど…
「こいつをバカにした時点で、俺にとっては知花も侮辱された気がして腹が立ってるからな。」
神千里は堂々と言った。
「え…えーと…あの、知花さんとはどういう…」
あたしが勇気を振り絞って問いかけると…
「あ?知花は俺の嫁だ。」
神千里は、知花さんを片手でギュッと抱き寄せると。
「俺は、何よりもこいつが下に評価されるのが大嫌いなんだよ。」
邑さんを睨んで言った。
………神千里が…あの、神千里が……
結婚してるなんてーーーー!!
しかも、知花さんとだなんて…‼︎
ショックだよーーーーー‼︎
* * *
「……」
「……」
「……」
あたしはなぜか…
邑さんと、その妹だっていう真珠美ちゃんと…三人で、肩を並べて歩いてる。
とりあえず、神千里の…
「後日連絡する。今日は散れ。」
の一言に…もう、誰も文句言えなかった。
邑さんさえも。
だって…
神千里…
すごいオーラ出してたよ。
言う事聞け。
殺すぞ。
みたいな…
昔読んだ音楽雑誌に、『口にナイフを持つ男』って異名を付けられてるって書いてあったっけ…
あの頃は意味分かんなかったけど…
なんだか納得。
「……」
ふと、気が付くと…真珠美ちゃんがあたしの手を握ってた。
えっ、これ何。って一瞬思ったけど…
どうも、あの状況と…
歩き始めてから、邑さんが真珠美ちゃんに。
『悪かったな…』
って一言つぶやいたの聞いて…
色んな想像をしてはみたんだけど…
この真珠美ちゃんの落ち込み方って…
失恋。
だよね。
て事は…
邑さんは鈴亜に…
真珠美ちゃんは天使に…
兄妹揃って失恋って事で…
そりゃあ、肩も落ちるわ。
…ついでにあたしは、三年ぐらい前にファンはやめてたけど…
神千里が結婚してる事に、軽くショック。
しかも、相手が…知花さん…
なんて言うかさあ。
聖子さんだったら、良かったのに。って、ちょっと思った。
聖子さんカッコいいし。
ハキハキしてて、気持ちいい人だなって思う。
…知花さんが悪いって言うんじゃないんだけど…
鈴亜と天使が寄りを戻したあの日も、ダリアで…
せっせとグラスを片付けたり、料理を小皿に取り分けたり…
知花さんて、お母さんみたいだった。
いや…まあ、いいんだけどさ…
神千里が、知花は俺の嫁だ。って言って…二人の左手の薬指に指輪がある事に気付いた。
なんだかなあ…
神千里には、一生独身でいて欲しかったな。
って、ファンをリタイアしたあたしが言う事じゃないかもだけどさ。
「…あの『神』って男、何者だよ…」
ふいに、邑さんがうつむき加減なままで口を開いた。
やっぱ知らなかったかあ…
「あたし昔ファンだったんですよねー。TOYSってバンドのボーカリスト、神千里。」
「…ふん…女みたいな名前しやがって…」
やれやれ。
邑さん、Dで憧れの人だったのに…
一気に格下げだな、こりゃ。
「あの…」
今度は、真珠美ちゃんが…これまたうつむいたまま口を開いた。
「ん?何?」
「…あの二人って…いつから…?」
「……」
やっぱり、天使の事好きだったんだ…
「えっとね…もう一年以上前かなあ…」
「…そんなに…」
さらに落ち込んだ真珠美ちゃんの手をギュッと握って、あたしは話しを続ける。
「元々、鈴亜はすごく可愛かったけど…天…島沢さんと付き合い始めてからの鈴亜は、そりゃあもう女のあたしから見ても眩しいぐらいキラキラしてた。」
「……」
真珠美ちゃんが、ゆっくり顔を上げる。
「可愛い子もさ、そうやって彼氏に可愛いって思われたいって努力しちゃうんだよね。恋ってすごいよね。」
「…でも、やっぱり男の人って、可愛い子が好きなんでしょ?ブスなんて…誰も相手にしないよね…」
ん?
ブス?
「ブスって、誰がブス?」
あたしが眉間にしわを寄せると、真珠美ちゃんは唇を尖らせて。
「あたし…ブスだもん…」
拗ねた口調で言った。
「はあ?誰がそんな事言ったの?真珠美ちゃん、全然ブスなんかじゃないじゃない。むしろ可愛いよ。」
「…そんなのは、社交辞令でいくらでも…」
「…ははあ…真珠美ちゃんがブスだとしたら、それはその捻くれた性格じゃない?」
もう、邑兄妹には、言いたい事言ってやる!!
あたしの休日、台無しにしてくれたお返しだ!!
「可愛いって言われたら、素直にありがとうって言えばいいの!!」
「……」
「可愛いって言われて少しでも嬉しいって思えたら、それが力になるんじゃないの?なんで自分で自分を諦めるのよ。」
「…だって…」
「そんなんじゃ、恋しても相手に届かないよ。」
「……」
満足にまともな恋もした事ないあたしが、随分な事言ってるなー…って思った。
ほんっと、ごめん。
真珠美ちゃん。
だけど…
あたしの言葉はなぜか真珠美ちゃんに響いたらしくて。
それどころか、黙って聞いてた邑さんにも響いたらしくて。
「佐和、飯食って帰れ。」
なぜか…邑家の晩御飯の席に座らされて…
「ヨシ兄の彼女?」
「違う!!」
「今までで一番常識人ぽい…」
「だから、あたしは彼女じゃありませんから。」
「まあまあ、たくさん食べてね。何なら泊まってっていいのよ?あ、もう結婚しちゃうとか。」
「違いますから!!」
すごく…
歓迎されてしまった。
〇高原夏希
「…何?」
俺は机の上の書類から視線を上げて、千里を見た。
「ライヴ映像撮りたいって言ってましたよね。」
「言ったが…もう一度言ってくれ。」
「だから、SHE'S-HE'Sにライヴをさせてやって下さい。」
「…唐突になんだ?しかもおまえがそう言って来る意味が分からない。」
俺は立ち上がるとカップを手にしてコーヒーを入れた。
「いるか?」
「いえ、いいです。」
千里を振り向いてコーヒーを飲みながら。
「まず、あいつらにライヴをさせたい理由を聞こう。」
そう言うと。
千里は少し黙って外を見たあと…ソファーに座った。
「…俺、最初にあいつらの音を聴いた時は…足がすくみました。」
懐かしい話に思えて、小さく笑う。
確かに…誰もがあいつらの音楽を脅威に思って…
中には、ミュージシャンでいるのをやめた奴もいる。
俺でさえ…知花の歌を聴いた後は、少し自信がなくなった。
「俺よりも才能がある。十分解ってるのに…認めるのが怖かった。」
「…で?今はそれも認めてるんだろ?」
「認めてます。だから…あいつらが誰かに侮辱されると、悔しくてたまらないんすよね…」
「…侮辱?」
千里の前に座って聞き返すと、千里は少しだけバツの悪そうな顔をして。
「…島沢真斗が朝霧さんの娘さんと婚約した話、聞きましたか?」
低い声で言った。
「ああ。マノンの嫁さんとナオトから。マノンは口にも出さない。」
本当に。
鈴亜が可愛いのは分かるが…
自分だってるーちゃんの親父さんを、さんざん困らせたクセに。
「どうやら、島沢真斗には恋敵がいたようで。」
「ほお。」
「そいつが…公衆の面前で、鍵盤奏者なんて男の職業じゃない、と。」
「……」
「それで…つい頭に来たんすよね…うちには世界に誇れるキーボーディストが親子で揃ってるって言うのに。」
俺は…つい、丸い目で千里を見た。
こいつ…
まこが侮辱されて腹が立ったから、ライヴでその雄姿を人に見せろ…と?
「……ふっ。」
つい笑ってしまうと、千里は眉間にしわを寄せて…足を組んで横を向いた。
「どーせガキっすよ。笑われるの承知で打診に来ました。」
「ああ…笑って悪かった。しかし…おまえ、本当…」
「…惚れこんでますよ。あいつらのサウンドに。」
「…それは俺も同じだ。」
メディアに出ないと言われた時…
正直、俺は酷くガッカリした。
あれだけのテクニックを持って、世に出ないなんて。
CDだけでいいと言われても諦めが付かず、顔は出さず名前も伏せる事で特集記事の取材を受けさせたり、顔が映らないバージョンのPVを特典としてCDに付けたりもした。
本当は、今も…世界中に顔を出して欲しいと願う俺がいるのも確かだ。
だが。
華音や咲華と過ごす知花を見ていると…
この時間は、メディアに出ていないおかげでもあるんだ。と納得する。
その幸せを守りたい…とも思う。
それは、どの家族においてもそうだ。
「…撮影班のスケジュール次第だな。」
俺は立ち上がって引き出しを開くと、今月と来月のスケジュール一覧を取り出した。
本来俺がここまで知る事はないのだろうが…
たまに、こういったとんでもないイベントを入れたがる輩のために…俺は全てを把握しておきたい。
PV撮りと重ねてのライヴとなると…客の大半を身内と社員で埋めるとして…
「もしもし、高原だ。」
すぐに、撮影班と音響スタッフに連絡を取った。
…まさか、キッカケがまこの恋敵とは…な。
「よし。ゴーサインを出そう。」
俺がそう言うと、千里は少しポカンとした後。
「…仕事早過ぎっすよ…」
そう言って苦笑いをした。
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