第15話 表通りは来週のクリスマスを前に、すっかり盛り上がってるが…

 〇邑 慶彦


 表通りは来週のクリスマスを前に、すっかり盛り上がってるが…俺はどん底のまま。

 一人寂しくバイクショップに立ち寄った。

 そして…もう諦めろって佐和から言われまくってるのに…

 鈴亜に似合う何かを、雑貨屋で眺めてた。


 男が一人で雑貨屋…

 もちろん、浮きまくってる。

 クリスマス前に、彼女へのプレゼントを選びに来た男って風には見えねーのかな…

 見えねーんだろうな…



 族を引退してからは、身なりに気を付けた。

 親にさんざん迷惑かけたし、兄弟にも嫌な思いをさせた。

 金髪もリーゼントもやめて、爽やか系目指して頑張った。

 その甲斐あってか、今じゃあの頃タイマン張ってた奴らは、一目じゃ俺とは気付かない。


 ま…お互い様か。

 俺だって、敵対してた族の奴らとは…誰一人会わねー気がするし。


 近年は、クラブDで誘われたい人ナンバーワンなんつって言われて…調子にも乗った。

 なぜか俺はモテた。

 まあ、元々顔は悪くない。

 女が切れた事もない。


 その調子に乗ってる最中に鈴亜と出会った。

 絶対落とせるって思ったし…落としたいって思った。

 だが、落とされたのは俺だ。

 こんなに誰かを好きになったのは…初めてだ。

 なのに…



「…真珠美?」


 ふと目をやった店の前を、すげー勢いで女が走って行った。

 今の残像は…真珠美な気がする。

 店を出て真珠美を見付けて、追いかけて腕を取ると。


「っ…ヨシ兄ちゃん…」


 振り向いた真珠美は…泣いてた。


「おまえ…なんで泣いてんだ?」


 俺が怪訝そうに顔を覗き込むと。


「な…何でもないし。」


 真珠美はそう言ってそっぽを向いた。


「何でもないのに泣くのかよ。」


 相変わらず…俺が気に入らないと思ってる、だけど真珠美には似合ってるメガネ。

 そして、何気にオシャレをして出て来た感じだが…


「どうした?」


「……」


「…このあいだは悪かったよ…」


『あたしの事、ずっとブスだって思ってたんでしょ!!』って怒鳴られてから…

 真珠美はずっと俺を避けてる。

 俺もバツが悪くて、真珠美が塾から帰って来る頃には一人で残業をして、会わないようにしてた。

 そりゃあ…っつーか…

 一般的に言ったら、真珠美はとてもじゃないが、美人とは言えない。

 だが、俺にとっちゃあ可愛い妹だ。

 …なのに、俺は…

 守って『やってる』って自己満足で…真珠美を傷付けて来たんだよな…



「…何かあったのか?」


「……」


 真珠美はうつむいてた顔を上げて、今来た方向にゆっくりと視線をやった。

 そして…少し見渡した後…一点を見つめた。

 その視線を追うと…


「………え?」


 そこには…鈴亜が…あ…あ…あの…


「お…おい…あの男って…」


 つい、動揺した声で問いかけると、真珠美は小さく溜息をついて。


「やっぱり…人間見た目なのよね…」


 ガックリと肩を落とした。


 え?え?え?ええええええ?

 鈴亜と、あの男が一緒にいて…しかも…手…手を繋いでて…

 それを見た真珠美は…泣きながら走って来た…って…


 兄妹揃って失恋かよ!!




 〇島沢真斗


「まこちゃんちに挨拶に行く時って、何着て行ったらいいのかな。」


 鈴亜が空を見つめながら、唇に指を当てて言った。

 前から思ってたけど…

 考え事をする時、鈴亜はよくこういうポーズをする。

 そして僕は、それを可愛いなあ…って思いながら見つめるんだ。


 …もっと頑張らなきゃ。

 ほんと…

 鈴亜が他に目を向けないように。



「今更そんなにかしこまらなくてもいいんじゃないかな。」


 ハッキリ打ち明けた事はないけど、きっと母さんは薄々気付いてたはずだし…

 それに、光史君のお母さんとうちの母さんは、仲がいい。

 もうとっくに話も行き交いしてるよね。


「でも、やっぱり…いい所見せたいって思っちゃうから…」


「見た目?」


「もうっ、まこちゃん今日そればっかり。」


「あはは。」


 さっきの真珠美ちゃんの事で、一時はどうなる事かと思ったけど…

 真珠美ちゃんと出会った経緯と、自信がなかった彼女に額を出したら?ってアドバイスをした事を話した。


 …だけど…

 邑さんの妹とは…言えなかった。


 真珠美ちゃんとは、もう連絡を取る事もないだろうし…

 出来れば、もう『邑』家とは関わりたくないって言うのが、正直な所。

 鈴亜の事、信用はするけど…結局、僕の自信の問題なのかな…

 …ダメだな。


 光史君は、朝霧さんは鈴亜の相手が誰であろうと反対したって言ったけど…

 僕は何となく、朝霧さんには僕の弱い部分が見えてるんじゃないかって…そんな気がした。

 だから鈴亜を任せられないって。


 …考え過ぎかなあ…


 こんな事思う時点で、僕の鈴亜を幸せにするって自信は満点じゃない事になる。

 もっと…自信を持ちたいけど…

 それって…どうやって手に入れる物なんだろう…



「…おい。」


 聞き覚えのある…嫌な予感がする声が、背後から聞こえて。

 先に振り返ったのは鈴亜だった。

 そして…


「え…」


 呆然とした声を出して、僕の腕にしがみついた。

 僕は…ゆっくりと振り返って、その声の主に声をかけた。


「…こんにちは。」


「え…まこちゃん…邑さんの事…知ってるの?」


「……」


 僕は無言で鈴亜を見た。

 ここで『邑さんて?』って聞かなかった僕は…

 彼を知っている事になる。


 もう…正直に言うしかない。


「…さっきの…真珠美ちゃんのお兄さんだよ。」


「え…っ…」


 鈴亜は僕と邑さんを交互に見て…困った顔になった。



「…まさかおまえが…鈴亜の男だとはな…」


 邑さんは…怒りに満ちた目だった。


「まさか…おまえみたいな男に…俺が負けるとはな…」


 かなり…怒りに満ちた目だったけど。

 僕は、彼から視線を外さなかった。

 どれだけ怒りに満ちた目でも。

 どれだけ過去に悪名を響かせた人であろうと。


 ちっとも…怖いって思わなかった。



 〇朝霧鈴亜


 あたしは…足元が不安定になってる気がした。


 ど…どうして?

 どうして…邑さんがここにいて…

 まこちゃんと…向かい合ってるの…?


 しかもまこちゃん…

 邑さんの事…知ってるっぽいって思ったら…

 さっきの女の子…『真珠美』ちゃんのお兄さんが…邑さんだ…って。


 こんな…

 こんな事って…


 まこちゃんと付き合ってるのに、邑さんに惹かれて…

 まこちゃんにフラれて…

 フラれて初めて…あたし、どれだけまこちゃんの事好きだったか…気付いた。


 色んなデートでの思い出…

 一つずつ拾って、毎日泣いた。


 毎回、あたしばかりが一緒に居たいって言ってるのが悔しくて。

 まこちゃんは優しいけど、あたし…ずっと不安だった。

 もしかして、好きって気持ちが大きいのはあたしだけじゃないの?って。

 あたしの気持ちをもっとギュッと掴んでて欲しいって…あたし、わざと我儘言ったりした。


 そういう事思い出して…あたし…バカだなって思った。

 まこちゃんを試すような事ばかりして…


 そして…本当に他の人に目を向けてしまって…

 色んな人の協力があって、今回は…あたしとまこちゃん、寄りを戻せたし…

 結婚だって、出来る事になった。


 …一応…ね。


 だけどあたしは、まだ…少しスッキリしてない。

 だって…まこちゃん、本当に許せるの?

 あたしは、もしまこちゃんが浮気なんてしたら…

 想像しただけでも苦しいのに…



「…鈴亜、聞かせてくれ。」


 突然、邑さんの声が降って来て。

 あたしはそれまでうつむいてた顔を上げる。


「こいつの…どこがいいんだ?」


「…え?」


「俺のどこが、こいつに負けてたんだ?」


「……」


 あたしは邑さんを見て、まこちゃんを見て…もう一度邑さんを見て…

 そして、その背後に、走って来る妹さんの姿を見付けた。



「ヨシ兄!!」


 妹さんの声が聞こえて…邑さんは小さく舌打ちしながら振り返って。


「おまえ…来んなっつっただろ?」


 妹さんに…低い声で言った。


「だって…何なのよ…出しゃばらないでよ…」


 邑さんの腕を掴む妹さん。


「…これは俺の問題でもあるんだ。」


「…どういう事?」


 妹さんとのやりとりを一旦中断させて…邑さんは再度あたしに向かい直って。


「鈴亜、俺は…おまえが卒業する時には、プロポーズをしようって決めてたんだ。」


「!!!!!!!」


 見なくても…分かった。

 まこちゃん、可愛い目を全開にしてるはず…

 そして、それは…邑さんの妹さんもだった。


「ヨ…ヨシ兄…その人…ヨシ兄の…?」


 邑さんの背後で、妹さんが何度も瞬きをした。


「…ああ。俺が本気で惚れた女だ。」


 そんな…そんな事言われても…


 あたしは息を飲んで。


「あたしは」


「そんなに僕が気に入りませんか。」


 ハッキリと…言うつもりだったあたしの言葉を。

 まこちゃんが遮った。


「…ああ。気に入らねーな。いい人面して、妹をたぶらかして。」


「ヨシ兄!!違うんだってば!!」


 邑さんは、妹さんの言葉を無視して続けた。


「だいたいおまえ、何の仕事してんだよ。そんなヒョロイ身体で、鈴亜を守ってけんのかよ。」


 よ…

 余計なお世話よー!!

 あたしが前に出ようとすると、まこちゃんがあたしの前に立って。


「僕は、鍵盤奏者です。」


 キッパリと言った。


「…鍵盤奏者だあ?」


 邑さん、明らかにバカにしてる!!

 も…もう我慢出来ない!!




 〇高橋佐和子


 今年もクリスマスは一人かあ…

 なんて思いながら、あたしは一人で表通りに繰り出した。

 ま、女ばかりでパーティーするのも悪くないし…

 めでたく寄りの戻った鈴亜は無理だとしても、D仲間の子達と盛り上がるのもいいかなあ。

 そんな事を考えながら、雑貨屋の前を歩いてると…


「……」


 ビートランドの近く、何やら…信じられない面子が揃ってる。


「…冗談でしょ…」


 そこには、鈴亜と天使と邑さん…と、もう一人女の子…


 何!?

 あの、一触即発的なムード!!


 あたしは急いで横断歩道に走る。

 車道の信号が赤に変わるのを待って、その現場に駆け付けた。

 せっかく鈴亜と天使が元サヤなのに、なんで~!?

 邑さん!!



「鈴亜!!」


 あたしが息を切らして名前を呼ぶと、四人は一斉にあたしを見た。


「佐和…」←鈴亜


「…佐和…」←邑さん


「佐和ちゃん…」←天使。ちょっと嬉しい。


「…誰?」←邑さんの後にいる女の子


 あたしは息を整えて。


「えーと…向こうから見ても、何だか…空気がおかしかったけど、大丈夫かな?」


 みんなを見渡して言うと。


「…俺は、ハッキリさせたいだけなんだ。」


 邑さんが、ずずずいっと胸を張って言った。


「俺のどこが、こいつに劣るのかって事をな。」


 あ…ああ~…もう…邑さん!!

 あたしは額に手を当てて。


「…じゃあ…あたしが言わせてもらいます…」


 震える声で言った。


「あ?」


「邑さん、見て分かんないの!?この二人のお似合い具合!!」


「……」


 あたしが大声でそう言うと、邑さんと…その後ろにいた女の子は息を飲んだ。


「もう最強じゃん!!見てよほら!!ほら!!」


 あたしは二人の肩を両サイドからギュッと寄せて、後ろから邑さんの目の前にグイグイ押した。


「うっ…」


 邑さんは眉間にしわを寄せて後退して。


「さ…佐和ちゃん…」


 天使は首だけ振り返ってあたしを見た。



「邑さんはカッコいいけど鈴亜の相手じゃなかった。潔く二人の幸せを願って身を引けば、邑さんはいい男のままでいられたのに…どうしてこんなに無様な姿を見せちゃうの!?」


 あたしの言葉に、邑さんは痛そうに胸を押さえたけど…


「い…言いたい放題言ってくれるじゃねーかよ…佐和…」


 まるで地を這うような低い低い声で…そして、下から上に突き上げるような目線で。


「俺はなあ、こんな弱っちい男が鈴亜の相手だなんて、認めたくねーんだよ!!」


 身体を大きく見せるみたいにして鈴亜と天使をあたしごと、胸で押し除けた。


「何が鍵盤奏者だよ!!女かよ!!」


 鍵盤奏者!?

 えっ、天使って…バンドではキーボードって事!?

 ま…まあ、あたし、何が担当とか聞いてなかったけど…

 キーボードか…

 それは…なんて言うか…

 偏見かもしれないけど…

 あまり用がないからキーボード…してる?ってイメージが…


 押し避けられたあたし達の中から、天使が体勢を立て直した。

 んっ。

 もしかして、やり返すの⁉︎



「何こんな所でゴタゴタやってんだ。」


 その時、背後からカッコいい声が聞こえた。

 あたしが振り返ると…そこには…


「神さん…」


 天使がつぶやいた。


 …神さん?

 あたしの目に映ってる『神さん』は、だるそうにポケットに手を突っ込んで。

 長い前髪の隙間から、突き刺すような目で…あたし達を見てる長身のカッコいい…


 この人は…

 もしや…

 もしやーーー‼︎


「と…TOYSの神千里!?」


 あたしがそう言って指差すと。


「…そっちで言われるとは思わなかったな。」


 神千里は、小さく鼻で笑ったけど…笑顔にはならなかった。

 音楽はあまり聴かないけど…TOYSと、そのボーカルの神千里は知ってる!!

 人気絶頂だったTOYSは…いきなり解散。

 あれから、あたし…音楽聴かなくなったんだよね。


 うわー!!カッコいいー!!



「痴話ゲンカなら他でやれ。」


 神千里がそう言うと、天使が姿勢を正して。


「すみません。」


 頭を下げた。

 けど…


「…ふん…」


 その後ろで邑さんは少し感じ悪い態度を取って、それを見た神千里は…


「今、聞き捨てならねー事が聞こえたんだが、おまえが言ったのか?」


 邑さんを指差した。


「…あ?」


「何が鍵盤奏者だよ。女かよ。ってな。」


 神千里にそう言われた邑さんは、眉間にしわを寄せて。


「…ああ、言った。それが何だよ。」


 む…邑さん、もしかして…神千里を知らないのー!?

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