第14話 「まこちゃん、クリスマス何か欲しい物ある?」

 〇島沢真斗


「まこちゃん、クリスマス何か欲しい物ある?」


 夕べは…鈴亜んちでごちそうになって。

 今日はオフだから、泊まってけって光史君は言ってくれたんだけど…

 あんな朝霧さんの姿見たら、本当それは無理…って思って帰った。


 …一応、僕と鈴亜は結婚…を、認めてもらった…事にはなったんだと思うけど…

 朝霧さん、スッキリしてないんだろうなあ…

 正直、僕だってスッキリしてないもん。



「んー…手作りのお菓子がいいかなあ。」


 まだ学生の鈴亜にあまりお金使わせたくないし、鈴亜が頑張って作ってくれたと思える物だとさらに嬉しいし。

 そんな気持ちでリクエストすると…


「分かった。頑張るね。」


 鈴亜はキラキラした笑顔で言ってくれた。


 …可愛いなあ。



 鈴亜と別れてる間に、街にはイルミネーションが点灯し始めてたらしいけど、僕はそんな事にも気付かなかった。

 昨日の今日でデートも気が引けたけど、朝霧さん以外の朝霧家の皆さんから、せっかく一日オフなんだからデートしておいでって言われて…の、今日。


「イルミネーション、綺麗だね。やっとクリスマスの気分になって来た。」


 って言った僕に。


「え?もう今月入ってすぐ点いてたよ?」


 って、鈴亜が笑った。



「…まこちゃん。」


「ん?」


「…手、繋いでいい?」


「……」


 すごく遠慮がちに聞いてきた鈴亜。

 以前は人前でも平気で抱きついて来て、僕を慌てさせてたのに。


「気が付かなくてごめん。手袋してなかったんだ?」


 僕はそう言って、鈴亜の右手を取ってポケットに入れた。


「…まこちゃんてさ…」


「ん?」


「優しくて可愛くて…って思ってたけど…」


「うん?」


「…男らしいね。」


「……」


 つい、立ち止まってしまった。

 今、僕…

 男らしいって言われた?

 どこがだろ?


 お店のガラスに映った自分を見て、それから鈴亜を見て、それから自分の爪先を見下ろして。


「見た目?」


 首を傾げて言うと。


「あははっ。まこちゃんたら、その反応面白すぎ!!」


「だって…そんなの言われた事ないから、ビックリして…」


 昔から言われるのは…『可愛い』『優しい』『マスコットみたい』のどれかだよ。

 男らしい…なんて…

 僕から見たら…神さんがそうかなあ?

 すごく自分を持ってて、堂々としてる。

 とてもじゃないけど、僕なんかはその足元にも及ばない…



「だって…」


 ゆっくり歩き始めながら、鈴亜が少し照れた風に言った。


「だってまこちゃん…本当にあたしの事、すごく考えてくれてるな…って、あたし、分かるもん…」


「…え?」


「あたしね、こんな風に言うの…調子がいいのかもしれないけど…一度フラれて正解だったのかなあって。あれで…すごく冷静にまこちゃんの事見つめ直せたし…自分の事も、知る事が出来たって思う。」


 何となく…鈴亜が大人になった気がした。

 ただ可愛いだけの鈴亜じゃなくて…



「…まこちゃん、知り合い?」


 ふいに、鈴亜が少し距離を詰めて言った。


「え?」


「前…」


 鈴亜に言われて前方を見ると、そこには…僕達を見て立ち尽くしてる真珠美ちゃんがいた。



「真珠美ちゃん…偶然だね。買い物?」


 立ち止まったままの真珠美ちゃんに近付いて声をかけると、真珠美ちゃんは僕を見て鈴亜を見て、また僕を見て…


「…やっぱり…」


 小さな声で、そう言った。


「え?」


「やっぱり…美人が好きなんだ…」


「…え…え?」


 真珠美ちゃんはわなわなと肩を震わせて。


「やっぱり美人がいいんじゃない!!」


 そう叫んだかと思うと…


「バカ!!」


 僕に小さな紙袋を投げ付けて。


「えっ…あ、真珠美ちゃん!!」


 声をかけたけど、見事なスタートダッシュで去って行った。


「どうしたんだろ…」


 心配になって小さくつぶやくと、足元に落ちた紙袋を鈴亜が拾って。


「…はい。」


 低い声で、僕に渡した。


「…追わなくていいの…?」


 鈴亜を見ると、目を細めて…何やら疑いの眼差し…


「何か疑ってる?お母さんが言った通り、ダークな鈴亜が出て来た?」


 真珠美ちゃんの行動の意味が解らなくて、眉間にしわを寄せながらそう言うと。


「ちっ…違うわよ。でも…今の子…誰?」


 鈴亜はすごく拗ねたように言った。


「バスであの子のメガネ壊しちゃって、色々あったんだ。」


「色々って何?」


「…全部話した方がいいわけ?」


「…知りたい……ううん、やっぱいい。」


「どっちだよ。」


「……だって…」


 鈴亜は僕の手から紙袋を取って、無言でそれを開けた。


「…ほら。」


 そう言って、鈴亜が差し出したのは…メッセージカード。


「見て。『大好きなお兄さんへ』だって。」


「…まあ、10歳違うと、そう呼ばれたりするよね。」


「何言ってんの?『大好きな』よ?」


「…中学生だよ?僕ぐらいのお兄さんがいるし、そう書いたって可愛いもんじゃないのかな。」


 僕の言葉に、鈴亜はもっと目を細めて。


「じゃあ、あたしが神さんに『大好きなお兄さんへ』ってプレゼント贈ったら、まこちゃん微笑ましいなーって笑ってくれる?」


「そりゃあ笑うよ。」


「ほんとに?」


「…笑うよ?」


 いや…どうだろ…

 そもそも…

 鈴亜が他の人に『大好きな』って言葉を使うのは…

 身内以外には…使って欲しくないかも…って、ちょっと今思った。


 う…

 真珠美ちゃんはメガネのお礼のつもりで、そう書いてくれたのかもしれないけど…

 今、この状況で鈴亜にそれを言ったって…


「それに、あの子…あたしを見て怒ったじゃない。」


 そうだ。

『やっぱり美人がいいんじゃない』って…

 どういう意味だろう?


「完全に、まこちゃんに恋してるし…」


 鈴亜は僕に紙袋を押し付けると。


「まこちゃん、美人は嫌いとでも言ったの?」


 唇を尖らせて、先に歩いて行った。




 〇邑 真珠美


 あたしの名前はむら 真珠美ますみ

 14歳。

 中学二年。


 好きな食べ物は玉子焼き。

 嫌いな食べ物はみょうが。

 週に4日塾に通ってる。

 お小遣いはお手伝い制度。

 塾のない日はせっせとお手伝いをして、あたしは無駄に金持ちだ。


 だって、前にテレビで女芸人さんが言ってた。

 ブスは金を貯めておいた方がいい。って。

 確かにね。

 ブスで頭が悪くて貧乏なんて、最悪だ。



 優しい爺ちゃん婆ちゃん、お兄ちゃん達には少しうるさいけど、あたしには甘い両親。

 それと…優しいんだけど、ちょっと厄介な三人のお兄ちゃん達…


 一番上の慶彦よしひこ兄ちゃんは、中高と暴走族で幅をきかせた人で…

 今も集会とか何とかって呼ばれたりするみたいだけど、もう自分は引退したからって断ってる。

 断ってるけど…

 もう、気に入らないとすぐ怒るし…相手を睨みつけるし…


 普段は優しいけど、乱暴なお兄ちゃんがいるって思われるのが嫌で、あたしはあまり苗字を言うのが好きじゃない。

『邑』って名前が独り歩きして、今も壮大な伝説みたいなものが残ってるみたいだし。


 そんなの、あたしみたいな普通の中学生には、伝説でも何でもない。

 ただの、身内の赤っ恥。

 ケンカ上等って、どういう事?



 二番目の剛彦たけひこ兄ちゃんは、ヨシ兄とは全然違って中高、そして大学とずっと柔道部で汗を流した硬派。

 この春卒業のタケ兄。

 今まで女の人と付き合った事がなくて、友達も男ばかり…

 自営の板金屋を継いでるヨシ兄が遊んでばっかだから、両親は結構タケ兄に期待してるけど…


 あ、何に期待してるかと言うと…結婚して孫を見せてくれって。

 だって、うちの両親…もう結構歳だし。



 三番目の将彦まさひこ兄ちゃんは、高校二年生。

 兄弟の中で一番すらっとしてて、ヨシ兄は『もやしっ子』なんてあだ名つけてるけど、マサ兄はそれをさらりと笑顔で交わす。

 で、あたしとは一番年が近いから、話しも合う。


「今朝トサカがさあ。」って、ヨシ兄が昔してたリーゼント頭の事でそう呼んだり。

「昨日ゴリラがさあ。」って、タケ兄の見た目でそう呼んだり。


 もちろん、あたしにだけ言うんだけど。


 マサ兄は…ナルシストで。

 鏡の前にいる時間が長い。

 今までオシャレしなかったあたしの事も含めて、ヨシ兄とタケ兄の事も少しバカにしてる感じ。

 まあ…兄弟の中で一番見た目がいいもんね…



 そんな、三者三様の兄達は。

 ブスなあたしの事を見下したりバカにしたりしながらも、可愛がってくれる。

 あたしは、感謝の気持ちを述べながらも…

 腹の中では、いつも思ってる。


『いつか、見てろよ』って。


 だけど、いつまで経っても発展途上どころか…全然そこにも辿り着けないままのあたしは。

 先月…とんでもない人と出会った。


 最初はメガネがなくて顔が分かんなかったけど、それでも…話す内容がすごく優しくて。

 かなり捻くれてて、誰の助言も聞こうとしないあたしが…そのお兄さんの言った『額出してみたら?』は挑戦する気になった。

 あたしはブスだから。って、自分を諦めてるつもりでも…

『いつか見てろ』のあたしは、まだどこか諦めきれてなくて。

 そのお兄さんの助言に乗っかった。


 そして…メガネをかけた状態で、そのお兄さんに会って…

 驚愕した。

 うちで一番見た目のいいマサ兄なんて、足元にも及ばない。


 ……天使だったんだもん。




 お兄さんの名前は、島沢さんと言った。

 だけどあたしは『お兄さん』って呼び続けた。

 ヨシ兄より一つ年下の23歳。


 あんな可愛い顔の人に、額出してみたら?って言われたら…

 そりゃあ出す。

 メガネも、お兄さんが買ってくれたオシャレなメガネにした。

 学校に行くと、みんな珍しそうに見てたけど…

 特に何も言われなかった。

 まあ…友達とかいないし…


 だけど、ESCの顧問の先生からは、明るくていい‼︎って絶賛された。

 アメリカ帰りの28歳女性。

 ちょっと大げさ?って思ったのは、褒められ慣れてないからかもしれない。


 気が付いたら…お兄さんの事ばかり考えてた。

 あたし、いくらメガネを壊されて不機嫌だったのと、何も見えなくて不安だったからって…

 怖い顔して隣にいた事、後悔した。

 そして、手を繋いで歩いた事…すごく恥ずかしくなった!!

 だって、あまり男の人って雰囲気醸し出してなかったって言うか…

 何となくだけど、保育園の時の男の先生を思い出した。

 それほど、親しみやすかった。


 でもって…

 親切にしてくれたお兄さんの事、何も聞かずに殴ったヨシ兄を、大嫌いになった。

 本当…なんであんなに野蛮なんだろう?

 だから、同世代の女の子にモテないんだよ。

 ヨシ兄が連れて来る女の子は、いつも高校生。

 あたしから見たら、ちょっとロリコン入ってるんじゃない?って気持ち悪い。


 …って思ってたけど…


 もし、お兄さんがあたしの事好きになってくれたら…

 お兄さんもそう思われちゃうから…って…!!


 ないない!!

 お兄さんがあたしの事、なんて!!


 …でも…

 あんなに優しくしてくれたのって…

 メガネを壊したから、お詫び…ってだけなのかなあ?


 電話番号も…聞かれたし…(修理が出来たら連絡するって言われたけど、本当にそうだったのかな?)



 恋だとしたら…勉強の邪魔になる。

 って、少し躊躇もしたけど…

 あたしは、それはそれ。って分ける事が出来るタイプのようで。

 むしろ、お兄さんに恥ずかしくない女の子になろう!!って、勉強もオシャレも頑張った!!



「…真珠美、最近オシャレじゃん。」


 そう言ってくれたのは、三男のマサ兄だった。

 さすが、我が家のご意見番!!


「勉強だけ出来るって思われるのもね…」


「いい事じゃん。頑張れよ。」


 毎日、勉強以外に張り合いが出来て、すごく楽しかった。

 一日があっと言う間。

 ただ、ヨシ兄との関係は悪くなる一方だったけど。



 クリスマスが近くなって…

 あたしは、お兄さんにプレゼントを買う事にした。

 いくら、メガネを壊したお詫びにって買ってくれたメガネでも。

 あたし、すごく助かったし…


 お兄さんに、何かプレゼントしたいって思って。

 表通りまで出て、一人でウロウロした。

 何がいいのかなあ。


 お兄さん、好きな食べ物とか、好きな色とか、あたし何もリサーチしてないけど…

 使ってもらえそうな物…って思って、ハンドタオルにした。

 無難な選択だって思う。うん。

 色気はないけど、押しつけがましいの嫌だし。


 ラッピングしてもらって、小さな紙袋に入れてもらった。

 そこに、夕べ書いたメッセージカードも添える。


『大好きなお兄さんへ』


 …島沢さんへって二度書いて、三度目にこれにした。

 だって…

 本当に、大好きなんだもん。


 だけど…その大好きなお兄さんは…


「……」


 表通りで、すごく…すごくきれいな女の子と…手を繋いで歩いてた。



 あたしは、目の前の光景を…異空間を見てるみたいな感覚で見つめた。

 だって…ただでさえ、天使だって思ってたお兄さんが…

 本当に、本当に…あたしと同性なのが嘘でしょって思うぐらい、可愛い女の子と一緒にいる。

 しかも、手を繋いで…その手はお兄さんのコートのポケット。


 二人は笑顔で…

 何だか、すごく幸せそうで…



「……」


 ギリギリと、唇をかみしめた。


 そりゃあ…

 お兄さんほどの人に、彼女がいないなんて…


 ………あたし、思わなかったのかな。


 もしかして、手を繋いで歩いて…前髪上げたら可愛いって言われて…

 もう、彼女みたいな気になってたのかな。

 あの時は、お兄さんが天使みたいな見た目だなんて思わなかったから…

 もしかしたら、あたしと相応な人ぐらいに勝手に思っちゃったのかもしんない。


 だけど…

 悔しかった。

 あたしの、ここ数週間の楽しい毎日。

 明日から、何を楽しみにしたらいいの?


 メガネを返してもらって繋がりは切れたはずなのに、あたしはお兄さんとは縁が切れないって、勝手に思ってたなんて…

 …バカだ。

 妄想もいい所だ。

 自分で恥ずかしくなった。


 だけど…だけど…だけど!!



「…まこちゃん、知り合い?」


『まこちゃん』!?


 お兄さん、女の子みたいな名前で呼ばれてんの!?

 あたしに気付いた彼女が、お兄さんにそう言って…二人があたしを見る。



「真珠美ちゃん…偶然だね。買い物?」


 お兄さんは…笑顔。

 もう、眩しいぐらいの笑顔。

 その笑顔、あたし…好きだったけど…


 今は、大嫌いーーー!!


「…やっぱり…」


 小さな声で、つぶやく。


「え?」


「やっぱり…美人が好きなんだ…」


「…え…え?」


 お兄さんは丸い目をして不思議そうな顔。


「やっぱり美人がいいんじゃない!!」


 あたしはそう叫ぶと。


「バカ!!」


 お兄さんに、プレゼントの入った紙袋を投げ付けて走り去った。



 八つ当たり!!

 八つ当たりだよ!!

 分かってる!!

 でも…悔しいー!!



 あんな美人な彼女がいるのに、気安く他の子の前髪触ったり、可愛いって言ったりするんじゃないわよー!!



 あたしは、勝手に夢見ただけなのに…

 それが恥ずかしかったり悔しかったりして…

 泣きながら走った。


 悪いのは…お兄さんだ‼︎

 って…




 違うのに…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る