第18話 私に贖罪を/上

 あやの病室に行かなくなったその日のうちに、私は高校を中退する旨を両親に話した。当然親には猛反対されたけど、もう行く気はないので学費の無駄だと言い切ったのを見て、私を諭すのは無理だと判断したのだろう。

 泣きながら手続きを進めてくれた。


 空いた時間にはアルバイトを詰め込んだ。

 高校中退した身だったけれど、意外とすんなり三つのバイトを掛け持ちすることが出来た。花屋と本屋とファミリーレストランの給仕だ。


 絢のご両親には、「しばらく絢の見舞いに行けなくなったので、私の代わりに花を渡してほしい。サプライズなので、私のものだと言う事は内緒にしてほしい」と伝え、花を渡した。

 喜んで花を受け取るのを見るに、絢はあれから意識が快復したのだろう。それは本当に良かった。


 年末年始を過ぎ、高校の冬休みが明けるだろうという時期が一番怖かった。

 絢の記憶が戻っていれば、きっと私に会いに家にやって来るだろうというのが容易に想像できたからだ。まさか私が会いたくないというだけの理由で家族総出で引っ越すわけにも行かない。私が家を出るにはまだ少し時間が必要だ。お金だって貯まっていない。


 けれど、私の心配をよそに絢が冬のうちにうちを訪ねてくることはなかった。

 それはつまり、まだ記憶が戻っていないということなのだろう。いや、記憶は完全に戻っていて、あんな酷いことをした私には二度と会いたくないということなのかもしれない。


 いずれにせよ、私は安心してお金を稼げて、その年の秋になる頃には私は家を出る事ができた。

 親には住所や連絡先と働くことになるお店を教えて、週に一度連絡することを条件に、私が家を出る事を許可してもらった。



 そして、三年後──現在。

 私は、二十歳になっていた。





 その日は凍えるような冬の風が肌を刺すように吹いていた。

 裸の街路樹には電飾が巻きつけられ、キラキラと輝いて道行く人々の目を楽しませている。

 今日は十二月二十四日──俗に言うクリスマスイブだ。


「こんばんはー。ケーキお持ち帰り出来まーす」


 私はそんなカップルが流れていく街道の中で、ド派手な赤い衣装を身につけて、お店の看板を片手に客引きをやっていた。サンタの格好で客引きってなんか悲しくなるな、と思うけど、黙って仕事をこなす。看板はお店のケーキショップの名前が明るい色で書かれている。

 私が今お世話になっている勤め先だ。


 家を出てから隣の県にまで移動して、そこで家賃の安い古いアパートで一人暮らしを始めてからもう三年が経っている事に驚きを隠せない。

 ……順調に高校を卒業していれば、同級生は今大学か就職かの道を進んでいるだろう。

 親にはまた高校に行く事を勧められたが、今はまだこのまま一人でいたいからと断っている。


 ……絢は頭が特別良いわけではなかったけど、要領のいい子だったからきっと今もどこかで上手くやっている事だろう。

 私にはもう会う資格なんてないから、様子を知る事は出来ないけれど。


「すみません、ショートケーキの持ち帰りは出来ますか?」


 通行人に声をかけられて、私は意識を過去から現在に引き戻された。

 そうだった、今は客引き中だ。しっかり仕事をしなくては。

 私は声のした方に振り向いて、接客スマイルで応えた。


「はい、大丈夫です……よ……」


 私の接客スマイルは、振り向いてすぐに剥がれ落ちた。

 振り向いた先にいたのは、一人の女性だった。肩口の辺りで切られた髪と、優しさを滲ませた瞳が特徴的な女性だ。

 赤いマフラーは暖かそうで、口元は少しだけ笑っている。


「…………絢……」


「久しぶり、結梨ゆうり


 目の前の女性はそう言って、微笑んだ。

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