第16話 白雪姫と魔女

 叩きつけるような雨が、視界と行く手を遮って私を足止めする。

 重い傘を差しながら、ふらふらとした足取りで病院に向かう。

 視界は雨のカーテンだけを映していて、思考はほつれた糸のように纏まりがない。


 いつもの倍近く時間をかけて病院に着くと、受付を済ませて、あやの待つ病室へ。

 足が重い。どうしてか息が上がっている。

 扉を開ける手が、震えている。


 意を決して扉を開けて、中に入る。

 部屋の中は変わらず白くて大きなベッドがあり、そこに絢は眠っていた。


「…………」


 絢がこの時間に眠っているのは珍しい。

 絢はいつも朝七時には起きて、それからずっと起きてると言っていた。今寝ているのはおかしい。話が合わない。

 眠っているように見えるだけで、気を失っているのでは?

 葉波の母親は廃人になって寝たきりだという。違う。まさか。違う寝ているだけだ。寝たきりになってしまったのでは。違う。私が廃人にしてしまったのでは。


 頭の中はすでにものを考えられるような状態ではなかった。肯定と否定が入り混じって、頭が痛くなる。



 静かに寝息を立てる絢は、眠れる森の美女を連想させる。

 ……あるいは、毒林檎を食べて永遠の眠りについた白雪姫のように。


「……違う」


 ──母は今も病院のベッドの上で廃人状態なんだ。

 ──たった一つの嘘で人は簡単に壊れる。

 ──依存の次は思考放棄。そして廃人。


「違う…………私は、わた、し……」


 音が上手く言葉になってくれない。喉が痙攣したみたいになって言葉が出てくれない。

 視界が歪んで、熱いものが頬を伝う。

 鼻の奥がツンとして、目の奥が痛い。


 ……どうしようもなく、どうしようもない。


 私がやったことは、ただいたずらに絢を苦しめて、依存させて廃人にしようとしただけ。私の欲が招いた結果。絢の人生を壊して、絢自身も壊そうとした。


 泣き崩れる思考の隅は、何故か絢ではなく白雪姫について考えていた。

 絢を白雪姫とするなら、私は魔女だろう。

 ……白雪姫は最後に王子様と結婚したけれど、魔女の最後はどうだったっけ。


「…………あぁ」


 思い出した。魔女の最期を。

 魔女は白雪姫と王子の前で、焼けた鉄の靴を履かされて、死ぬまで踊り続けたんだった。


 ────私が魔女であるのなら……。


 静かに眠る絢を最後に見つめてから、私は静かに部屋を出て行った。

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