第13話 知るべくして知る
日曜日の正午前に、病室をノックする音が聞こえた。
私は
誰だろうと思って扉の方に目を向けると、扉の開く音ともに一人の見知らぬ男子が入ってきた。
「こんにちは、
「……こんにちは」
私は知らない男子の登場に警戒心を強めて、ナースコールの位置を確認した。
「すみません、あなたは誰ですか?」
「…………」
平然と入ってきた男子は、私のそんな声に目を丸くして立ち止まる。
きっと記憶喪失前の私の知り合いなのだろうけれど、今の私にとっては全く未知の人にしか映らない。
それに、この男子の顔を見た途端、何かに責め立てられているような、どうしようもない焦りが全身を駆け巡っている気がしてならない。
「ごめんなさい、私、記憶喪失なんです。だから、あなたのことを私は知らないんです」
どうしてこんなにこの人を警戒してしまうんだろう。
この人が男子だから? 見知らぬ人だから?
分からないけれど、心が警戒を解いてくれない。触っちゃいけないものに触っているような居心地の悪さがある。
「そうだったんだ。じゃあ、自己紹介から」
男子はそう言って、今いる場所から一歩引いて自己紹介をした。
「僕の名前は
「葉波……順平…………」
その名前を聞いた途端、全身から力が抜けていくような虚脱感に襲われた。
口の中で砂利を噛んでるみたいな嫌な音が心臓から聞こえてくる気がした。
「お見舞いに来たのだけど……でもそうか、記憶喪失だったんだ。じゃあお話は出来ないかな」
「い、いえ、お話は出来ます。どうぞ椅子に座ってください」
……え? 私は今何を言った?
どうぞ座ってください? どうしてそんな事を言ってしまったの、私は。
「そう? じゃあ少しだけ」
そう言って、葉波順平と名乗る男子は、ベッド横の椅子に座る。そこはいつも結梨が座って、私の手を取ってくれる場所だ。
葉波順平さんの顔を近くで見ると、心臓に針が刺さっているような錯覚に陥る。この人に対する警戒心は依然無くならない。
バクバクと心臓の音が耳にまで聞こえてきて、葉波さんに聞かれたりしていないかな、と心配になる。
「えと……葉波さんと私は、クラスメイトなんですか?」
「うん。特別仲が良かったってわけじゃなかったけど、最近──ああ、事故前ね。仲本さんはよく小音楽室に来て何か言いたそうにしてたから、この際に聞いてみようと思って来たんだけど」
「そう、だったんですか……」
穏やかに話す彼は、春の空に浮かぶ雲のようにゆるりとした雰囲気で、話していると落ち着くような気がした。
「あ、でも。私、貴方のこと知らないんですけど」
「? 記憶喪失だから知らなくて当たり前じゃないの?」
「いえ、そうではなく。結梨が学校やクラスメイトの事をよく話してくれますけど、あなたの名前は一度も聞いたことがありません」
「…………」
私にそう指摘されると、クラスメイトと名乗る謎の男子は口元に手を当ててしばらく考え込むようにした。
私はナースコールの位置を再確認する。
「ああ、そうか。なるほど」
葉波さんは何かに納得したようで、頷いてから再び私の顔を見つめた。
葉波さんに見つめられると、どうしてか胸がキリキリと締め付けられるみたいに苦しくなる。
「
「…………私と結梨の関係が、あなたに関係あるんですか?」
「いや。ただ、洲崎さんは仲本さんのことが好きだと告白したかどうかを聞きたかっただけです」
「……私と結梨は勿論互いを好きですよ。恋人なんですから」
言ってからしまった、と思った。
どうして恋人だということまで話してしまったんだろう。女の子同士で恋人だなんて、常識的じゃない間柄を他人に知られてしまった。
失態だと思う反面、恋人だと強く宣言しなければいけなかったとも思った。
言葉にして言わないと、何か黒い感情が湧き上がってきそうで怖かった。
「そうですか。恋人……」
一方で葉波さんの反応は予想外にも薄いものだ。まるでその返事を予想していたような印象を受けた。
「あ、あの。結梨と私は…………記憶喪失前の私は、どんな人だったんですか?」
「記憶喪失前の仲本さん? そうだな……」
顎に手を当てしばらく考える。それが葉波さんの癖のようだ。
やがて、葉波さんは何でもないような顔をしながら、告げた。
「仲本さんは、明るくて元気でいつも楽しそうで」
「…………」
「そして、僕の事を好きだったよ」
「────────え」
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