第11話 壊れたものは元に戻らない

「……同性愛者…………葉波はなみ君が?」


「うん。正確に言うと女性の事も恋愛対象に見れるんだけどね。両性愛者っていうのかな、こういうのって」


 葉波順平じゅんぺいが、両性愛者……?

 本気で言ってるのか、こいつ。私をからかってるだけなのか?


「子供の頃から他人が感じてる恋愛観とズレてるなって気はしてたんだよ。自覚したのは小学校卒業する前だったかな」


 淡々と話す葉波は、どこか他人事のような顔をしながら話を続ける。


「当時、クラスにすごくカッコいい男子がいてね、僕はその人を好きになったんだ。小学生だったから、そういう性に関する知識は何もなくて、だから勢い余って告白までしちゃったんだよね」


「………………」


「当然、気持ち悪がられたよ。イジメにまで発展しなかったのは、その男子が良い人だったからだと思う。それからはこの事を隠すようにしてきたんだ」


「…………両性愛者って事は、女子の事も好きになった事があるのよね?」


「……確かにあるよ。女子の事を普通に可愛いって思う時はあるし、お付き合いしたいって思った事も何度かあった。

 でも、僕だって健全な男子高生だから性欲だって普通にあるけど、女子に対して劣情を抱いた事は無いんだ。

 だから、僕も僕自身が何なのかは正確には分からない。同性愛者寄りの両性愛者なのかなって勝手に納得してるけど」


 …………これは、大きな爆弾だ。人と人の繋がりなんて簡単に消し飛ばす威力を持った爆弾。

 こんな話、噂に流すだけでたちまち葉波の居場所は無くなる。この高校から追い出す事も容易だ。


 しかし冷静になれ私。

 こんな秘密をどうして私に話したんだこいつは。確かに相談しろと言ったのは私だけど、だからって普通は隠し通すものだろう。

 罠か何かを疑った方がまだ自然だ。


「…………自分から聞いておいてなんだけど、どうして私にそんな話をしたの?」


「だって、洲崎すざきさんも僕と同じ同性愛者でしょ? だから言っても良いかなって」


「なっ……!」


 バレてる……!? どうして、なんで!


「洲崎さんは他の人と目が違うんだよ。僕も両性愛者っていう特殊な立ち位置にいるから分かるんだけど、洲崎さんの目はいつも悲しそうにしてるんだ」


「………………」


仲本なかもとさんの事が好きなんだよね? でも、同性だから付き合えないって諦めてる目。仲のいい人と楽しく会話をしてるはずなのに、目だけはいつも悲しそうだった」


 こいつ……全部気づいてる。

 ムカつくほど正確だ。


「…………同じ穴のむじなだから、教えてくれたの?」


「うん」


 爽やかと言っていいほど粛々と話す葉波順平は、雲や透明人間というイメージからはかけ離れている。


「……僕は、だから音楽の道に行くことにしたんだ。音の世界に性別は無いからね」


「…………」


「正直参ってたんだ。自分と他人が違う事が。嗜好なんて簡単に変えられるものじゃないから、これから先の長い人生で、僕は一生『性別が違う』というただそれだけの差に悩まされなければいけないのかって」


 同性愛も異性愛もただ同じ『好き』って感情なのにね、と呟く葉波。

 語る顔に陰りは無い。やっぱり淡々と何でもない事のように話を続ける。


「でも、テレビであるピアニストの演奏を聴いたんだ。その時に僕はこれだ、って思ったよ。それからピアノを始めたんだ。

 僕はもう、愛も恋も好きも嫌いもうんざりなんだ」


「…………それが悩み?」


 元々は葉波の悩みを聞くために始まった会話だ。こいつの弱み、弱点──それを利用するために、わざわざ話したくもない葉波と会話をしてるんだ。

 話を修正しなければ。


「うん……。僕にはピアノの才能があったみたいでさ、過去三回出たことのあるコンクールで結構良い成績を残してるんだよ。そしたらある音楽家の目に止まって、こう言われたんだ」


『君には才能がある。是非、うちに来て演奏してみないか』


「──海外で活躍してる人で、娘がいるんだって。その人は、僕と娘を結婚させたいんだ」


「…………それが嫌なの?」


「うん。性別の無い、音の世界に来たのに、どうしてそんなこと言われなきゃいけないんだろうって。

 次のコンクールで馬鹿みたいな演奏をして最下位でも取れれば、向こうから話を切ってくれるかなって思って」


 ……なるほど。葉波順平もそれなりに苦労しているようだ。でも、それは私には解決できない問題だし、そもそも解決する気なんて更々ない。

 聞きたいことは聞き出せたし、もう用はない。そもそもこの調子なら、誰に告白されても葉波はそれを断るだろう。

 もう恋敵でも何でもない。適当に相づちを打って終わりにしよう。


「そうなんだ……。でもそれなら、そのお話を断ればいいんじゃないの? 私には、それくらいしか言えないけれど」


「……うん。断ればいいんだろうけどね。でも僕は、一刻も早く世界を見て回りたいんだ。早くあの家から出たい」


「?」


「……洲崎さんは仲本さんの事が好きなんだよね」


 突然、葉波が話の方向性を変えて質問してきた。


「…………そうね」


「記憶喪失を利用するのは良いけれど、気をつけた方がいいよ。記憶を失くした人は、心が壊れやすいから」


「!?」


 な、なんでそんな事まで知ってるのよこいつ!


「前の日曜日に、実はお見舞いに行ったんだ。その時に聞いたよ。洲崎さんと仲本さんが恋人だって」


「な……!」


「でもね、記憶喪失の人間に新しい記憶をねじ込めば、必ず苦しむよ。その人は」


 そう言う葉波順平の顔は、やっぱりなんでもないことのように平然としていた。


「壊れてからじゃ……後悔しても意味がないんだよ。人の心って」

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