第10話 類は友を呼ぶ

 十一月半ば。

 私はここのところ通い続けている小音楽室に行くと、そこにはいつものようにピアノの前に座る葉波はなみ順平じゅんぺいの姿があった。

 しかし、葉波の指は鍵盤の上にはなく、膝の上に乗ったまま動こうとしなかった。


「……何してるの?」


「……ああ、洲崎すざきさん。いたんだ」


 葉波は私の方に視線だけ飛ばして私の存在に気づく。相変わらず集中力のある奴だ。


「何をしてたって、なんにもしてないんだよね。これが」


「?」


「……少し考え事をしてたんだ。コンクールとかが近づくといつも考える。どうして僕は…………」


 そこで、葉波の言葉が途切れる。顔を覗くとどこか暗い所を見ているような表情をしている。


「……どうしたの?」


「ううん。なんでもない。大丈夫」


 すぐに薄い笑みを浮かべて首を振る葉波。その様子を見て私は確信した。これが葉波の弱点──弱みだと。


 ここ一ヶ月ほどをこいつと過ごして分かった事は、葉波順平は謎だということだ。

 掴んでもすり抜ける、透明人間か空を漂う雲を相手にしてるような気分になる奴だった。

 趣味は見た通りピアノだろうけど、逆に言えばそれしか分からない。

 昼休みに読書をしているが、それだってただの時間潰しのようで、本人は読書という行為にたいして拘っていない。

 周りの人に聞いても誰も何も知らないと来れば、いよいよ実在を疑いたくなってきたほどだ。


 だが、ここで初めて人間らしさ──人間臭さを出した。それを見逃す手はないだろう。


 私はなるべく柔らかい笑みを浮かべるよう心がけてから声をかける。


「悩み事があるなら相談にのるよ。コンクール前に解決しといた方がいいんじゃないの?」


「そう……なのかな……」


「そうだよ。大丈夫、私口は堅いから」


「そうか……じゃあ、言ってみようかな」


 よし。あとは適当に相づちを打ちつつこいつの弱みを握る。いざという時の切り札になるはずだ。

 それとこいつを他の女子と付き合わせる計画もそろそろ考えないと。万が一あやの記憶が戻った際に、葉波が他の女子と付き合ってれば絢も諦めるだろうし。


「じゃあ話すけど、その前に洲崎さんに聞きたいことがあるんだ。いいかな」


「? いいよ、私に答えられることならなんでも」


「……洲崎さんは同性愛についてどう思ってる?」


「……同性、愛?」


「そう。男性が男性を好きになったり、女性が女性を好きになること。それについて、洲崎さんはどう思ってる?」


「…………どうも何も、別に気にするようなことじゃないと思うけど」


 私自身、同性愛者なわけだし。

 いや、私の場合はただ絢を愛してるというだけで、たまたま絢が同性だったってだけの話か。

 なら私は同性愛者じゃないのか……?

 いや、変に理屈をこねるとめんどくさいし、普通に同性愛者でいいか。


「誰が誰を好きになったって、そんなの自由だと私は思うよ。男が女を好きになるのと同じ事よ」


「そうか。君はそういう考えの人間なのか……」


 少し目を閉じて考え事をする葉波。

 私からしたら全然カッコよくないけど、絢から見たらカッコいいとか思うんだろうか。

 ……ムカつく。


 目を開けた葉波はゆっくりと言葉を紡いだ。


「洲崎さん、僕はね」


「うん」


「同性愛者なんだ」


「…………は?」

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