第8話 愛と欲

 あやに告白してから二週間が経った。

 十一月に入ってから冷たい風が吹くようになり、本格的な冬の到来を肌で感じる頃。


「こんにちは、絢」


結梨ゆうり、今日も来てくれたの?」


「当たり前でしょ」


 いつものように病室に顔を出して、ベッド横の椅子に腰を下ろす。

 絢の身体は順調に治りつつあり、今日はベッドごと上体を起こしていた。


 私が隣に座ると、絢はいつものように手を差し出してきた。私はそれを両手で包んであげる。二人一緒にいる時は自然とこうやって手を握りあうのが習慣になっていた。


「絢は今日何してたの?」


「本を読んでたんだ。もう身体を起こしてても辛くないから」


「そっか」


 絢の記憶は以前戻らない。おそらく病院にいる間はもう戻らないだろう。自宅や学校などを直接見れば何か変化があるかもしれないけど。


 今はまだ記憶は戻らない方が都合が良い。

絢は私との恋人関係をすっかり受け入れてくれているけれど、まだ心から私に惚れているわけではないだろう。記憶喪失の自分に負い目を感じてるからだ。


 だから今日はもう一段階踏み込んで、本格的に絢の心を手に入れるための行動に出る。


「ねぇ、絢」


「ん? なぁに、結梨」


「キスしてもいい?」


「へっ……?」


 握っていた絢の手に力が入る。私は優しく手をさすってあげながら話を続ける。


「今まで我慢してたけど、今日は体調も良さそうだし……したいの。いい?」


「あ……キスって、手の甲に……?」


「ううん。唇に」


「くちっ……!?」


 動揺する絢もまた可愛い。私は冷静に落ち着いて話を続ける。


「恋人だもの、キスぐらいするよ。急にしたりしないって約束だから、絢の許可が欲しいの。してもいい?」


「わ……私たち、その、キスしてたの?」


「うん。毎日ってほどじゃないけど、結構頻繁にしてたよ」


「そう、なんだ……」


 そう言って絢はしばらく考え込む。握っている手は熱くて強張っている。

 絢の頬はべにを引いたみたいになっていて、私とキスしている場面を想像しているのかもしれない。


 やがて、絢はおずおずと口を開いた。


「…………お手柔らかに、お願いします」


 ぞくり、と体の芯に熱が走った。

 絢はそう言うときゅっと目を閉じて、私に身を委ねている。手は強張ったまま、けれど確かに熱を帯びていて期待しているのが分かる。


 私は椅子から立ち上がりベッドに腰を下ろして、絢のすぐ隣に座り直した。

 絢も私がすぐ近くにいることに気づいてびくりと体を震わせた。


「……じゃあ、するね?」


「………………うん」


 片手は今も緊張した絢の手を握っている。もう片方の手で絢の顎に触れ、顔をこちらに向けさせる。


 そして私は、絢の唇に、自分の唇を合わせた。


 びくり、と絢の体が震えた。

 絢の柔らかい唇は、触れた瞬間から私の頭の中の理性を一つずつ削っているような気がした。

 このままではブレーキが効かなくなると思って一旦離れる。


「っ……はぁ」


 熱い吐息が漏れる。お互いの吐息がかかるくらい近い距離に顔がある。絢の吐息を頬に感じて、私の頭の中の理性がまた一つ壊れた気がした。

 絢は潤んだ瞳を私に向けていた。もっとしてほしいとねだるように。


「絢……もう一回してもいい?」


「…………ん」


 絢は、潤んだ瞳を閉じた。

 その瞬間、私は私を抑えきることが出来ないと確信した。


 絢の唇に再び唇を合わせる。

 そして今度は、唇の隙間に舌を入れて口腔内をまさぐる。

 絢は体をびくびくと震わせるけれど、決して拒絶はしていない。その態度が、私に更なる火を付けた。

 絢の舌を絡ませて、甘ったるい水音を口の中で立てる。絢の舌はされるがままで抵抗なんてせず、私に蹂躙じゅうりんされっぱなしだ。

 舌で絢の口腔内を舐め尽くして、互いの唾液も行ったり来たり。絢の唾液はまるで甘い蜜みたいで、ぞわぞわと私の体に興奮を与え続けた。

 時間なんて感覚はとうに無くなっていて、一瞬の出来事なのか、何時間も経っている事なのかも分からなくなった。



 ──そして最後に唇にキスをして、私は絢の顔から離れた。

 目の前の絢の顔は遠い世界でも見るようにうっとりとしていて、目の焦点も合っていないようだった。息も千々ちぢに乱れている。

 多分、今鏡を見れば私も絢と同じような顔をしているだろう。


 私は絢が落ち着くまで指を絡ませて恋人繋ぎをしてあげた。

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