第3話 抜け殻の心

「あなたは、誰ですか?」


「………………え?」


 目の前にいるあやは、どうしてかそんな事を言った。こんな笑えない状況で冗談を言うような子ではない。

 なら……だとしたら……。


「……ごめんなさい。私、記憶が無くなってるらしいんです。人間関係とか、そういうのが綺麗に」


「そん……な…………」


 記憶喪失……。

 知識としては知っていたけど、まさかそんなものを実際に目の当たりにするなんて、私は夢にも思っていなかった。


「見たところ、私の友人なんでしょうか?

 ……本当にごめんなさい。あなたのことを忘れてしまって。

 先ほども、私の家族だと言う人たちが来てくれたんですけど、私はあの人たちの事も忘れてしまっていて傷つけてしまった……。本当にごめんなさい」


 絢は目を伏せて本当に申し訳なさそうに何度も謝った。

 その姿を見て、本当に私は忘れられてしまったのか、という事実を受け入れざるを得なくなっていた。


「…………そう何度も謝らないで、絢」


「…………」


「いいのよ、忘れてしまったのは貴女のせいじゃない。これから少しずつ思い出していけばいいのよ」


 そうだ。本当に辛いのは絢の方だ。

 見知らぬ他人から友人だと名乗られる気持ち悪さは想像を絶するだろう。自分の家族のことすら忘れてしまい、ひょっとしたら自分自身のことすら判然としていないかもしれない。

 そんな状況で苦しくないわけがない。


 私がするべき事は友人として、絢を優しく受け入れることだ。


「私の名前は洲崎すざき結梨ゆうり。貴女の……仲本なかもと絢の一番の親友よ」


「洲崎さん…………ごめんなさい、やっぱり思い出せません……ごめんなさい」


「謝らないで。貴女は悪くない。大丈夫、私は絢の全部を受け止めてあげる」


 私は何度も大丈夫と言い続けた。

 まるで他人に接するように敬語を使う絢を、優しく慰め続けた。

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