第二十五話 因縁の対戦相手

   

 翌日の王城アルチスにて。

 ピペタ・ピペトは、南壁と呼ばれる建物の中を歩いていた。

 鏡のように磨かれたタイルの上を歩くと、コツコツという足音が響く。またピペタの騎士鎧も、ガチャガチャという金属の音を立てる。他に誰もいない無人の通路だからこそ、よく鳴り響くのだろう。

 そう、今ピペタは一人きり。この同じ通路の同じ場所で、五日前には、ロジーヌ・アルベルトと言葉を交わしたのだが……。

「ロジーヌ殿……」

 思わず、彼女の名前が口から漏れるピペタ。

 すると。

「いよいよ決勝戦ですね、ピペタ殿。私の分まで、頑張ってください!」

 ピペタを激励するロジーヌの姿が、ぼうっと浮かび上がった。

 壁にもたれて立ち、ピペタに笑顔を向けているが……。

 もちろん、幻だ。もう彼女は、この世にいないのだから。今のロジーヌは、ピペタの心が作り出した幻影に過ぎない。

「本当は、ここで貴殿と戦いたかった……」

 そう呟きながら、一瞬ピペタは立ち止まって、ギュッと目を閉じる。再び見開いた時には、もう幻の姿は消え去っていた。


 そして。

 通路を抜けて、決勝の舞台となる中庭に立つピペタ。

 剣術大会で何度も戦ってきた場所であるが、あらためて周囲を見回す。

 西側にそびえ立つ、壮麗な『白王宮』。他の三方を囲む、『コ』の形を成す壁状の建物。それらの窓には、中庭を見下ろす観客たちの姿も見えるし、その数も準決勝までとは大きく違う。

 近衛騎士団や王城行政府の関係者たちだろう。また、仕事中であるはずの王都守護騎士団からも、大隊長クラスの責任者が代表として観戦に来ていた。

 特に、今日の『白王宮』には王様もいるはずだ。周りには近衛騎士の精鋭たちが、びっしりと配置されているに違いない。彼らの気配の塊が、ピペタのところまでビンビンと伝わってくる。一流の剣士には読みやすい『気配』であり、逆に目立つ形となっていた。

 そちらに視線を向けると、確かに、王様らしき人物が――窓から中庭を見ている様子が――ピペタの視界に入った。

 このようにピペタが悠長に周りを見ている間、対戦相手の方は、ジッとピペタを睨んでいたらしい。

 無視されていると感じたのか、突然、ピペタに声をかけてきた。

「おい、ピペタ・ピペト。あんた、昨日ズル休みしたな? 一日かけて、英気を養ったつもりか?」

 嘲笑を浮かべる男に、ピペタも目を向ける。ただし、相手を視認するだけにとどめて、あえて返事はしなかった。

 ダミアン・バウムガルト。

 無理矢理この男を優勝させよう、という企みに巻き込まれて、ロジーヌは命を落としたのだ。ピペタにしてみれば、憎んでも憎みきれない元凶なのだが……。

 今のピペタは、怒りを気持ちの奥底に沈めて、冷静であろうと努めていた。

 簡単なことではないが、とにかく感情を捨て去って、今は剣士として勝つことだけに集中。そうやって、心を落ち着けていた。

 いわば悟りとか、無の境地とかに近いのかもしれない。

 そんなピペタに対して、ダミアンのような若造の煽り文句が、通用するはずもなかった。無言を貫くピペタを見て、ダミアンは顔を歪めるが……。

 その時。

「一本目、始め!」

 三本勝負の決勝戦、そのスタートの合図が、ピペタとダミアンの耳に届いた。


「ならば、黙ったまま倒れるがいい!」

 痩身のダミアンが、身軽さを活かしたスピードで斬り込んでくる。

 タイミングを合わせて迎え撃つピペタ。だが、わずかに迎撃は遅れて、間に合わなかったらしい。

 脇腹に激痛が走る。

 鎧の胸当てと、腹回りを覆うリング状の構造との間。少しの隙間にやいばを差し込むようにして、ダミアンは斬撃を入れてきたのだ。

「ほう。あの一瞬で……。器用なものだな」

 ピペタの口から漏れたのは、苦痛の呻きではなく、感嘆の声。

 悪党の一味だとしても、ダミアンの腕前は、かなりのものだ。そうピペタは認めたのだった。

 しかもダミアンは、一撃離脱戦法を得意とするようで、すでに大きく後ろに跳び退いていた。これならば、攻撃の直後に隙を作ることもないし、カウンターを食らうこともないだろう。

「おい、ピペタ・ピペト。今のは、ほんの小手調べだぞ。次は……。そうだな、喉首を狙ってやろうか?」

 軽く剣を揺らしながら、挑発的な言葉を放つダミアン。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 ピペタたち王都守護騎士は、戦場に出るような軍人ではなく、あくまでも王都で働く警吏。騎士鎧も、暴漢対策程度の一応の装備でしかなく、首から上を守るようなヘルメットは付随していない。

 だから騎士剣で喉を突かれたら、命を落とすことになるのだが……。

 剣術試合は殺し合いではないため、暗黙の了解として、本当に致命的な一撃は打ち込まないことになっていた。

 ただしダミアンは、普通の騎士ではない。「優勝のためには邪魔者は消してしまえ」という連中の仲間なのだ。「手元が狂った」とか何とか言い訳をつけて、相手の喉をぶっ刺すくらい、平気でやりかねないだろう。

「それが嫌なら、そっちから来い!」 

「なるほど、攻撃を誘ってきたのか」

 ふとピペタは、一回戦のダミアンの試合――ロジーヌと一緒に観戦した試合――を思い出す。

 対戦相手だった中年騎士は、ダミアンのスピードに翻弄されて、斬撃の威力を活かしきれなかった。空振りが続いて、わずかに体勢が崩れた隙に、一撃を急所に食らって敗退している。

 その轍を踏むつもりはなかった。ピペタはダミアンの挑発を聞き流し、剣を構えたまま、ジッと動かない。

 少しの間、どちらも距離を詰めようとはしなかったが……。

 結局。

 先にれたのは、ダミアンの方だった。

「ならば、死ね!」

 叫びながら、斬り掛かってくるダミアン。

 どうやら「喉首を狙う」はハッタリだったようで、その剣先が向かうのは、先ほどと同じく脇腹だ。

 これに対してピペタは、今度は剣で迎撃するのではなく……。

 ギリギリの瞬間に、横へ半歩。うまくダミアンの一撃を避けたのだった。


 斬撃が空振ると同時に、ダミアンは大きく後ろへ跳んで、距離を取っている。

「よくかわしたな。偶然か?」

 もちろん偶然ではないが、ピペタにしてみれば、避けようとして避けたわけでもなかった。

 ただ、向かってくる殺気――いや「殺そう」という意図まではないはずだがら厳密には剣士の気迫のようなもの――に対して、体が本能的に動いただけだった。

 ある意味、悟りとか無の境地とかに近かったからこそ、可能だったのかもしれない。ダミアンへの怒りを抑えるための精神状態が、思わぬ副作用を生み出していたのだ。

「まあ、いいや。偶然ならば、二度はないだろう!」

 またもやダミアンが斬り掛かる。同じことの繰り返しのようだが、明確に違う点もあった。

 今回、ダミアンの狙いはピペタの首筋! 鎧がガードしていない部分だ!

 しかし。

 違う点があるのは、ダミアンの側だけではなかった。ピペタの側では、本能的な対応が、一段階アップしていたのだ。


 ピペタがスッと体を揺らしたことで、空振りとなるダミアンの剣。

 ほぼ同時にダミアンは、大きく後ろへ跳ぼうとしていたが……。

 それより早く。

 無意識のうちに、反射的に振るわれたピペタの剣が、ダミアンの手首を叩く。

「くっ!」

 ダミアンの口から漏れる声。

 少し遅れて鳴り響いたカランという乾いた音は、ダミアンの剣が弾き飛ばされて、地面に落ちた証だった。

 そして。

 武器を失ったダミアンの目の前には、歩み寄ったピペタの騎士剣が突きつけられていた。

 忌々しそうに、ダミアンが呟く。

「参った……」

 小さな声であり、周りで見ていた者たちに聞こえたかどうか、定かではないが……。

「一本目、それまで! 勝者、ピペタ・ピペト!」

 終了宣告が下された。


 決勝戦は三本勝負であり、試合と試合の間に、一時間の休憩が用意されている。

 その休憩の間、ピペタは控え室まで戻ることなく、途中の通路で座り込んでいた。

 壁を背もたれにして、両手で騎士剣をかかえながら……。

「そういうことだったのか」

 終わったばかりの戦いを振り返り、理解する。

「こういう試合では、ただ本能のまま、剣を振るえば十分だったらしい」

 二日目の二回戦や三回戦だって、ピペタには、はっきりとした記憶はなかった。ハッと我に返った時には、いつのまにか勝っていた、という有様だった。

 今回は、そこまで完全に意識が飛んでいたわけではない。だが、自覚なく振るった剣で勝利したという意味では、似たようなものかもしれない。

「……さすがに、命のやり取りであれば、それでは危険だろうがな」

 苦笑するピペタ。

 もしも殺し合いの場に出ていくのであれば、きちんと周囲に気を配る必要があるだろう。相手の一挙一動を意識しながら、冷静に対応する必要があるだろう。

 だが、今は剣術試合だ。失敗したところで、死ぬわけではない。対戦相手の気迫――殺気に近い気配――を察知して、体が勝手に最前手を選択できるのであれば、なまじ頭を使って対策を立てるのは邪魔なだけだ。その思考の時間が、かえってタイムラグにもなるのだろう。

「ふむ。どうせ二本目を落としても、まだ三本目がある。ならば……。試してみるか!」


 そして、一時間の休憩が終わり……。

 再びピペタは、試合の舞台となる中庭に立っていた。

「二本目、始め!」

 試合開始の合図が聞こえると同時に、ピペタは、自分の意識をシャットダウンする。

 相手はダミアン、ロジーヌの一件を思えば因縁の相手だ。だが、そうした感情は脇に寄せて、心を無にすると……。

 自分でも気づかぬまま、ピペタは大地を蹴っていた。

「何っ?」

 驚いたダミアンの声も、今のピペタには届いていない。

 一本目が嘘のように一転攻勢に出たピペタに対して、ダミアンは、自慢のスピードでかわそうとする。

 しかしピペタは無意識のまま、騎士剣を――両手で握っていた剣を――時折、片手に持ち替えて、鋭い突きを披露していた。両手剣と片手剣とでは微妙にリーチが違うため、ダミアンは翻弄されて、ピペタの攻撃を避けきれていなかった。

 別にピペタは、意図的に幻惑したわけではない。意識を絶って、完全な無の境地に至った結果であり、二回戦や三回戦のように「記憶が飛んでいた」という状態に近かった。

 その証拠に。

 次にピペタが我に返った時には、もう目の前でダミアンが倒れている有様だ。打撲傷や出血などで、ボロボロのダミアン……。

「二本目、それまで! それまで! それまで! それまで……」

 試合を止めようと連呼する声も響いており、これこそが、ピペタの意識を引き戻した音でもあった。

「ふむ。やり過ぎてしまったか……」

 呟きと共に、剣を鞘に収めるピペタ。

 ここでようやく、試合結果がアナウンスされる。

「二本目の勝者、ピペタ・ピペト! これにて決勝戦は終了、勝者ピペタ・ピペト!」

 ピペタの優勝という形で、本年度の剣術大会は幕を閉じたのだ。

 中庭を見下ろしていた観客たちが、一斉に歓声を上げているが……。

 ピペタ本人の顔に、喜びの色はなかった。

「こんなことのために、ロジーヌ殿は命を落としたのか……」

 虚しさの滲み出る声で、ピペタは呟くのだった。


――――――――――――


 その夜。

 ダーヴィト・バウムガルトの屋敷では、クラトレス・ヴィグラムを交えて、ささやかな酒宴が開かれていた。

 用意された酒や料理は、本来、息子ダミアンの優勝祝いの来客に向けたもの。だがダミアンが決勝戦で敗北したために、そうした『来客』は皆無となってしまった。

 祝勝会は残念会・反省会へと変わり、結局、仲間内で酒と料理を消費する形となる。つまりダーヴィトとダミアン、そしてクラトレスとラピナムの四人だ。場所も当初予定されていた大ホールではなく、いつもの奥まった部屋で丸いテーブルを囲む形になっていた。


「敗北は残念でしたが……。近衛騎士への推挙に関しては、まだ何とかなるかもしれません」

 開口一番クラトレスがもたらしたニュースに、ダーヴィトは内心、小躍りしたいくらいだった。

 クラトレスの説明によると。

 あらかじめ作り上げてきた「優勝者を近衛騎士に」という空気にもかかわらず、試合後の行政府では「王都守護騎士ピペタ・ピペトを近衛騎士として迎え入れよう」と言い出す者は、一人も出てこなかった。

 二回戦や三回戦で見せた、強戦士バーサーカーか鬼神かというくらいの戦いぶり。相手を滅多打ちにするのは明らかにやり過ぎであり、ましてや決勝戦では「それまで!」という制止も振り切って、動けない対戦相手への攻撃を続けていた。

 これでは「騎士として相応しくない」という評判になるのは当然で、いっそ優勝を剥奪するべきではないか、という声まで出ていたという。

「その場合はダミアン殿が繰り上げ優勝です! また、正式に『優勝剥奪』にはならずとも、実質的にはダミアン殿が優勝のようなもの、という雰囲気に持っていければ……。当初の予定通り、ダミアン殿を近衛騎士に推薦できるでしょう」

 ダーヴィトにとっては朗報だが、要するに、ここから先はクラトレスの手腕次第。その苦労を思ったのか、クラトレスは表情を暗くして、大きくハーッとため息をつく。

「それにしても……。まさかダミアン殿が、決勝戦で一本も取れずに敗北するとは……」

 彼は特徴的な太い眉を寄せながら、クイっと酒をあおった。

 ダーヴィトが指示するまでもなく、すかさずメイドが、空いたグラスに酒を注ぐ。以前にロジーヌ・アルベルトを呼び出した夜とは異なり、今回は完全に男だけなので、ダーヴィトは酌女を用意していた。料理を運んできた中で最も器量の良い娘を、部屋に残したのだが……。

 彼女は今、クラトレスの隣に座り、そこから動けない状態だった。腰に手を回され、体もギュッと抱き寄せられて、クラトレスにキープされているのだ。もはや彼女はクラトレス専属のお酌係であり、仕方なくダーヴィトは、他の者たちのために、別のメイドを呼びつけたほどだった。

「だから言ったじゃないですか、クラトレスの旦那」

 テーブルの上の料理をつつきながら、ラピナムが口を開いた。

 彼も少しは酒を飲んでいるが、それよりも料理の方に関心があるらしい。どうせ四人では食べきれないほどの料理であり、ダーヴィトとしても好都合だ。

 ラピナムを見ているうちに、ダーヴィトは、ふと考える。

 そもそもラピナムは、騎士でも貴族でもない。庶民にとって、ここでの料理は、滅多に口に入らない御馳走なのだろう。ならば、やはり庶民であるメイドたち――住み込みの使用人たち――だって同じはず。残った料理は廃棄するのではなく、彼らに食べさせてやろうか。たまには、それくらいの褒美を出すのも良いだろう。

 その代わり今日は、いつも以上に頑張ってもらおうではないか。特に、クラトレスのお気に入りの娘だ。このまま彼が飲み過ぎて泊まっていく事態になった場合、その世話係として、彼女が同衾して奉仕するのだ。行政府の役人と一夜を共にすることは、メイドにとっても光栄な話のはず……。

 そんな計画を立てるダーヴィトの耳に、ラピナムの続きの言葉が入ってくる。

「……あの女騎士と一緒に、そいつも始末しておけば良かったんですぜ」


 ラピナムはクラトレスの手駒ではあるが、本来は殺し屋だ。だから、こういう思考になるのだろう。

 物騒な発言に顔をしかめるダーヴィト。ロジーヌを亡き者にした時点では、まだまだ大勢、決勝トーナメントに残っていた。全て殺していてはキリがないし、そんなことをしたら、さすがに大問題となってしまう。

 そもそも、ロジーヌだって殺すのではなく、剣術試合に出られない程度の怪我を負わせれば十分だったのだ。それなのに……。

 ダーヴィトが苦い表情のままダミアンに視線を向けると、彼は、父親の意図を勘違いしたらしい。

「私だって、あの時、ついでだからピペタ・ピペトも始末したかったのですけどね。でも……」

「それは仕方ないでしょう、ダミアン殿。それより、昨日だ」

 ダミアンが何か言いかけたのを、クラトレスが遮ってしまった。

「昨日の時点で、もう決勝の相手は、そのピペタ・ピペトに決まっていたのでしょう? ならば、このラピナムを差し向けて、彼に始末させることも出来たのでは……」

「それこそ暗殺なら、あっしの本業ですからね。旦那が一言、命じてくれたなら……」

 二人の言葉に対して、ダミアンが首を横に振る。

「無理ですよ、クラトレス人事官。あいつ昨日は、自分の屋敷に逃げ込んでましたから」

 残念そうな声は、まるで「街の中ならば始末できたのに」とでも言いたげな口調だった。

 ダミアンにもわかっているのだろう。ピペタのピペト家が、ダーヴィトたちのバウムガルト家よりも格上の『名門』であり、その屋敷を急襲するのは難しいということが。

「ピペタ・ピペト……。まさか、そこまで凄腕の剣士だったとは……」

 しみじみと呟くダーヴィト。

 ダーヴィトが『格上』と評価しているのは、あくまでもピペト家であり、ピペタ自身ではない。どうせ『炎狐えんこロジーヌ』ほどではないだろうと思っていたし、ダミアンならば勝てると判断していたのだ。

 過去の戦績では『炎狐えんこロジーヌ』と互角という情報もあったが、それこそ「たまたま運が良かっただけ」と甘く見ていた。それくらいダーヴィトにとっては『炎狐えんこロジーヌ』が特別だった、という意味でもあるのだが……。

「本当に残念です。『炎狐えんこロジーヌ』を始末した時に、一緒に毒矢で殺せなかったことが」

 悔しそうなダミアンに対して、

「あの時、邪魔が入ったそうですね?」

 と、クラトレスが聞き返した時。


 ガタッという、大きな物音。

 クラトレスがビクッとするほどだが、音の発生源は、まさに彼のすぐ隣だった。クラトレス専属となっていた娘が、まるで糸の切れた操り人形のように動かなくなって、テーブルに突っ伏していたのだ。

「なんだ? 寝てしまったのか?」

 酌をしながら一緒に飲んでいたわけではないのだから、酔い潰れるはずもないのだが……。

 ダーヴィトが不思議に思っていると、もう一人のメイドも、同じようにガタッと音を立てて倒れてしまった。

「おい、お前たち! 起きろ!」

 メイドの不始末は、屋敷の主人の恥。そんな意識からダーヴィトが怒鳴ると、

「その二人なら、しばらく起きないよ。ドア越しで悪いけど、あたしの睡眠魔法で眠ってもらったからねえ」

 部屋の入り口の方から突然、若い女の声が聞こえてきた。聞き覚えのない声であり、屋敷のメイドとは違う!

 ダーヴィトだけでなく、部屋中の男たちの視線が、一斉に入り口へと向けられる中。

 バタンという激しい音と共に、扉が大きく開く。

 そこに立っていたのは、三人の人物だった。

 一人は、王都守護騎士団の騎士鎧を着込んだ男。顔立ちは三十代くらいだが、頭髪の薄さからは、もっと年上にも見える。

 もう一人は、長い黒髪の男。着ている服は暗い色合いなのに、朱い縁取りやヒラヒラとした装飾がついているため、妙に派手な印象もある。

 最後の一人は、髪を左右で三つ編みにした、丸顔の若い娘。つばの広い黒のとんがり帽子とか、ゆったりとした黒ローブとか、まるでいにしえの魔法使いのような格好をしている。

 ダーヴィトにしてみれば見たことのない三人であり、だから当然、彼は知らなかったのだが……。

 この三人こそ、ダーヴィトたちの命を刈り取るために現れた者たち。つまり、ピペタとメンチンとゲルエイ・ドゥだった。

   

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