第十五話 芝生の上の二人組

   

「なるほど、そういう意味だったか」

 納得の表情で頷くピペタ・ピペト。ようやくカストーレ・ジェモーの言葉の意味を理解したのだ。

 黒衣の女占い師と、彼女より十歳以上は年上に見える、丸坊主の男。一見すると、仲睦まじいカップルのようだが……。もしかすると、占い結果に関して真剣に話し込んでいる様子が、親しくしているように見えただけかもしれない。

 最初はレジャーシートだと思った布切れも、昨日ピペタが見た敷布――水晶玉を載せていた紫色の布――と同じものではないだろうか。何よりも決定的なのは、昨日と同じく今日も、大きな水晶玉が彼女の前にデンと置かれていることだった。


 ここクーメタリオ霊園公園は、王都が――城の行政府が――管理している公共の施設であるため、園内で個人が勝手に店を出すことは禁止されている。特に、元々が殉職した騎士たち――近衛騎士や王都守護騎士――を葬るために作られた霊園だけあって、一般の『公園』以上に厳しい部分もあった。無許可営業を摘発された場合に、課せられる罰金は通常の数倍以上であり、また「悪質である」と判断されれば、長期間収監されてしまうのだ。

 それでも。

 ここでは、よく個人の露店が営業していた。特に、飲み物や軽食、スナック菓子などを提供する屋台だ。街の人々で賑わうため飲食物の需要は多いのに、公営の飲食店は設置されていないからだ。

 もちろんルール違反なので、巡回する王都守護騎士としては、取り締まるべき案件なのだろうが……。むしろあった方が公園利用者には便利なため、うるさく言わずに、見て見ぬ振りをするのが通例となっていた。

 その際、目こぼし料として袖の下を要求する警吏もいるらしい。だが少なくとも、ピペタたちが見回りをしている間は、一切そういう話は出てこなかった。隊長のローラ・クリスプスは清廉潔白な人物であり、賄賂を貰うという発想が頭に浮かびすらしないレベル。悪く言えば世間知らずのお嬢様なのかもしれないが、ピペタは、このローラのクリーンな一面を好ましく思っていた。


「あら。では、あの女占い師は……。こんな心地良いお日様の下で、真っ黒な姿で、怪しげな占い屋を営んでいるのかしら」

 カストーレやピペタの意見を聞いて、ローラが、少し不思議そうな口調でつぶやく。

 確かに、いくら人々が集まるのを見込んで店を出すとしても、食べ物や飲み物を売るのが普通だろう。花や緑が豊かな明るい公園まで遊びに来ておきながら、暗い雰囲気の占い師に運勢を見てもらおうなどと考える者は、少ないに違いない。

 そうピペタが考えている横では、ジェモー兄弟が、それぞれの意見を口にしていた。

「でも、お目こぼしするのは飲食店のスタンドだけ、っていうのは不公平でしょうから……」

「あの占い屋も、他の露店と同様に、見逃すべきじゃないですか?」

 もう二人は完全に「問題の女は占い屋を開業している」という前提で話を進めているが、まだ「その可能性がある」という段階に過ぎないだろう。ピペタはカストーレの言葉の意味を『理解』しただけであって、ある程度は「そうかもしれない」と思ったものの、百パーセント『賛成』したわけではなかった。

 だからピペタは、提案してみる。

「まあ、待て待て。まだ、あれが占い屋だと決まったわけでもなかろう? 近くまで行って、よく様子を見てみるべきでは……」

「それがいいですわ! さすがピペタさん、いいこと言いますわね!」

 ピペタの言葉に被せる勢いで、隊長であるローラがパッと顔を明るくして、仰々しく賛同。その意見に、残りの二人も続く。

「まあ、そうですね。あれが本当に占い屋なのだとしても、とりあえず近くまで行かないと……」

「……『あまり大っぴらに営業するな、もっとコソコソとやれ』と釘を刺すことも出来ませんからね」

 そんなわけで。

 若い女の占い師と丸坊主の三十代の二人組の方へ、四人は向かうことになった。


「まあ、騎士様! この公園の受け持ちの方々でしょうか? ご苦労様です」

 四人が近づいていくと、ピペタたちの方から声をかける前に、問題の占い師の方から挨拶をしてきた。

「ごきげんよう。ええ、私たちローラ小隊が、このクーメタリオ霊園公園の担当なのですけど……。あなたたちは、ここで何をしているのかしら?」

「何って……」

 一言だけ口にしてから、女占い師は、一緒にいた男と顔を見合わせる。続いて、

「……あたしたちは、普通にピクニックしてただけですよ、騎士様。ほら、他の行楽客の方々と同じです」

 ぐるりと芝生広場を見回しながら、彼女は「自分たちは大衆の中の一組に過ぎない」と主張した。

「ピクニック……? ここで占い師として、営業してたわけではないのかい?」

 ローラの後ろから、エディポール・ジェモーが――騎士鎧の左肩に青色を施している方が――口を挟む。

 これに反応したのは、黒衣の女占い師ではなく、連れの坊主頭の方だった。

「営業だなんて、とんでもない! 俺もこいつも、完全にプライベートで遊びに来てるだけですよ、騎士様」

 坊主頭の男は、エディポールに対して告げてから、女占い師の方へ苦笑いを向ける。

「ほらな、ゲルエイ。だから言ったろ? ピクニックに水晶玉は必要ない、って」

「そうは言うけど……。これがないと、あたしゃ不安で……」

「何が不安なものか! ゲルエイの隣には、いつも俺がいるじゃないか!」

「そりゃそうだけど、そういう意味じゃなくて……」

 言葉を交わす二人の間には、確かに親密な空気が流れている。どことなく甘い雰囲気も漂う親密さなので、兄と妹というより、恋人同士という感じだ。少なくとも、占い師とその客でないことだけは、絶対に確実だった。

「本当に仲良さそうね。やっぱり男と女って、これくらい年齢差があった方がいいのかしら」

 二人の様子を見て微笑ましく思ったらしく、ローラの言葉には、温かい響きが含まれている。だが、続いて意味ありげな視線をピペタに向けたところからみて、ただ単純に「目の前の光景を微笑ましく感じた」というだけではないらしい。

 彼女の意図を、ピペタは少し考えあぐねていたのだが……。その間に、当のカップルの方から、ローラの感想を否定するような言葉が飛び出していた。

「あら、騎士様。あたしゃ童顔ですけど、こう見えて二十九歳ですから! こちらのメンチンとは、そんなに歳は離れていないのですよ」

「ああ、俺たち、よく勘違いされるんですが……。別に俺は、年下趣味ってわけじゃないんでね」


 そう言えば。

 昨夜ピペタは、この女占い師から、年不相応の老獪さを感じ取ったのだった。あの時は、二十歳くらいという外見には相応しくない空気を感じたものだが……。今あらためて二十九歳と聞かされても、それでも昨夜感じた『老獪さ』とは、まだ釣り合っていない気がする。

 とりあえず、ここまでの会話から、この二人がゲルエイとメンチンという名前であることを理解して。

 ピペタは、昨夜のことを思い出しながら、彼女に尋ねてみた。

「ゲルエイというのか。それでゲルエイ、今ここでは営業していないにしても、占い師であることは間違いないのだな?」

「はい、もちろんです。この魔法の水晶玉と、ささやかな魔法で占うのが、このあたし、ゲルエイ・ドゥの流儀でございます」

 彼女はゲルエイ・ドゥと名乗りながら、それっぽい手つきで、水晶玉の上に手をかざす。するとローラが、驚いたような声を上げた。

「魔法ですって? あなた、魔法が使えるの?」

 女占い師ゲルエイを、あらためてジロジロと見つめるローラ。上から下まで、品定めするかのように視線を動かす。

 つばの広いとんがり帽子にしろ、ゆったりとした黒ローブにしろ、伝説の時代の魔法使いを模したような格好なのだが……。

 昔と違って今は、魔法を使える者なんて限られている時代だ。魔力こそ誰でも有しているものの、呪文を唱えることでその魔力を『魔法』という具体的な現象に変換できる者は、非常に少なくなっていた。だから、ローラも「市井の占い師が本物の魔法使いのはずがない」と思ったらしい。それこそ、昨日のピペタが考えたのと同じように。

 そんなローラの言葉に、ゲルエイ本人が反応するより早く、

「ああ、騎士様。こいつの言うこと、あまり真に受けないでください」

 横から口を挟んだのは、坊主頭の男メンチンだった。

 いかにも「ここだけの話」という感じにトーンを落として、彼は説明を続ける。

「大きな声じゃ言えませんが……。こいつの格好も魔法の話も、しょせんハッタリなんですよ」

「ちょっと、あんた! そんな商売上の秘密を、堂々と……」

「いいじゃねえか、ゲルエイ。相手は客じゃなくて、騎士様なんだぞ。ほら、騎士様には、なるべく正直に包み隠さず話しておかないと……。騎士道って言うんだっけ、そういうの?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。『騎士道』っていうのは、騎士様が正直に正々堂々と振る舞うって意味であって、あたしら庶民が騎士様に接する時の態度の話じゃないんだから」

「ああ、そうなのか。すまん、すまん」

 多少の言葉のすれ違いはあっても、それでも息の合った感じを見せつけるゲルエイとメンチン。

 そして、

「ハッタリということは……」

 少し不思議そうなローラに対しては、双子が一般常識として解説を足していた。

「『魔法で占ってます』というポーズだけ見せてる……。そういう意味ですよ、ローラ隊長」

「単なる占い師より、魔法使いの占い師の方が、よく当たるように思えますからね。ローラ隊長も、そう思いませんか?」

「あら、それでは、詐欺のようなものではないかしら」

「いや、大丈夫でしょう。客の方でも『なんとなくそれっぽい』とは思っても、本当に魔法使いだと信じてるわけじゃないでしょうし……」

「魔法使いが街で占い師なんてやってるわけがない。みんな、それくらい理解してますからね。理解した上で『もしかしたら』って思うくらいが、ちょうどいいんです。占いなんて、しょせん気のせいみたいなもんですから」

 ローラの相手は双子に任せて。

 ピペタは、ローラの「魔法ですって?」により中断してしまった質問の続きをする。

「その格好……。昨日、商家と商家の間で店を出していた占い師だな? 私に声をかけてきただろう? もう忘れたか?」

「覚えておりますとも、騎士様!」

 不審げな目を向けるピペタに対して、ゲルエイは特に臆することもなく、明るく答えた。その言葉に、彼女の隣でメンチンが目を丸くする。

「おい、ゲルエイ! お前、こちらの騎士様と知り合いだったのか!」

「いや、知り合いってほどじゃないさ。ただ、街で見かけたという程度で……」

 と、連れに対して説明してから、ゲルエイはピペタに向き直る。

「それで、騎士様。昨夜はお急ぎだったようで、あたしの言葉を振り切って、行ってしまわれましたが……。水難の相、大丈夫でしたか?」

「ああ、それなら問題は何もなかった。水難どころか、他の災難も起こらなかったぞ」

 厳密には、あの直後に遭遇した怪人物の一件が、顔に出ていたという『災難』だったのかもしれないが。

 それに関しては、胸の内に秘めておく。

「あらまあ、それは良かったですね。占い師のあたしとしては、占いが外れて『良かった』なんて言うべきじゃないでしょうが……。騎士様がご無事ならば、それが何よりです」

「うむ。それはそれで構わないのだが……」

 ここでピペタは、ゲルエイから、その隣に座るメンチンへと視線を移す。

「そこのメンチンという男。お前もゲルエイ同様、私と会ったことはないか?」


 最初に遠くから見た時は、ピペタも気づかなかった。いや正確には「おや?」と不思議に思う感覚はあったのだが「気のせいだろう」と流してしまう程度だった。

 しかし。

 こうして近づいてみると、はっきりとわかる。

 このメンチンという男は、昨夜ピペタと戦った遊び人と、どことなく似ているのだ。

 年齢や背格好などは同じだが、もちろん夜の闇の中では、よく顔は見えなかった。だから「同一人物だ」と言い切ることは出来ない。

 それに。

 昨夜の遊び人は、朱色の縁取りがある暗色のヒラヒラした着物だったのに対して、今ここにいるメンチンは、オレンジを基調とした半袖服。ところどころに黒い模様があり、袖口や胸元には白いフワフワとした装飾が施されている、という格好だ。どちらも『派手』というイメージはあるし、いかにも『遊び人』という感じもするが、決して同じ服装ではない。

 また、何よりも大きな違いとして。

 昨夜の遊び人は、テカテカと整髪料を塗りたくった長髪が特徴だったのに対して、このメンチンには、それほどの髪はない! 頭の地肌が見えるくらいの、坊主頭なのだ!

 こうやって具体的に見ていくと、とても同じ人物とは思えないのだが……。それでもピペタは、気配というか雰囲気というか、とにかく直感的に「このメンチンこそ、昨夜の怪しい遊び人だ」と感じてしまうのだった。


「へっ? 俺ですかい?」

「おや、あたしだけでなく、あんたも騎士様と知り合いだったのかい」

「いやいや、そんなことはないぞ」

 メンチンは首を横に振って、ゲルエイの言葉を否定してから、ピペタに向き直って、申し訳なさそうな表情をしてみせる。

「あいにく俺の方では、記憶にございませんが……」

「そうか。では、私の見間違いだったかな」

 とりあえずは、そう言っておくピペタ。

 続いて彼は、ローラの疑問に満ちた視線に気づいて、一応の説明を口にする。

「大した話ではないので報告しませんでしたが、少し前の非番の日に、街で暴れているゴロツキを見かけたのです。そいつが、ちょうど同じくらいの年恰好で、特に坊主頭だったものですから……。いや、そんなやつと見間違えるとは、これは私の方が失礼だったな」

 最後の部分は、メンチンに向けた言葉だが。

 前半のローラに対する言葉も、実はメンチンに聞かせるためのものだった。昨夜ではなく「少し前の非番の日に」とか、長髪ではなく「坊主頭だった」とか、わざと嘘を混ぜることで、ピペタはメンチンの反応を見ようとしたのだ。

 しかし。

「へえ、俺と同じ体格で、俺みたいな坊主頭で……? そんなゴロツキと間違えられるのは困りますが、でもこの頭の毛は、急には伸びてくれないからなあ」

 メンチンは、ケロっとした顔で、自分の頭を撫でている。

 もしもピペタの想定通り、この男が昨夜戦った相手だとしても、とてもボロを出しそうにはなかった。

「ああ、なるほど! ピペタさんにとっては、坊主頭は、何よりも大きな目印になりますからね」

「仲間意識みたいなもの、感じるんですかね?」

「こら、二人とも! ピペタさんに対して失礼でしょう!」

 カストーレとエディポールが二人して茶化すのに対して、ローラが真面目に叱責する。冗談は冗談として流してくれた方が、ピペタとしては、ありがたいのだが。

 そんな和やかな場の空気に乗っかるようにして、ヘラヘラとした笑いを浮かべているメンチン。だが、その笑顔の奥では、いったい何を考えているのか……。

 メンチンに長髪男の姿を重ねながら、ピペタは目を細くして、ジッと彼を睨むのだった。

   

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