第五話 殺された男
「あら、ピペタさん。ようやくいらしたのね」
詰所に入ってすぐに、仲間を探そうと周囲を見回すまでもなく、ピペタ・ピペトは大きな声で呼び止められた。
その場にいた騎士たちのうち結構な人数が、ピペタあるいは声の主に視線を向ける。それほどの大声であり、ピペタとしては、少し恥ずかしいくらいだった。
だが気持ちは顔に出すことなく、その『声の主』である金髪女性の方へと歩み寄る。
「おはようございます、ローラ隊長」
金色の巻き毛と頬の
外見的な特徴としては他に、青い瞳がキラキラと輝いており、よく「星が
だが本人は、そばかすの方が金髪碧眼よりもチャームポイントだと思っているらしく、頬を化粧で隠そうとは全くしていない。そばかす自体が魅力的かどうかは別にして、ピペタは「化粧で誤魔化さないことは潔い」と思う。
伯爵貴族の令嬢という身分も影響してか、騎士学院を卒業後わずか一年で小隊長に昇進したという少女。それがピペタの所属する小隊の隊長、ローラ・クリスプスだった。
そのローラの両横には、二人の青年が、付き従うようにして立っている。まるで姫に随伴する忠実な従者にも見える二人は、見分けがつかないくらいに同じ顔をしていた。
顔だけではなく、
「おはよう、ピペタさん」
「……おはよう、ピペタさん」
そっくり同じ言葉で、エコーのように少しタイミングだけずらして、ピペタに挨拶をしてくる。
カストーレ・ジェモーとエディポール・ジェモー。双子の兄弟だ。
ピペタとローラとジェモー兄弟。この四人が、ローラ小隊のメンバーだった。
親子や兄弟などの親族は普通、同じ職場には配属されないものだが、ジェモー兄弟の場合は例外。双子のシンクロニシティが王都守護騎士として働く上でもプラスになると考えられて、同じ隊のメンバーとなっていた。
「ああ、カストーレもエディポールも、おはよう」
挨拶を返すピペタ。
ピペタが二人を呼び捨てにしたように、同じ小隊メンバーであり騎士としての身分も同格である以上、本来ならば双子も「ピペタさん」ではなく「ピペタ」と呼びかけるべきだった。
だが、三人よりも格上であるはずのローラ隊長がピペタを「さん」付けで呼ぶので、二人もそれに倣っている。ローラ曰く「明らかに年上の男性を呼び捨てにするなんて、そんな失礼なこと出来ません!」ということらしい。
ピペタも最近では慣れてきて、特に何も感じないが……。最初の頃は「ピペタさん」と呼ばれる度に、くすぐったいような、収まりどころが悪いような気持ちになるくらいだった。
「では、揃ったことですし……。行きましょうか」
「はい、ローラ隊長」
椅子から立ち上がったローラに呼応する、小隊メンバー。
王都守護騎士として、今日も街の見回りに出発するのだ。
詰所を出て、自分たちの受け持ち区域へと向かうピペタたち。
石造りの商店や木造建築の家屋などが建ち並ぶ大通りを、軽く左右を見回しながら、歩いていく。担当区域以外でも何かトラブルがあれば、もちろん対応するべきなので、一応は周囲に気を配っているのだ。
だが、あくまでも『一応は』というレベル。まだ「本格的に仕事は始まっていない」という気分で、談笑しながら歩くのが常だった。
「聞きましたよ、ピペタさん。一回戦、無事に勝ち抜いたんですって?」
ローラが、剣術大会の話を持ち出す。声だけ聞けば、話題に困った人々が天気の話でもするかのような、冷ややかな口調なのだが……。
「ええ、まあ一回戦ですから」
適当に答えながらローラの顔を見ると、その口ぶりとは裏腹に、目には強い好奇の色が宿っている。
ああ、これは無関心な態度を装っているだけか……。そう察したピペタは、さらに詳しく、昨日の試合について報告することにした。
「相手はネブリス・テーネ。『闇の魔剣士』という異名の通り、睡眠魔法ソムヌムや麻痺魔法トルポルといった魔法を使ってきましたが……」
「まあ、大変!」
魔法についてピペタが述べたところで、ローラが大げさな声を上げる。
「ピペタさん、あなた、魔法は苦手だったのではないかしら? 呪文詠唱、きちんと覚えていないのでしょう?」
ローラにしろピペタにしろ、魔法使いでも魔法剣士でもないのだから『魔法が苦手』も何もないものだ。ピエタは内心で苦笑するが、ローラの言いたいのが「魔法使いと戦うのは苦手」という意味であることくらい、きちんと理解していた。
それと、もう一つ。
確かにピペタは以前、何かの雑談の折に「座学は苦手で、魔法関連の記憶は結構あやふや」ということをローラに告げたことがある。だが、それをローラが覚えているとは、少し意外だった。若い娘ではあるが、さすがは小隊長、ローラは部下のことを細かい点まで記憶しているらしい……。
そう考えて、改めてピペタはローラを高評価する。ローラが彼の話を忘れていなかったことに、もしも別の意味があるのだとしても、それは全くピペタに伝わっていないのであった。
「ええ、そうです。でも試合ともなれば、危険な魔法と、そうではない魔法と、本能的に区別できますからな。睡眠魔法はモロに食らってしまいましたが、相手が未熟だから助かりましたし……。麻痺魔法の方は、完全回避は無理でも、一応は直撃は避けたので……」
「それは良かった!」
再びローラは、ピペタが語り終わるのを待たずに、言葉を被せてくる。これは彼女の癖のようなもので、それはピペタも理解していた。
「ピペタさん、さすがは一流の剣士ですわね。私には、ちょっとわからない領域……」
ローラの言葉が尻すぼみになる。
「いやいや、ローラ隊長。別に剣の腕前だけが、騎士の良し悪しではないでしょう。例えばローラ隊長には、私が持ち合わせていないような長所がたくさんあり……」
「あら、どんな?」
内心「しまった!」と思うピペタ。迂闊に『例えば』などと言うべきではなかった。なるほど、これでは具体例を問われるのも当然だ。
ピペタは若い頃、口説こうとした女性から――何となく魅力的に思う女性から――「私のどこが好き?」と聞かれて困ったことがある。あくまでも「何となく」であって、具体的な「どこ」は思い当たらなかったのだ。
ローラの質問に対する回答は思い浮かばないのに、昔の嫌な思い出だけは、ピペタの頭に浮かんでくる。
「ああ、それは……」
返答に困ってピペタが口ごもると、
「それより、ローラ隊長。僕たちも、昨日の話をしましょうよ」
「そうそう。僕たちの方でも、ピペタさんに報告しておくこと、あるじゃないですか」
同じ男であるジェモー兄弟が、助け舟を出してくれた。
ありがとう、カストーレとエディポール。心の中で礼を述べたピペタは、その気持ちを視線に乗せて、二人の方に向き直る。
こうして顔を見ても、どちらがどちらなのか、全く区別はつかないが……。騎士鎧の右の肩当てにオレンジ色の装飾があるのがカストーレ・ジェモー、同様にして左肩に青色を施しているのがエディポール・ジェモー。その点で、ピペタは二人を識別していた。
「昨日? 昨日は、詰所待機ではなかったのか?」
王都守護騎士は四人一組で行動するのが基本のため、小隊メンバーの一人が休んだ場合、残りは三人だけで見回りに出るのではなく、予備員として詰所で待機することになっている。もちろん『予備員』である以上、何かあれば、すぐ動ける者として駆り出されるわけだが……。
頭の中でルールを反芻したピペタは、双子に質問しておきながら、返事を待たずに、
「ああ、そうか。重大事件発生ということか」
と、自分で答えを出していた。
「そうです、ピペタさん」
「実は、昨日の朝……」
カストーレとエディポールが顔を見合わせたところで、ローラが、この話に加わってくる。
「南の商店街の裏路地で、とても
小隊の業務報告であるならば、確かに、責任者である隊長が語るの
「とても
「そうですわ。それで詰所にいた私たちも、現場へ駆けつけることになって……」
ローラの説明によると。
殺されていたのは、商人風の服装をした中年男性。ぽっかりと胸に穴が空いており、心臓が抜き取られていたのだという。
野犬などに食い荒らされて、死体の臓器の一部が失われるということは起こり得る。だが、それにしては他の部位が綺麗すぎた。とても『食い荒らされた』ようには見えない。そこで「猟奇殺人ではないか」という話になった。
「おぞましい事件! 私たちの受け持ち区域ではなくて、本当に良かったですわ!」
吐き捨てるように言い放つローラ。まるで「口にするのも
当然ながら、その区域を担当している小隊が、事件も担当することになる。
「酷い話でしょう? しかも
「だから余計に、動物の仕業ではない、って判断されたみたいです」
カストーレとエディポールが、ローラの話を補足した。
「惨殺死体か……」
ピペタは考え込むように呟いてから、三人に向かって尋ねる。
「それで、被害者の身元は? そのような派手な殺され方ならば、まず真っ先に考えるのは怨恨の線だろう?」
「それが……。とりあえず昨日の時点では、誰なのか全くわからない状態で……」
「だから担当している小隊は、騎士団の記録庫にこもって、行方不明の届け出を夜通し調べたんじゃないですかね」
ピペタに答えた双子は、さらに、
「もしかすると、簡単には身元も特定できないかも……。いかにも凶悪そうな面構えだったから、極悪人の一人なんじゃないか、という説もあったり。それだと、役所に届けなんか出さないでしょうからね」
「極悪人といえば……。最近頻発している押し込み強盗、あれの犯人かもしれない、って言い出す騎士もいましたよ。発見された場所の近くに、強盗事件で押し入られた商家もあったから、関連づけて考えたようで」
と、付け加える。
そこまでいくと、もはや事件の報告というより、単なる憶測や噂話の
ピペタはそう思ったが、あえて口は出さず、
「なるほど」
とだけ返して、頷いてみせるのだった。
――――――――――――
昨日の惨殺事件の話が嘘のように、今日は平和な一日だった。
いや王都全体が平和だったかどうかは定かではないが、少なくともローラ小隊の担当地域では、トラブルも事件も発生することなく、無事に一日の見回りが終わる。
夕方、仕事は終わりということで、四人は解散。クリスプス伯爵家へ戻るローラや、騎士寮へと帰るジェモー兄弟と別れて……。
ピペタは一人、南の商店街を歩いていた。いつもならば屋敷へ直行するところだが、帰る前に今日は、買っておくべきものがあったからだ。
買い物をしている間に、空の色は、夕方というより夜といった方が相応しい感じに変わりつつある。それでも、
「これで準備は万端。あとは……」
帰宅後のことを考えて、心はウキウキ、足取りも軽くなるピペタ。
家に帰れば、毎年恒例の祝勝会が待っている。しかも今年は、ロジーヌの誕生日会を兼ねているのだ!
そのロジーヌのために、近くの装飾品屋で誕生日プレゼントも購入した。懐に手を入れて、それを何度も触って確認してしまうピペタ。彼は、屋敷までスキップしたいくらいの気分だった。
そんな陽気なピペタだったが、
「そういえば……。昨日の事件というのは、この辺りか?」
近くの商家の一つに、ふと目が留まる。彼の視線の先にあるのは、暗緑色に塗られた建物だった。
食料雑貨を手広く扱い、少し前までは栄えていた店だ。確か『グローサ商店』と呼ばれていたはず。だが今は、固く戸も閉ざされており、完全な休業状態となっていた。押し込み強盗の被害にあって店主夫婦は殺されてしまい、かろうじて生き残った一人娘は、地方都市で暮らす親戚のもとへ、引き取られていったのだという。
「双子の噂の通り、その犯人が惨殺されたのであれば……。それはそれで、天罰なのかもしれないが……」
しみじみとピペタが呟いた時。
彼の耳に、ドスンという重い音が聞こえてきた。
「……ん?」
耳をすませて、気配も探る。
気のせいではなく、人が争うような物音と……。それに加えて、殺気も感じる!
「この裏か!」
ちょうど、今ピペタが見ていた店をぐるりと回った反対側の辺りだ。無人の空き商家の裏手で騒動とは、只事ではない。
勤務時間外とはいえ、王都守護騎士としては、放っておける事態ではなかった。街の住民同士の軽い喧嘩だとしても、それを仲裁するのも警吏の仕事のうちだからだ。
「こちら側から行けば、店の反対側へ回れそうだな……」
独り言と共に、ピペタが歩き出そうとしたタイミングで。
彼を呼び止める、若い女の声が聞こえてきた。
「ちょっと、そこの騎士様。やめた方がいいですよ、そっちに行くのは」
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