第三話 騎士と養父母

   

 剣術大会一回戦が終わり、屋敷へと帰って……。

 いつも通りにピペタは、養父母と一緒に、食事の席についていた。

 ピペト家のダイニングルーム。

 壁に設置された魔法灯は、趣のある光で、食堂全体を優しく照らし出している。ゆったりと落ち着いた心持ちで食べたり飲んだり出来る場所なのだが、ピペタにとっては「三人には広すぎる」とも感じる空間だった。何しろ、孤児院の食堂を想起させるような大きさなのだ。

 つい孤児院時代を思い浮かべて「食事は大勢一緒の方が楽しい」と考えてしまう。例えば、今ホールの隅で立って控えている四人の召使い。屋敷に来たばかりの頃には「彼女たちも同席すればいいのに……」という想像もするくらいだった。さすがに今では、身分の違いというものを理解しているのだが。


「それで、ピペタ。今日の試合は、どうだった?」

「まあ、聞くまでもないことなのでしょうが……」

 スープを一口、ピペタが口まで運んだところで、養父母の質問が飛ぶ。

 コーンスープの甘さを味わってから、ピペタは答えた。

「はい。一回戦の相手は、ネブリス・テーネという騎士でした。闇の魔法を操ることから『闇の魔剣士』と呼ばれる男でしたが、私は勝利しました。詳しくは……」

 まずは結果を報告した後、食事を続けながら、試合の詳細を語るピペタ。

 養父母は穏やかな笑顔を浮かべるだけでなく、時折「うん、うん」と頷く仕草まで見せて、嬉しそうにピペタの話を聞いている。血は繋がっていないが、まるで実の息子のように、ピペタを可愛がってくれているのだ。それをピペタは、常日頃から実感していた。

「では明日、祝勝会を開こう!」

 ピペタの話が終わったところで、養父フランツが宣言する。養母マリアンも、

「まずは今年の一回目ですね」

 と、それに賛同した。

 毎年の恒例行事だ。

 家庭によっては、試合のその夜に祝いの晩餐を用意しておき、もしも負けた場合には残念会や慰労会に切り替えるという様式もあるだろう。いや、むしろ、その方が一般的かもしれない。しかし、こうして「結果が確定してから祝勝会の用意をする」というのが、ピペト家の流儀だった。

「ありがとうございます」

 と、例年通りに、ピペタは感謝の言葉を述べる。だが今年は、さらに言うべきことがあった。

「父上、母上。明日のことで一つ、お願いが……」

「おや? 何かメニューにリクエストがあるのですか?」

「そうではありません、母上。実は明日、友人を一人招待したいのです。私同様、今日の試合を勝ち上がった剣士です」

 いつもはロジーヌのことを『知り合い』と認識しているピペタだが、ここは敢えて『友人』という表現を使った。祝勝の晩餐会に呼ぶほど、親しい間柄だという意味を込めて。


「おや、珍しい。ピペタが、友人を我が家に招くとは……」

「良いことではないですか、あなた」

「もちろんだよ、マリアン」

 と、少し二人で言葉を交わしてから、フランツは改めてピペタに告げる。

「当然、私たちは大歓迎だ。一人とは言わず、二人でも三人でも呼びたまえ」

「いえいえ、父上。それほど親しくしている者もおりませんので……。ただ彼女の場合は、今日の試合を勝ち上がったというだけでなく、ちょうど明日が三十歳の誕生日。だから、ぜひ招待したいと思ったのです」

 自分でも「説明的な台詞」とか「少し言い訳っぽいかもしれない」とか思いながらも、ピペタの口は回っていた。

「ほう? その友人は『彼女』、つまり女性なのか」

「三十歳の女騎士……。年齢的にも、身分的にも、あなたに相応しいお相手のようですね、ピペタ」

 養父母の顔に、ニヤリとした笑みが浮かぶ。

 ピペタは慌てて、二人の想像をかき消すかのように、顔の前で手をバタバタとさせた。

「父上も母上も、話を飛躍させないでいただきたい。私と彼女とは、そんな関係ではなく……」

「ハッハッハ! そう真面目に考えるな、ピペタ」

「そうですよ。あまり考え過ぎてはいけません。特に男女の仲については……」

 さらにマリアンは、意味ありげに付け加える。

「なるようにしかなりません。逆に言えば、なるようにはなるのです」

「いやはや、参りましたな。別に私は、お二人に嫁候補を紹介するつもりではないので……。お願いですから、ロジーヌ殿の前では、迂闊な発言は控えてくださいよ?」

 この二人がピペタに対して「早く身を固めて欲しい」と思っていることくらい、ピペタだってわかっている。ピペタの年齢的には、もう結婚していても不思議ではないからだ。

 それにフランツもマリアンも、ピペタから見れば『父母』というより『祖父母』の方が相応しいくらいの年齢だ。二人は孤児院のスポンサーだったため、小さい頃からピペタは「フランツおじさん」「マリアンおばさん」と呼んできたが――そう呼ぶように施設の大人たちから言われていたが――、子供同士の間では「フランツおじいさん」「マリアンおばあさん」という呼称を用いていたほどだった。

「もちろん私たちだって、早く孫の顔を見たいという気持ちはありますが……。何も急かすつもりはありませんからね」

「そうだぞ。結婚なんて、いつでも出来る。子供だって、いよいよの場合は、養子縁組という手もある。だから若いうちは、女っ気がないくらいでちょうどいい。今は騎士の職務に励め、ピペタ」

「はい、父上」

 もう自分は、たいして若くもないのだが……。そう思いつつもフランツの言葉に了解の意を示したピペタは、彼の『女っ気がないくらいで』という発言のところで、マリアンがチラッと食堂の隅に目をやったのに気づいていた。

 そう、この屋敷には――今この場には――若い女たちがいる。四人の召使いたちだ。

 雇い主であるマリアンの意味ありげな視線に、彼女たちが少しビクッとしたのも、視界の端でピペタは捉えていた。


 当然ながら召使いたちは、騎士や貴族の生まれではない。

 ロジーヌの話題が出た際にマリアンが「年齢的にも、身分的にも、あなたに相応しいお相手」という言葉を用いたが、その意味では、屋敷の召使いたちは、全く『相応しいお相手』ではなかった。

 通俗的な娯楽小説の中では、庶民のメイドが、雇い主である騎士や貴族に命じられて夜の相手をする場面も出てくるが……。あんなものはフィクションであり、現実にはありえない、とピペタは思う。そもそも、身分の低い――命令を拒めない――女性を手込めにするなど、ピペタの価値観にしてみれば、騎士にあるまじき行為だった。

 もしも女性の側が喜んで受け入れるのであれば、また貴族や騎士の側でも、単なる『一夜の遊び』で終わらせるのではなくメイドを嫁に迎え入れるというのであれば……。その場合に限り、現実に起こっても構わない話なのかもしれない。だが、それもピペト家には当てはまらない状況だ、とピペタは思っている。

 ピペタだって、生まれついての騎士ではなく、元は孤児院の出身。だから召使いたちは彼のことを「同じ庶民のくせに、名門貴族の養子に収まりやがって!」という嫉妬や憎悪の目で見ているのでないか。時々、そんな空気を感じてしまうのだ。

 それに。

 そもそもマリアンは、そんな『間違い』が起こらないように、慎重にメイド選びをしているようだった。

 例えば、今、食堂に控えている四人。どこにあるのかわからぬ小さな点のような目だったり、ぷっくりとした団子鼻だんごっぱなだったり、肉厚すぎる唇だったり、何の特徴も一切ない地味顔だったり……。とにかく、美女や美少女という言葉とは大きくかけ離れた娘たちばかりなのだ。

 ここまで来ると、さすがに偶然とは思えない。あえて魅力的には見えぬ者たちを、選りすぐっているのだろう。

 ただし。

 実はピペタは、あまり外見にこだわらないタイプ。だから頻繁に顔を合わせている内に、不細工な団子鼻だんごっぱなに愛嬌を感じて可愛らしく思えたり、肉厚な唇に独特な色気を感じて女性として意識したりしているのだが……。

 それでも、諸々の事情を鑑みて「間違っても彼女たちに手を出してはならない」と固く誓っているのだった。

 いや、そんな『誓い』などなくても、現在の自分の興味の対象は……。

 ピペタが頭の中で、一人の女性を思い浮かべた瞬間。


「では明日は、例年以上に盛大なパーティーだな!」

「その女性の誕生日だというのなら……。ピペタ、ちゃんとプレゼントは用意してあるのでしょうね?」

 養父母の言葉に、ピペタはハッとする。

「プレゼント……? いやいや、私と彼女とは、そんな関係ではなく……」

 口にしてから、自分でも答えになっていないと気づくピペタ。

 親しかろうと親しくなかろうと、誕生日会という意味も込めて招待する以上、誕生日プレゼントを用意しておくことは不自然ではない。むしろ、礼儀だろう。

「……ああ、そうでしたな。これは、私のミスでした。すっかり忘れていました」

「あらあら、ピペタったら」

「これだからピペタは……。『女っ気がないくらいでちょうどいい』とは言ったが、レディに対して礼を失するのは、騎士として恥ずかしい振る舞いだぞ」

 冗談口調の養父母に、笑われてしまった。

 女性に対しての贈り物と考えると妙に意識してしまうが、誕生日プレゼントと思えば、少しは気がラクだ。明日、仕事の後で、何か買って帰ろう。

 ピペタは、そう決心するのだった。


――――――――――――


 同じ頃。

 同じ王都の別の場所では、本日の祝勝会の真っ最中という屋敷もあった。

 奥まった部屋で、三人の男たちが丸いテーブルを囲んで、酒を酌み交わしている。

 屋敷の主人である初老の男、ダーヴィト・バウムガルト。その息子、ダミアン・バウムガルト。そして、

「ご子息が勝ち抜けて、まずは私も一安心ですよ」

 そう言ってクイっと酒をあおったのは、太い眉が特徴的な中年男。王城の行政府で働く役人、クラトレス・ヴィグラムだった。

 社交辞令などではなく、本当にホッとしたのだろう。今の一口で、彼はグラスの酒を飲み干していた。

「まだまだ一回戦ですからな。うちのダミアンが、こんなところで負けるはずもない」

 ダーヴィトは軽く笑いながら、近くに控えていたメイドに目で合図する。器量の良い一人の娘が、スッとクラトレスの近くに歩み寄り、グラスに酒を注いだ。

 その際、クラトレスにサッと尻を撫でられたのだが、嫌がる素振りは見せずに、黙って微笑みを浮かべている。これも彼女の仕事のうちなのだ。

 一方、そんなクラトレスの手癖には気づかず、

「はい、父上。それにクラトレス人事官も、どうぞ期待していただきたい。必ずや、優勝してみせます」

 胸を張って、勇ましく答えるダミアン。彼の前にも酒の入ったグラスが置かれているが、ダミアンは、舐める程度にしか口をつけていなかった。

「まあ、そうでしょう。ダミアン殿には、何としても優勝してもらわないと困る」

 再び酒を口に運びながら、クラトレスが、何気ない口ぶりで続ける。

「今年の優勝者を、近衛騎士団の空いたポストに……。今まで私が根回ししてきたのが、無駄になってしまいますからな」

 その口調とは裏腹に。

 クラトレスの瞳は、キラリと怪しく輝いていた。

   

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