はーい♡

「恩返しに伺いました♫」


 開いたドアをの先に立っていたのは、ニコニコ顔の少女。


「いらっしゃい」


 私はいつもの様に、家の中に招き入れます。


 女の子の正体は<豆狸>。


 名前は知らないので、豆ちゃんと呼んでいます。


「準備は出来てるから、居間にどうぞ」


「はーい♡」


 居間に入るや否や豆ちゃんは、、テーブル前のいつもの座布団に、ちょこんと座りました。


「いただいても良いですか?」


 お皿に山盛りのクッキーを、豆ちゃんがうれしそうに見詰めます。


 後から部屋に入った私は、反対側の席に腰を降ろしました。


「はい、どうぞ♡」


 笑顔で、クッキーに手を伸ばす豆ちゃん。


 口いっぱいに頬張る事で、今日の恩返しを、始めたのでした。。。


----------


 3ヶ月ほど前、代理恩返しの大役を果たすべく、豆ちゃんは我が家を訪れました。


 具体的に、何をするかまでは考えずに ですが。


 戸惑う豆ちゃんに、私は提案しました。


 恩返しに、クッキーを食べてくれないかと。


 何故なら ちょうどその時、ストレス解消で作り過ぎたものを、持て余していたから。


 同意した豆ちゃんがクッキーを完食して、全ては一件落着!


 …残念ながら、そうは いきませんでした。


 それで恩返しが終わったと、豆ちゃんが、認めてくれなかったから。


 縋るような目に耐えきれず、つい私は言ってしまいます。


 今回と同じ様に、ストレス解消で大量にクッキーを焼いてしまい、困る事があったら連絡するから、食べに来て欲しい と。


 あの日以来私は、豆ちゃんの期待を裏切らない様に、計画的にクッキーを 作り過ぎる様になったのです。。。


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「次は…蜂蜜 入れる?」


 ポットからカップに紅茶を注ぎながら、私は豆ちゃんに尋ねました。


「お願いします」


「豆ちゃんって、ほんと甘党だよねぇ」


「はい♡」


 クッキー完食して 満足そうな豆ちゃんの前に、おかわりの紅茶を差し出します。


「今日もまた、沢山食べてくれたねぇ。」


「美味しかったです!」


 カップに伸びた豆ちゃん手が、途中で止まりました。


「でも…都ねーさま、大丈夫ですか?」


「え?」


「こんなに沢山クッキーを作るぐらい、ストレスが溜まる事が、あったたんですよねぇ…」


 やっぱり気付いてない豆ちゃんに、私は苦笑します。


「…心配してくれて ありがと。」


----------


「─ ねーさま、お願いがあるんですけど。」


 私がテーブルを片付け終わったタイミングを見計らった様に、豆ちゃんは切り出しました。


「宿題を、果たさせて下さい!」


「…宿題?」


「ちゃんとした…恩返しがしたいんです!!」


「クッキー、食べに来てくれてるじゃない。」


 豆ちゃんが、唇を噛みます。


「でも…」


「何か、恩返しの仕方でも 覚えたとか?」


「はい! 紐の編み方を覚えました!!」


「ひ・も?」


「頑張って沢山編みます。それを、里に売りに行って下さい!」


 どの辺に突っ込もうか迷う私に、豆ちゃんは真剣な顔を寄せて来ました。


「エキノコックス紐と言う名はどうでしょう?」


「へ…?」


「紐には、寄生虫の名前をつける決まりなんですよね?」


「─ その決まり、初耳なんだけど」


「真田紐って…ご存知ありませんか!?」


「あれの由来は、戦国武将の<真田>だから。」


「え?!」


----------


「ねーさまー 編ませて下さいー」


 豆ちゃんのつぶらな瞳に、私が勝てる訳がありません。


「じゃあ…そこの客間でも 使う?」


「ありがとうございます!」


 いそいそと、部屋に入る豆ちゃん。


 戸を閉める手を止めて、真面目くさった顔で呟きます。


「私が紐を編んでるところは、決して見てはいけませんよ?」


 お約束のセリフに、吹き出しそうになる私。


 努力して表情を引き締め、言葉を返します。


「はいはい。覗いたりしないから、安心して」


 大きく頷いた豆ちゃんは 満足げに、客間の戸をピシャリと閉めたのでした。。。


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 数時間後。


 客間から、豆ちゃんのすすり泣く声が漏れてきました。


 驚いた私は、戸の直ぐ側まで駆け寄ります。


「豆ちゃん? どうかしたの!?」


「都ねーさま…」


「何?」


「どうして…いつまでも、見に来てくれないんですか!」


 予想外の言葉に、私は困惑しました。


「だって豆ちゃんが… <決して見てはいけない>って言ったし……」


「それだと、私はいつまでも紐を編んでいないと いけないじゃないですか!!」


「…へ?」


「最後は覗かれて『正体を見られたからには、ここにはいられません…』で終わる規則なんです!!!」


 とにかく戸を開けた私に、豆ちゃんが勢い良く抱き着いて来ます。


「ねーさま、酷いです…」


「はいはい。ごめん ごめん」


 泣き止ませ様と、私は背中をさすりました。


「頑張った豆ちゃんには…ご褒美あげる」


「?」


「スペシャルクッキー、作ってあるから」


 鼻をすすりながら、豆ちゃんが私の耳元に口を寄せます。


「─ 私が紐を編むの…ストレスだったですか?」


「…何で??」


「だって ねーさま…クッキーを作るの、ストレス解消のためだって……」


「何言ってるの。豆ちゃんに喜んで欲しくて作ったの」


 私の頬に、小さな唇がキスしました。


「都ねーさま 大好き♡」

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豆狸の恩返し 紀之介 @otnknsk

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