豆狸の恩返し

紀之介

残念ながら

「恩返しに伺いました!」


 開いたドアの向こうには、少女が立っていました。


 閉じないように扉を押さえた都さんが、少女を見下ろします。


「…思い当たる行動を、した覚えがないんだけど?」


「100年ほど、前の話です」


「─ 残念ながら私…そんなに生きてない」


 顔をしかめる都さんを、少女が仰ぎ見ます。


「私の曽祖父が、助けて頂いてます」


「もしかして…うちの曾祖父ちゃんに?」


 頷いた少女と目の高さを合わせようと、都さんは しゃがみ込ました。


「…何で、今頃?」


「私が生まれて…成長するまで居なかったのです」


「?」


「恩返しに伺える、メスが。」


「…は?」


「メスが恩返しに伺うのが…うちの一族の決まりなんだそうです」


 顎を引いて軽く背を反らした都さんは、少女の全身をマジマジと眺めます。


「人じゃないんだ…」


「豆狸です。」


「─ 上手だね…化けるの。。。」


----------


「そんな昔の…曾祖父ちゃんの恩、返して貰わなくても…」


 居間に招き入れた豆狸の少女に、都さんは座布団を勧めました。


「困ります!」


「…何で?」


「受けた恩を返さないなんて、人間の様な事…豆狸には許されません!!」


 座布団にちょこんと正座して、力説する豆狸に、都さんが苦笑します。


「辛辣だね…」


「─ すいません」


 すっかり恐縮した豆狸の前に、都さんは湯呑み茶碗を差し出しました。


「で、どうしてくれるのかな?」


 問い掛けた豆狸の目に、困惑が浮かびます。


「…何をしたら、恩返しになるんでしょうか?」


「─ は?」


 都さんは、自分の茶碗に伸ばしていた手を止めました。


「機でも…織ってみる?」


「私…鶴じゃないんで」


「…まあ、織ると言われても…機がないから無理なんだけどね」


 再び、茶碗に手を動かした都さんのに向かって、豆狸が軽く身を乗り出します。


「サイコロになら…化けられますよ?」


「…『狸賽』、知ってる?」


「<梅鉢>って言われたら…ちゃんと出せます! 5の目」


「─ 残念ながら、それを生かせる場が…ないんだよねぇ」


 豆狸は縋るような目で、茶碗を口に運ぶ都さんの動きを追いました。


「金の茶釜に、化けるというのは…」


「お寺に売られて…タワシで擦られたり、火に かけられても…大丈夫なら、止めない。」


「大丈夫じゃ…ないです。。。」


----------


「豆ちゃんは…」


 俯いて悄げる豆狸に、都さんが尋ねます。


「人間の食べ物とかは…食べられるの?」


 顔を上げずに、豆狸は頷きました。


「…ちょっと、待ってて。」


 立ち上がった都さんは、部屋から出て 大きな瓶を抱えて戻ってきます。


「クッキーとかは…大丈夫?」


 大きく頷いた豆狸に、都さんは提案しました。


「じゃあ、これ食べて。恩返しで!!」


 都さんは、不思議そうな顔をした豆狸に説明します。


「実は…ストレス解消で、クッキー作るのは好きなんだけど…」


「…」


「─ 甘いものが、あんまり食べられないから…持て余してるんだよね、これ。」


 テーブルの上に置かれた クッキーの沢山入った瓶を、豆狸は凝視しました。


「頂いても…宜しいんでしょうか?」


「食べて、食べて!」


----------


「…まさか、アレが全部、お腹の中に収まるとはねぇ」


 都さんは、空になった豆狸のカップに 紅茶を注ぎます。


「中々の大食いだね。豆ちゃん」


 紅茶のポットを手にしたまま、都さんは問い掛けました。


「で、どうだった? 私のクッキー」


「美味しかったです!」


 元気に答える豆狸に、満足の笑顔を見せる都さん。


「─ じゃあ…これで豆ちゃんの恩返しは、無事終了と言う事で。」


「でも…単にクッキーをご馳走になったのを、恩返しと言う訳には…」


 困った様に呟いた豆狸の目を、都さんが覗き込みます。


「ストレス解消で大量にクッキー焼いたら、私 また困ると思うんだ…」


「…」


「─ 連絡するから、豆ちゃん…また来て?」


「え?」


「そうしてくれれば、私も安心してクッキーが作れて…助かるんだし!」


「でも…」


「助かることをしてくれるのが…恩返しでしょう?」


 豆狸は都さんに、遠慮がちに確認しました。


「そんなに、ストレスが溜まる生活…してらっしゃるんですか?」

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