革命の焔

ていたせ

第1話 der erste Angriff

 冷たい水底。どれだけの時間眠りについていただろうか。暗い水底にふいに光が差し込み、姿を持たぬわたしを照らし出した。目覚めよと音のない声が呼びかける。水底にきっと懐かしいものであったガラクタたちを残して、わたしは水面を目指す。光がわたしを包みこむ。


 権限者認証。安全装置解除。拘束解除。

 白い棺桶が開き、熱く焼けた空気が吹き込んだ。

「……! ろ……! 起きろ……!!」

開かれた目に飛び込んだのは、血を流した男の顔だった。男は黒く重いものを棺桶の中に持ち込んだ。右手に生ぬるく硬い感触。

「戦うんだ」

彼の肩越しに銃を持った人影を確認する。脅威。

 私は即座に銃を取り、脅威を撃ち抜いた。握らせられたのはアサルトライフルG36、残弾数28。登録完了。システムが脅威の生命活動停止を冷ややかに告げる。

「ニコール!」

ニコール・ケレンスキー中尉は棺桶の中に突っ伏して動かなかった。すでに呼吸が停止し、全身から力が抜けつつある。

 全身に満ちた発電細胞が目を覚まし、冷えた身体に火を灯す。システム・オールグリーン。FCS異常なし。躯体のキャリブレーション不要。

 拘束されているべき私が叩き起こされたということが何を意味するのか、答えは一つしかない。

 軽装甲車ディンゴ。わずかに開いたドアの隙間から熱い煙が吹き込む。銃声。

 ここはすでに戦場。状況を把握しつつ、脅威を排除する。私は自らに命じ、必要な装備を手にとった。動かなくなったニコールの腰からハンドガンを抜き取り、上着のポケットに押し込む。

 腰を上げた私は、何かがこの装甲車の扉の向こう側にいることを察知した。異様な電磁波を発する人間大の物体は、先程撃ち抜いた脅威と似ている。人間ではない。

 ドアを激しく開け放し、扉の向こうにいたそれに銃弾を叩き込んだ。遅れて視界が脅威を捕捉する。古風な制服に身を包んだ金髪の少女が、無表情で地面に崩れる。

 銃撃がドアの装甲を叩いた。振り返りざまに新たな脅威を撃つ。私は力に任せてドアをもぎ取り、装甲車から飛び降りた。接近するさらなる脅威に向かってドアを振り回し、叩きつける。人型をした脅威の腰部が粉砕される感触をシステムが報告した。

 接近する足音を聴覚が拾い、私は跳躍して装甲車のボンネットを滑った。視界が補足した敵の側頭部を撃ち抜き、もう一体の敵の間合いに飛び込む。急所に打ち込んだ拳は固い触感を知覚した。一歩たじろいだ敵の顔面を銃のストックで殴りつける。顔面を覆っていた樹脂が砕け、人工物が露出する。とどめを撃ち込もうとした隙、新たな脅威が背後に滑り込んだ。

「クソっ!」

羽交い締めにされ、銃を取り落とす。敵の両腕は鉄骨のように硬く、振りほどこうともがくも身動きが取れない。顔面を損傷した敵が銃を拾い、こちらに向けた。赤いアラートが脳裏にけたたましく響き、アクティブ電磁装甲が躍り出て火花を散らした。至近距離からの乱射を電磁装甲が叩き落とし、眼前で銃弾が赤熱する。さばき切れなかった一発が脇腹をかすめ、システムが苦言を漏らした。

 肩を脱臼させ、羽交い締めをすり抜ける。敵の背後に回り込んだ。銃弾が敵の躯体に突き立ち、黒い体液を散らした。重い躯体を盾に、敵の銃を蹴り飛ばした。左手に装着された接続端子を引き出し、無表情の人間型の物体に突き刺す。機械ならばハッキングが可能なはずだ。敵はのしかかった私の首に両手をかけ、ギリギリと締め上げた。万力のような力で、自らのマニュピレーターもきしんでいる。脳への血流が停止し、システムアラートが叫ぶ。

 敵システムの外殻を簡単に貫通した攻性プログラムは、無機質なプログラムからビジュアルデータを探った。誰が命令したのか、お前は何者なのか。異質な敵のプログラムは問いかけには答えない。視覚データを漁ると、いくつもの映像が電脳に流れ込んでくる。一様に同じ制服と同じ金髪、無表情で並ぶモノたち。彼女らは椅子に腰掛けた男の指差す地図を見つめている。アウトバーン、そして隣接する鉄道。椅子に縛られた少女の姿。

 ふいに、映像データが乱れ、電脳の視界が暗くなった。形がないはずの私の手を誰かが掴んでいる、と私は知覚した。視界がゆらぎ、自らの鏡像が映し出される。否――。

 私は手を振りほどき、物理的に接続を遮断した。首を圧迫していた手から力が抜け、バタリとアスファルトの上に人形は横たわった。どうやら自壊プログラムが働いたようだ。だが、必要な情報はすでに得た。

『こちらHRハーエル、司令室応答せよ』

軍の回線に向かって呼びかける。男の声で応答があった。

『こちらKaterカーター司令室。HRハーエル、状況を報告せよ』

『武装集団の襲撃を受け、研究員らが死亡。HRはアウトバーン上の脅威を排除した。次の目的地、ICE車両に向かう』

戦闘システムを司令室と接続し、情報を共有する。過熱した躯体を冷却するため、灰色の上着を脱ぎ去った。脇腹の傷は浅い。すぐに再生が始まる。

 視線の先の線路上、止まるはずのないICE車両が停止している。私は負傷者を置き去りにしてアスファルトを蹴った。路肩爆弾の激しい爆発によってめくれ上がり、岩のように突き立った舗装を飛び越えて加速する。爆弾を踏み抜いた車両は真っ二つになって激しい炎を上げていた。人間の一部であったものが転がっている。乗員に生存者なし。私は振り返らない。

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