第10話特殊な脳を持つ人達ー触れた相手の近況を読み取る青年

 彼は触れた相手の昨日の出来事を、瞬時に読み取ってしまう。

 こんな力、望んでる“誰か”に授けてくれればいいのにと。大学の退屈な講義に耳を傾けながら、横代海斗よこだいかいとは小さなため息を漏らした。



 他人の昨日。普通の人ならば、もしかすると興味を持つかもしれない。

 気になる異性の昨日を覗くだけで、今の恋が成就してくれそうか瞬時に分かるだろう。八つ当たりしてくるあの先輩の昨日を覗けば、彼の理不尽な態度の理由がわかるかもしれない。

 喉から手が出るほどにこの能力を欲する人間は、恐らく世界中に数えきれないくらいいるというのに。


―売れるもんなら売っちまいたいよ、こんな能力。5億円くらいで。


海斗はこの能力に惑わされて、今日まで生きてきた。




 海斗がこの能力に目覚めたのは、小学校高学年。いわゆる思春期真っ盛りの時だった。この頃は将来に夢と希望を抱いた、ただのわんぱく小僧。野原でカエルを取って悲鳴を上げる女子を追いかけたり、下校時ふざけすぎて田んぼに落ちて親と田んぼの地主からこっぴどく叱られるような少年だった。


 能力の開花は、ある日突然。何の前触れもない、繰り返してきた日常の中で起こった。

 学校で昼休みに友達と鬼ごっこをしていて、鬼だった海斗が逃げていく友達の背中に触れた瞬間。海斗の脳の中を触れた友人の昨日の出来事が走馬灯のように流れてきたのだ。それは時間にして数十秒だったと思うが、初めて海斗がそれを見た時は、映像が流れていく時間がとてもゆっくりに感じたのを、大学生になった今でも覚えている。

 最初こそ何があったのかよくわからず、ポカンとしていた。だが海斗のメンタルはその程度で折れるようなものではなかった。


―スゲェ!超おもしれーじゃん!


他人の昨日を覗くことに、しばらくハマった瞬間だった。




 だが年齢を重ねていくうちに、友達の日常はどんどん複雑化していった。思春期とは、人生の中でも大いに多感な時期だ。触れた友人の昨日は、塾だらけで帰宅が24時を回っていた人もいれば、初めてできた彼女とそう言ったホテルに行って大人の真似事をしてみたりと、海斗の知らない世界が相手に触れただけで待ったなしに脳内に流れ込んでくる。

 最初こそ面白がっていた能力だが、面白いどころか胃もたれしてしまうような濃密な時間の流れに、嫌気がさすのも早かった。


 海斗はこの能力を手にして数年後には、できるだけ他人に自ら触れないようになった。相手から触れられる分には、相手の昨日は見えないから問題はない。だが自ら安易に相手に触れてしまうと、見たくもない相手の昨日の出来事が見えてしまう。それは親や姉だって例外ではない。親だから、姉だからこそ、見たくないのだ。



 海斗は彼女という存在が絶えたことがない。いわゆるイケメンと言われる顔立ちだからだろう、非常にモテる。だが自ら相手に触れることはないため、長続きもしない。手をつながない、キスもしない。それ以上の関係になんてなる気配が全くない海斗に、女性の方が嫌気がさしてしまうのがいつものパターン。

 これを改善しようという気持ちには全くならず、来る者は拒まず去る者は追わず。これが海斗のスタンスである。


 他人とはある程度以上の距離を保つ。男女関わらず、それを一貫している。友人を信用していないというわけではないが、心底信じ込んでしまうのは危ない。

 口で言う昨日と、過ごした昨日は、絶対的にイコールではない。相手の言っていることは、昨日の行動と今の言葉が結びつかないことが多々ある。

 それが記憶違いなのか嘘なのかわからないが、それに自分の感情を左右されることに海斗の心は疲弊していた。




 秋。同じクラスの友人から、声がかかった。

「海斗、今彼女いる?」

痩せ型でさわやかなこいつも、かなりのモテ男だ。

「いや。夏休みバイトばっかしてたらフラれた」

「ははは。お前らしいな!」

「褒めるなよ」

海斗が一番心を許している友人。本音はもちろん、こうやってフランクに冗談も言い合える、数少ない親友である。

「お前に紹介したい女の子が居るんだよ」

「…えぇ~」

海斗は眉間にしわを寄せて、自分の隣の席に座った友人に怪訝そうな眼差しを向ける。彼が誰かを紹介するなんて、今までなかった。他の人からの紹介ならば即座に断っているが、彼からの話だから門前払いにするわけにもいかない。

 自分がどういう人間なのかを、多分彼は知っている。知っている上でこの話を持ち掛けてきているのだから、ただの冷やかしではないのだろう。

「そんな顔すんなって!いい子だよ!背が小さくて、絵に描いたような“女の子”って感じでさ」

「お前の知り合い?」

「幼馴染。親同士が仲良くってね。その子もあまりにも彼氏作らないし、男の人が苦手みたいなこと言ってからか、それなら超淡白な海斗を紹介しようと思って」

「男の人が苦手って割りにはお前と話してるんだね」

「子どもの頃からの付き合いだから」

「そうか。男として見られてないのか」

「そうだよウルセェな!」

そう言いあって、二人ともケラケラ笑った。

「付き合うかどうかは分かんないぞ?」

「そりゃそうさ。とりあえず紹介したいんだよ」

友人からの輝く眼差しに、海斗は折れてため息をついた。

「…分かった」

「さすが海斗くん!」

友人のそれに海斗は苦く笑い、相手の連絡先を教えてもらった。


 講義が終わり、バイトに行く前に少し友人と話をして別れる際。

「健闘を祈る!!」

まるで自分が女を紹介してくれとせがんだような雰囲気になっていて、内心海斗は若干困惑しつつも「ありがとな」返事をして彼と別れた。




 バイトが終わってアパートに帰り着いたのは、23時前。大学進学を機に、海斗はアパートを借りて一人暮らしをしている。部屋に帰れば誰も居ない無の空間が彼を出迎える。それが海斗にとってはとてつもなく心地よい。


 バイト先の居酒屋で、夕食の賄いを食べてきた。ワンルームのアパートのベッドと机の間の定位置に座って、ようやく海斗の一日が終わる。長い一日だった。疲れてため息が出る。もう少ししたらシャワーを浴びてさっさと寝ようと思ったが、スマホの息の根が止まりそうなのを思い出してしぶしぶ充電することにした。

 この位置に座れば、座っているだけである程度のものが手を伸ばせば入手できる構造だ。もともと家具が少なく、最低限度のものしか置いていないから、部屋自体は狭いはずなのに、なぜか広く感じる。

 スマホの充電器も手を伸ばし、コンセントから伸びた延長コードの先のコンセントのスイッチを入れた。


 スマホの充電を開始して、とりあえず溜まったラインに既読を付ける。

 海斗は基本的にラインの返事をしない。既読は「読みましたよ」という証拠だ。読めば内容が伝わるから、むやみに相手とやり取りする必要はないというのが海斗の自分ルール。

 女子からは不評ではあるが、不評だからと言って改善する気は毛頭ない。

 今日も順調に既読を付けていく中で、見覚えのない着物の女性の後ろ姿のアイコンが目に飛び込んできた。名前はスズ。「初めまして、加賀美かがみスズです。小野礼おのれいから横代さんを紹介してもらって…」と内容が続いている。

 小野礼は、女を紹介すると話を吹っかけてきた親友の名前だ。紹介された女の子には自分から連絡しようと思っていたから、先を越されて連絡が来ていて海斗は内心少し焦った。

 自己紹介は苦手だ。どうすればいいかわからないと思いながらも、スズからのラインを開ける。

『初めまして、加賀美スズです。小野礼から横代さんを紹介してもらって…。ラインさせてもらいました。もしよろしければ、少しお話したいです。よろしくお願いします』

女の子から送られてくるラインは、ほとんど絵文字が入っていて、終いにはスタンプまでついていることが多い。色が多いラインは読む気にもならない派だが、スズからのラインは文字のみだった。

『初めまして。返事が遅れてすみません。横代海斗です。あまりラインの返信はマメではありませんが、よろしくお願いします』

スズに返信をして、海斗はシャワーを浴びに行った。


 このラインもそう長く続かない。

 どうせそのうち終わって、いつの間にか自分の連絡先リストからもスズのアイコンが消えてるんだろう。

 異性に興味がないわけではないが、がっつくほど飢えてるわけでもない。

 熱いシャワーを浴びて、自分の中に渦巻く何とも言えない濁りのある感情に蓋をして、先ほどまで座っていた定位置に腰を下ろした。

 首からかけたタオルで頭を拭いてテレビをつけてスマホに視線を落とすと、ラインが入っていることを示す明かりが点滅していて。もしやと思いラインを開くと、スズから返信が入っていた。

『私もあまりマメな方じゃないので、時間がある時に返信してくれれば大丈夫です。』

女性は永遠にラインをやっていられると、誰かがどこかで言っていた。しかも返信が秒で入ることも海斗は身に染みて知っている。スズからの返信はつい先ほど。おそらく海斗がシャワーを終えてこの場所に腰を下ろすほんの僅か数十秒前だった時間だ。

『そうなんですね。こんな遅い時間に起きてて大丈夫ですか?』

文字のみで交わす女性とのラインは、海斗にとって新鮮だった。海斗が返信すると、今度は30分後に返信が来た。

『夜仕事が入ることが多いので、この時間は起きてます』

スズは何らかの仕事をしているらしい。深夜業務ということは専門職なのだろうか。

『深夜に仕事してるんですね。すごいな!失礼かもしれないけど、年齢聞いてもいいですか?』

仕事をしているのであれば、もしかすると年上なのかもしれない。別に相手の年齢に気持ちが左右される体質ではないが、あまりにも年齢が離れすぎていると海斗だってやりづらい。

『16です』

返信は早かったが、文章も短い。女の子でこの長さの文章は、大体怒っている時だと相場は決まっている。

『怒らせちゃったかな…。ごめんなさい。俺は21です』

『怒ってないですよ。絵文字入れるのが面倒なだけです』

スズの返信は必要最低限のことしか書かれていない。それは海斗の心の中に自然tと溶け込むものだった。

『面倒wかしかにw仕事って何してるんですか?』

『学校とか企業の夜間パトロールの仕事をしています。』

『セコムみたいな?』

『違います』

『違うのか。どんな仕事なんですか?』

『平たく言えば霊媒師みたいなことをしてます。命がいくつあっても足りません』

霊媒師なんて本当にいるのかと、疑わざるを得ない。海斗は幽霊を信じない人間である。

『どうしてそんな仕事を?ご両親は反対しないの?』

16歳の女の子が夜中に仕事。しかも職業が霊媒師だなんて。冗談みたいな話だし、これはおそらく作り話だろう。でも相手からぼろが出てそれをついてみるのも面白いではないか。

『両親は反対してません。私の職業はかなり儲かるので。私の仕事について礼さんから何も聞いてないですか?』

『なにも。男の人が苦手ってことくらいしか』

『礼さん、そんなこと言ってましたか。私が男の人を苦手と思ってるんじゃなくて、男の人が私を苦手に感じる人が多いんです。愛想も良くないし、ラインも文字だけだし。明日も礼さんに会うなら、「使えない」とお伝えください』

『わかりましたw伝えときますww俺はこれからもあなたとやり取りしていきたいと思ってるんですが、あなたは迷惑じゃないですか?』

『返信の時間にばらつきがありますが、それでよければ』

『よかった。何て呼べばいいですか?あと敬語辞めません?』

『スズと呼んでくれれば。私は年下なので敬語を抜くのには時間がかかりますが、敬語なしにしていく方向で大丈夫です』

『よかった。じゃあ敬語は徐々になしにしていきましょう。俺のことは海斗って呼び捨てにしてくれていいから。好きなように呼んで』

『わかりました。おやすみなさい、海斗さん』

『また明日ね』

スズへの印象は、海斗の中ではとてもよかった。

 久しぶりに楽しいラインができたと、海斗は表情筋を緩ませたまま、ベッドに横になった。



 あの日以来、海斗とスズはラインのやり取りを重ねてきた。ラインするにしたがって、海斗の中には今までにはあまり感じてこなかった感情も芽生えてきていて。

 ラインを開始して1か月が経つ頃、二人は会う約束をした。

 思いのほか家が近くにあり、お互いの家の中間地点である喫茶店で待ち合わせをした。


 先に店に入ったのは海斗だった。スズが来ていないことを確認して、窓辺の二人掛けの席を取ってラインを送る。

『今着いた。外から見える場所に座ってる』

するとスズからすぐに返信が来た。

『了解です』

相変わらず味もそっけもない文字だけのやり取りで、文章もお互いとても短い。

 ラインでのスズの印象は、とてもしっかりしていてどこか男勝りなところがあるように感じていた。


 デートの待ち合わせなんて、何度もやってるのに。海斗は珍しく緊張していた。ソワソワしながら待つこと数分。

 喫茶店のドアが開いて、小柄な女性が入店してきた。それと同時に海斗のスマホが唸る。

『入店しました』

海斗の目に映るスズは、小柄で色が白くて髪の長い、かわいらしい印象の女性だった。

「スズちゃん」

声を上げると彼女がこちらを振りむく。小さく手招きするとわずかに会釈をして、こちらに歩いてきた。

「はじめまして。加賀美スズです」

16歳にしては身長が小さく、声も高い。

「はじめまして。横代海斗です」

にこりと微笑んで、海斗も自己紹介をした。


 二人ともにコーヒーを頼み、少し沈黙した後にスズが口を開いた。

「海斗さん、普通の人じゃないですね」

彼女の目の輝きの鋭さに、海斗は釘付けになる。

「どうしてわかったの?」

スズの視線は海斗からぶれない。

「私も普通じゃないからです」

彼女のそれを聞いて、海斗は小さく笑った。

「そうだね。俺は自分が触れた相手の昨日を見る能力がある。おかしな能力だろ?全く使えない」

このくだらない能力と、本当はおさらばしたいんだ。そんな本音を、スズの眼力がねじ伏せる。

「では私には触れない方がいいですね。私、昨日仕事してきたので」

彼女はさらりとそう告げて、コーヒーカップに口を付けた。

「霊媒師の仕事ってすごいの?」

「昨日は人間にとりついた霊の除霊を行ったので。普段のパトロールだったらただ怖いくらいで済むだろうけど、昨日は除霊相手が暴れたし怪我もしたし、終いにはかなり派手に嘔吐までしてくれたので。仮にも見て良い気持ちになるものではないです」

スズは昨日の仕事を思い返して眉間にしわを寄せ、海斗の方に視線を向けた。


「ねぇ。それ、みていい?」


海斗の目は、ギラギラしていて。あまり他人に恐怖心を感じないスズの背筋に、冷たい何かが走り抜けていく。

 この人は普通ではない。能力的な面だけでなく、趣味趣向も。スズはそう感じて、海斗を自宅に案内した。


 スズの自宅はごく一般的な家庭のように見える。両親は仕事でおらず、スズも学校に行っていない。

 そんな話は今の海斗にはどうだっていい話なのだ。彼女の見たものが見たい。今すぐにでも!!!自然と荒くなる鼻息と、全身に駆け巡る期待を含んだ熱い血。スズは海斗を自室へ通して、向かい合わせに座った。

「貴方の能力はきっと明るみに出てはならないものです。私的な使用は禁ずる類のものではありませんが、他人の生きざまに口出しはしない方がいいですよ」

「わかったから早く…!!!」

スズの声なんて、今の海斗の耳にはきっと入っていない。スズは小さく息をついて、彼に手を指し伸ばした。海斗は興奮で汗ばんだままの手を拭うことさえも忘れ、スズから差し出された小さな手をゆっくりと握った。



 海斗の脳内に流れてきなもの。

 それは昨日のスズの一日。

 起床してからの日常は、普通の人と変わらないもの。

 しかし夜になると、先ほどスズが言っていたことが、鮮明に海斗の脳内に再生され始めた。

 相手は海斗と同じくらいの年齢の男性。悪霊払いをする現場は、恐らくどこかの神社だろう。それよりも海斗の目を奪ったのは、彼が除霊されていく様だった。彼は大いに暴れ、スズの腕に噛みつき、スズの腕からは歯型に血が浮き上がる。スズの表情が苦痛にゆがむ。彼は部屋中をのたうち回るように暴れ回り、彼の中の霊は苦しみに耐えながらしぶとく人間の体を乗っ取り続けている。男性の表情は、この世のものとは到底思えないような野獣のようなそれへと変貌し、全身の穴という穴から体にある水分や不要物が垂れ流し状態になってきて。男性は派手に嘔吐し、スズの除霊はその後なんとか完了した。



 こんなものを見て、彼は何を思うのだろうか。

 目の前で自分の手を握って目をつむっている青年に、スズは心の中で疑問ばかりが浮かんでは消えていく。

 海斗はゆっくりと目を開ける。グロテスクな現場だっただけに、彼の体調を心配したのもつかの間。

「スズちゃん。俺と付き合ってくれますか?」

まさかの一言が海斗の口から飛び出してきた。

「なんでですか」

グロテスクなものを見たいのであれば、ネット検索でいくらでも出てくるだろうに。

「まずラインをやってる時からスズちゃんが好きだった。次に喫茶店で君を見た時、好みドストライクだった。話しててもぶりっこしてる感じも全くなかったし、すごく楽しかった」

先ほどまでギラギラしていた海斗の目が、嘘のように穏やかになっている。

「そして、今見せてもらったスズちゃんの昨日。嘘偽りないものだった。素晴らしかった。今話したことをすべてひっくるめて、君の傍にいたい。君のことも、君の職業も、俺の好みドンピシャだ」

海斗の言っていることは若干理解に苦しむ点があるものの、彼の気持ちに嘘はないということはスズにも伝わった。

「…私の仕事内容で興奮する人間がいることは知っていたけれど、まさか目の前に現れるとは思ってなかった。貴方は私が怖くないの?」

彼女の言葉に、海斗はゆっくりと横に首を振った。

「怖くないよ。素晴らしい仕事だ。俺にはできない。君の仕事を間近で見たいとさえ思ってしまっているくらい、君の仕事に興味がある。もちろん仕事抜きにしても、スズちゃんはとても魅力的だし。どうだろう?」

海斗の申し出に、スズは一瞬戸惑った。交際歴のないスズにとって、海斗からのそれは生まれて初めてのものだったからだ。

「こんな時なんて言えばいいのか、わからないけれど…。私の仕事にも理解を示してくれるみたいだし、私でよければ」

うつむき加減に小声でスズは返事をして、海斗とスズの交際はスタートした。





 それから数年後。

 海斗が大学を卒業して就職し、仕事が安定したタイミングで二人は結婚した。

 子どもは作らない予定だ。


 スズは仕事にやりがいを感じている。

 妊娠すると子どもに影響が出てしまう可能性があるため、仕事をしていく以上は子どもは望まない。

 海斗はとてもいい夫だ。

 仕事もバリバリこなし、できるだけ早く家に帰ってきて、家事を手伝ってくれる。

 それに海斗と結婚している以上、妊娠の可能性はかなり低い。

 彼はスズの昨日の仕事内容を彼女の体の一部に触れて脳内で覗き見るだけで、勝手にエクスタシーに浸ってくれるから。


「礼!ありがとな!すっごくいい人を紹介してくれて!超幸せだよ!」


 結婚式で海斗は礼にこう言葉をかけた。

 とびきりの笑顔で。


「お似合いだよ!よかったな!!」


 海斗の異常な思考も、礼はなんとなく知っていた。

 だからスズを紹介した。




 礼は二人の結婚式から帰宅し、自宅のソファーにドスンと腰を下ろして心地よい疲労感に浸った。


―これで少し楽になる


テーブルの上に置かれたパソコンを開き、彼は上司にメールを送信した。

『ターゲット、無事結婚しました。これで管理が楽になります』

上司からの返信はものの数秒であり、そこには短く『了解。よくやった』とだけ書いてあった。


 礼の仕事。

 それは特殊な能力を持つ人間を監視する、特殊能力者監視員。

 スズは礼が長く担当している少女であり、海斗は礼が見つけた野放し状態の特殊能力者だった。

 二人の管理を任され、深夜に動くスズを追いながら海斗の行動を監視するのは体力的にも辛かったため、二人の性格や特性を生かして結婚へと導いた。


 パソコン画面には、スズの家の随所に置かれた監視カメラからのライブ映像と、スズと海斗の体内に埋め込まれたGPS内蔵の小型チップから届く心拍数などの身体的な情報が流れ続けている。


「妙なことをしてくれるなよ。問題行動を起こしてしまうと、このボタンを押さなきゃならないからな」


 礼の手の中には、小さなプッシュ式のボタン。

 これは二人それぞれの体内に埋め込まれたチップと連動しており、ボタンを押すだけで二人ともに“変死”する。


 二人とも礼のことは、縁を取り持ってくれた友人と思っている。

 礼だって二人のことは、大切な友人だと思っている。






 表面上では。







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