第11話特殊な脳を持つ人達ー特定の人物の居場所を探る少女
葵は普段、有名私立学園内の幼稚園に通園していて、現在年中組に在籍。園の人気は非常に高く、一学年3クラスの定員は常にパンパンの状態。クラスメイトには誰もが知っている有名人夫婦の子どもや、裏世界で名を馳せている組長の孫などが大半を占めている。
中には葵同様に特殊な能力を持つ子どももいるが、その能力持っている本人が能力について口に出すことは大人から固く禁じられている為、その話にはならない。
一般家庭の子どもは、この園にはいない。エスカレーター式で進学が可能で、大体中学卒業までは全員一緒に進学していくことが多い。
葵の両親は今は一般人として生活しているが、時期が来れば父親が今祖父が運営している超有名な会社を引き継ぐ次期社長。
教育、食育面に力を入れており、いわゆる普通の幼稚園では教えないであろう礼儀作法なども、しっかりと園で教え込まれる。
葵の能力は、まだしゃべることができない段階で開花していた。おそらく先天的なものだろう。御波家はそういった能力者が出たことはなかったが、この能力は神様からの贈り物として受け止め、大いに歓迎した。
警察の機関に出入りするようになったきっかけは、葵が生後半年を過ぎた頃。母親の友人の警察官が家に遊びに来た際、発覚した。葵の母親は元エリート警察官で友人は同じ部署にいた同期。二人で少し仕事の話をしていて、行方不明者リストと地図を広げた時、葵が不明者リストの顔写真を見て地図の特定の位置を指さしたことがすべての始まりである。
大人たちは最初こそ葵のやっていることはただの戯れだと思っていたが、数日後葵が指さした人物の遺体が、葵が指さした場所から発見されたことによって、彼女の能力は警察の水面下で徐々に広まり始めて今に至る。
葵が捜査に加わることで、未解決だった行方不明事件が少しずつ解消され始めている。今までお蔵入りになっていた失踪事件はもちろん、新たに発生した失踪や誘拐の事件にも彼女の能力は存分に活かされており、彼女の存在は事件解決にはなくてはならない力となっていることは言うまでもない。
そして葵の能力は少しずつ大きく開花し始めており、検知した失踪者の居場所だけでなく、どのような状態であるかも昨今は言い当て始めている。
生きているか死んでいるかは別として、捜査対象の体の状態も見通すことが可能になり、「こうやって寝てる」「箱みたいのに座って入ってる」といった具合に捜査をする上で非常に役立つ情報を告げることが多い。
葵は警察が好きだ。母親の知り合いがたくさんいる場所であり、ここに来れば大人たちは全員自分のことを可愛がってくれる。
部屋に入った瞬間は大人たちの鋭い視線が突き刺さってくるが、自分を見るとみんな笑顔になってもてはやしてくれて、抱っこしてくれたり一緒におやつを食べたり、お絵かきをすればみんな褒めてくれる。幼稚園で習った歌を歌えば拍手してくれるし、今日あったことを話すとみんな話を聞いてくれる。葵にとって警察は、自分を歓迎してくれる優しいオジサン集団といったところだ。
葵が捜査に加わることで行方不明の対象は格段に発見が早くなったが、行方不明者を発見してもすぐさまメディアで報道されない。そこには色々な事情がある。
生きて発見された場合は報道陣への情報公開も早い。しかし死亡した状態で発見された場合は、身元確認を済ませない限りは公表は避けたい案件もある。遺体の腐敗は、季節や環境によって速さが異なってしまう。場合によっては遺体の身元割り出しはもちろん死因の特定も難しくなってしまっている状態であることもあるため、行方不明者が遺体で発見された場合は発見公表に時間がかかってしまうことがある。
今回の捜査も、葵の手を借りることで行方不明者を迅速に発見する狙いがある。不明者名は
認知症ということで、遠くに行くことはないだろうと周辺をくまなく探してみたが、対象者の発見には至らず。聞き込み調査と並行して、事件や事故に巻き込まれた可能性も視野に入れた捜査を行っていたが、全く足取りをつかむことができずに葵を招集した。
捜査委員が集まる殺伐とした空気の蔓延する会議室に葵が入ってくると、空気がふわっと軽くなった。
「こんにちは!」
葵は今日も元気だ。
「こんにちは、葵ちゃん」
彼女の笑顔に、研ぎ澄まされたナイフのように尖り切っていた捜査官たちの目尻が垂れる。
「葵ねぇ、今日も幼稚園だったんだよ!」
「そうなの?今日は何したの?」
「今日はねぇ、みんなでよーいどんしたの!」
「あらいいねぇ~」
鬼のよう捜査官たちの声が、葵につられて高くなる。
それを見て葵の母親は少しほっとしたように微笑んで、勤めていたころの後輩から捜査状況などの情報を確認する。
ひとしきり遊び、葵がいつもの席に座った。いつも一番偉い人の席に座るのが、葵のお気に入りだ。
「葵ちゃん、このおじいちゃんなんだけどね」
失踪者の写真を見せて、彼女の前に自宅周辺の地図を広げた。
「この地図のどこにいるかわかる?」
捜査官からの声掛けで、葵は老人の写真を見てすぐに地図に視線を映して。
「この中には居ないよ!」
すぐに答えを出した。
大人たちは顔を合わせて、もう少し広い範囲の地図を再度彼女の前に広げた。
「この中には居ないよ!」
葵は先ほど同様に、即座に答えを出した。
地図は徐々に広くなっていき、行方不明者が住んでいる隣県を含めるような大雑把な地図になり、終いには本州の半分がすっぽりと収まるくらいまで地図が拡大して。
「ここにいるよ!」
葵が指さした場所は、陸と海の間。失踪者が暮らしていた県のからかなり離れた場所である。
「ここの広いお砂場に電気が来るクルクルするサンタさんが入れそうな大きな煙突があってね、床の下の部屋に居るよ!」
捜査官たちの手が一斉に動き始める。
「おじいちゃん、どんな格好でどうなってる?」
捜査官の問いかけに対して、葵がうーんと唸り声をあげた。
「んーとね、今は白くなってるよ!」
葵のこの表現は、捜査対象者の死亡と対象者の白骨化を意味している。
「どこが白くなってるのかな?」
「全部だよ!」
葵はおそらく対象者が死亡していることや、人間が白骨化しているという事実をまだ正しく把握しきれていない。その証拠に、どこか楽しそうに葵にしか把握できない今の対象者の状態を大人たちに告げている。
「白くなっててね、粉になってるよ!お洋服はビリビリになっててね、その辺に落ちてるの!」
―白くなってて粉になってる…?!
何らかの事故に遭遇して死亡した場合、骨はそうそう粉になんてなったりしない。一気に事件の香りが立ち込めてきた。
「お部屋の中に、大きな包丁みたいなのが何個かあるよ!それでね、白い粉はお山になってて、そうじゃないところは透明な水筒に入って天井から落ちてきて止まってる」
「そうじゃないところってどんなのかな?」
「お絵描きしてあげるね!」
葵はそう言って、捜査官から手渡された画用紙とクレヨンを使って、楽しそうに絵を描き始めた。
その絵を見て、大人たちは息をのんだ。
天井から吊るされていたのは、容器の中でホルマリン漬けになった眼球や脳、内臓など人体を解体して出てきたであろうもの部位が天井からつるされている様子だった。
「おじいちゃんじゃない人もここに居るよ!」
失踪者と別の誰か。おそらくその人間が何か事情を知っているのではないだろうか。葵から提供された情報をもとに捜査を進めると、やはりその先には殺人犯が潜伏していて、今回の失踪事件はバラバラ殺人事件として処理された。
葵の言っていたことは全て見たものをそのまま言っていたのだと、現場に入った捜査官たちはひしひしと感じた。
浜辺の灯台。隠された地下室。人体を解体し、ホルマリン漬けにして眺めていた殺人犯。臓器以外の肉は放置され、腐敗し異臭を放ち、骨だけになって犯人の手によって機械を通して骨を粉のように細かく粉砕されて部屋の片隅に山積みにされていた。
今回の一件は幼い葵の精神にも堪えただろうと、母親は葵に話を持ち掛けた。
「葵、あんまり怖い現場だったら詳しくお話ししなくても大丈夫だからね」
すると葵は、自分の背丈に合わせてかがんだ母の頬を両手で包み込み、にこりと笑った。
「大丈夫だよ、ママ!葵ね、血だらけもぐちゃぐちゃも、もう見慣れてるから!見ても何とも思わないよ!」
ああ。この子はずっと見てきたのか。と、母親はこの時初めて葵をこの仕事に関わらせたことを後悔したのだった。
葵は幼少期からこの能力を発揮している。ということは、赤ちゃんの時から、大人に問われる度に、様々な形でこの世を去った遺体の状態を見てきたということだ。捜査に関わり始めて、もう軽く4年過ぎている。子どもの4年と大人の4年とではわけが違う。
「葵は大きくなったら警察さんになって、みんなの役に立つんだよ!」
無邪気に笑う葵を見て、母親は胸が締め付けられる思いがした。
数十年後。
葵は無事警察官になった。
子どものころから通っていた部署に勤め始め、様々な事件解決に力を使い、事件解決のきっかけをいくつも引き寄せたのは言うまでもない。
そして
葵は
ある日突然、若くして命を絶った。
彼女はいつしか、“死”そのものに対する恐怖心をなくしてしまっていた。
自殺した彼女の自室から、ほんのひとこと書かれたメモが見つかった。
『私の後継者が出てきたので、私は遺体となります』
彼女の後継者。現段階でその可能性があるのは、葵が先日生んだ息子の
そして平治も、後に葵と同じ道をたどることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます