第3話特殊な目を持つ人達ー人間に化けているモノを見破る女性


 小田和美おだかずみは、いわゆるどこにでもいるおばさんだ。年齢は40代後半で、おしりやおなかにもそれなりに肉が付き、顔に徐々に出てきたしわとシミが目立ち始めたことを最近とても気にしている。

 良くも悪くも歳相応。白髪もあるし、染める気力も時間もない。旦那の稼ぎが特に良いわけでもなく、和美は平日の日中スーパーのレジ打ちのパートに明け暮れている。

 友達も、そう多くない。お茶をしに行く友人が数名居るくらいだ。学生時代の友人は、今どこで何をしているのか気がつけばわからなくなっていた。

 高校生の息子が2人。食べ盛り伸び盛り、青春真っ盛り。彼女がどうの、部活がどうだ、バイトをどうすると、年子の兄弟は仲良く毎日話していて、たまに殴り合いのけんかをしている。

 どこにでもある、ありふれた家庭。幸せといえばそうなのかもしれないが、唯一不満があるとすれば、もう少し金銭的にゆとりのある生活がしたいという点だろうか。毎月来る金欠。貯まらない貯金と飛んでいく万札。今月はなんとか赤字を免れたという月の方が、実は一年の中では少なかったりしている。

 パートとして働いてはいるものの、その給料の大半は息子たちの学費や教材費諸々に消えていき、自分の手元に残るのは、月々のガソリン代とちょっとしたお小遣いのみ。服なんて何年も買っていない気がする。貧乏ではない。でも裕福でもない。その点だけが、和美は不満だった。



 自分はどこにでもいる、大勢の中の一人。それは和美も自負している。しかし、和美は大勢の人が持ち合わせていないであろう、たった一つの奇妙な能力を持っている。

 それは、“人間”と“人間ではない何か”と“この時代の人間ではない人間”を見分けることのできる能力だ。

 使いようのないこの能力を、和美は生まれながらにして持っていた。子どもの頃、神社で見かけた人間に化けているキツネ。彼は宮司の格好をしていた。和美と目があった瞬間、彼は一瞬だけ狼狽したがすぐに口元に指を添えて「しー」っと言った。そうかこれは内緒にしなかればならないことなのかと、和美は子どもながらに思い、キツネに宮司のそれを見てなんとなく頷いた。

 それ以降も、色々な“人間ではない何か”を見てきた。友達と電車で出向いた街中では、恐らく妖怪の類が人間に化けているのを見た。成人して就職した先の上司は、人間の格好をしたタヌキだった。結婚して子どもが小学生になって始めた今のスーパーでのレジ打ちをしていると、たまに現代ではない恐らく未来からやってきているであろう人間を見かけたこともある。

 だからどうした、という能力なのだ。人間ではないものが人間に化けていることを見抜いたところで、何の役にも立たない。和美はこの能力に、慣れてしまっていたのだ。




 夏場、家族でよく心霊やオカルト番組を見る。ちょうどいい時間帯に放送していなくても、次男が知らないうちにどこぞのテレビ番組を録画していて、夕食後に1時間くらい家族でそれを見るのが夏の日課になっている。

 番組の種類はいろいろだ。心霊写真を主に取り扱う番組もあれば、いわくつきの心霊スポットに芸能人が出向いていくような危険な番組もある。そうかと思えば未確認生物の番組だったり、宇宙人の話であったり。ホラーやオカルトであれば、この家は雑食なのだ。


 お盆も過ぎたある日の夜。いつもの流れで、夕食後に次男が録画していたオカルト番組を再生し始めた。旦那と長男はソファでくつろぎながらテレビを眺めていて、次男はフローリングに床に横になり、和美はテーブルの近くに座って番組を眺め始めた。

 その日の番組は、『人ならざる人が現代の世の中にはたくさん紛れ込んでいる!』といった内容で、証拠映像やオカルト研究家が映像について熱弁している。

「ほんとにいるのかね、こんなの」

長男が小さく鼻で笑いながら、テレビを見て悪態をつく。

「さぁ。見たことないし」

次男はいつも当たり障りないことしか言わない。

「合成じゃないの?最近は映像をどうにかする技術も上がってきてるし」

旦那も今日の番組にはあまり興味がないように思える。

「もしいるって証明できたら、どうなるんだろ?」

何の気なしに、和美は長男に投げかけた。

「そりゃ大儲けできるんじゃね?今はSNSもあるし、バズったら取材とかの話もあるだろうし。よくわかんないけど」

“SNSでバズる”の意味はよくわからないが、とりあえず有名になれればお金が入るかもしれないということなのだろう。

「へぇ」ととりあえずの返事だけして、和美は流れているテレビ番組に視線を向け直した。




 今時老人でさえ数多くの人が、それなりにネット社会に溶け込んでいる。中でも自分のつぶやきを投稿するSNSは、使用している年齢層も幅が広くて、ユーザー数も世界規模だ。和美もそのSNSのアカウントを、すでに所持している。何かに使うかもしれないと取得したアカウントだが、これといった収穫があるわけではない。一日数回SNSを開き、フォローしている人がリツイートした可愛い動物の動画を眺めて荒んだ心を癒している程度だ。

 そのアカウントは別に、新しいアカウントを作成した。名前は『見破りマン』。適当につけた名前である。ネーミングセンスが崩壊していることくらい、和美自身痛いくらいにわかっていることだ。プロフィール欄には『その辺に居る人間じゃないものを見破ることができます』と記載。これ以上何を書いていいのか、わからなかった。


 アカウントの運用なんて今まで考えたこともない。何を投稿すればよいなもよくわからないまま、アカウントを作ってしまった。

 こういったオカルトや心霊の要素を含んでいるアカウントは、なぜか素早くフォロワーが数名ポンポンとつくことも珍しくない。しかし和美はSNSに詳しくないため、アカウントを作ってすぐにフォロワーが数名ついただけでビックリしてしまった。


―これは何か言わなきゃならない


彼女はそう思い、今までの自分の生い立ちやどんなものを見てきたかなどを事細かに文字数を見ながら立て続けに投稿した。

 投稿が増えれば増えるほどに、フォロワー数が徐々に増えていく。最初こそ驚いてしまったが、それが快感に変わるまで長い時間は必要なかった。

 語れば語るほどに、フォロワー数は増えていく。今までに見たことのないような数字のフォロワーが、あっという間に和美のアカウントをフォローした。


 フォロワーが増えると、必然的に彼らとのやり取りも増え始める。

「どんなふうに人間とそうでない人を、見分けてるんですか?」

「今までどんなものが、人間に化けてたんですか?」

「人間じゃない生き物が人間に化けている時の特徴は?」

色々な質問が寄せられるようになり、それに自分の経験などをリプライしてフォロワーとの会話を楽しむような毎日が和美に訪れたのだ。


 この頃から和美の日常が、徐々に変化していった。



 SNSという場所は、善良な人間ばかりが居るわけではない。どうしてもある程度の人数のフォロワー数になると“アンチ”と呼ばれる否定派の人間も出てくる。和美はそんなこと知る由もなかった。

 和美が新設アカウントを開いて数十日が経過した。毎日楽しくフォロワーとやり取りをしていたところに、こんなリプライが飛んできた。


「妄想だろ。嘘ついてまでフォロワー稼ぎしたいの?」


いわゆる『クソリプ』というやつだ。

「どうしてそんなこと言うんですか?私が嘘をついたっていう証拠でもあるんですか?」

放置すればよいものを、和美は頭に血が上って挑発に乗ってしまった。こうなれば相手の思うつぼである。心無い言葉をいくつも浴びせられてしまい、それに便乗する形で複数名から手ひどく叩かれてしまったのだ。文字だけのやり取りが主であるネット社会に対して、ほとんど耐性を持っていない和美にとっては、これが心の傷となったということは言うまでもない。

 SNSを辞めてしまおうかと思った。ネットなんて所詮おばさんの私には向いてなかったんだと、旦那が隣で眠る寝室のベッドの中で、和美はそっと涙を流した。

「あなたは悪くないですよ」

「あんなのほっといたらいいんです」

「見破りマンさんの話、毎回楽しみにしてます」

非難よりも多くの数の励ましの言葉を、今までにないほどの得た。多くの中の一人にすぎないと思っていた自分は、もしかすると多くの人とは違った、何か特別な存在なのではないだろうか。和美は密やかに、そんな思考を巡らせだしたのだった。


 私生活ではどこにでもいる、ただのスーパーのレジ打ちおばさん。しかしSNSでは数千人のフォロワーを抱える、ちょっとした有名人。このギャップが、和美の優越感を満たしていく。

 何かちょっとした嫌なことがあっても、家に帰ってSNSを開けば仲間が温かく迎え入れてくれる。私の話を心待ちにしている。和美の気持ちは、水面下で徐々に大きく膨れ上がって行った。



 そんなある日、和美のフォロワーがこんなことを投げかけられた。

「人間じゃない人って、本当に人間と見分けがつかないんですか?写真とか撮ってアップして下さると嬉しいです!」

こんな盗撮まがいの行動は取れない。良識のある人間ならばそう考えるだろろう。しかし和美の答えは、それとは異なるものだった。

「わかりました。今度見つけたら写真撮ってアップしますね」

フォロワー数が1万人に近づいていて、この時の和美は両親よりもフォロワーが求めるものに応えるという選択が当たり前のようになっていたのだ。


 今まで人間じゃないものを見て、それと目が合っても相手から何か危害を加えられたということはなかった。こいつは自分の正体を見破っていると分かっているような目をしても、それ以上の何かがあるわけではない。だから背中から写真を撮るくらい、なんてことないだろう。和美はそう判断したのだ。

 フォロワーからの注文を受けて数日後、パートを終えて車を運転して帰宅している途中、光熱費の支払いをするためコンビニに立ち寄った。店内には若い男性客が数名。和美はATMでお金をおろし、レジに並んだ。

 すぐに気がついた。今会計をしている前の男性客は、人間ではない。何か特別な何かが見えているわけではないが、前に並んでいるこの男が人間ではなく宇宙人であることを、今までの経験上すぐに感じ取ることができた。

 彼は会計を済ませて出入口へと歩いて行く。


―早くしないと行っちゃう!


彼の背を見ながら、和美は焦って光熱費の請求書をレジに置いた。

「2枚ですね」

店員は若い女性だった。

「はいはい!」

彼女が会計作業を行っている間にも、宇宙から訪問者は出口へと確実に近づいていく。和美はまだ表示されていない液晶画面の承認ボタンが掲示される場所を乱暴に連打し、苛立ちを一気に募らせながら会計を待つ。ピ、ピというバーコードを読み取る音がじれったい。

「ちょっと、急いでるんですけど」

苛立ちを隠せないままに、店員の女性に怒気のこもった声をぶつける。

「申し訳ございません」

女性店員は若干怯えながら急いで作業を済ませ、金額を和美に伝えた。

「2万3千…」

「ハイハイ!おつり!早くして!!」

彼女が値段を言い終わるのを遮って、お金を投げ出すように会計において店員を急かす。

「は、はい…」

女性店員はすっかり怯えてしまい、レジからおつりを取り出す。それを見て苛立ちが爆発したしまい、請求書の必要な欄を和美自らが引き裂いておつりを奪うように受け取ってコンビニから走って出た。

 先ほどまでその辺に居たはずの宇宙人を、完全に見失ってしまった。どこに行ってしまったのかと周囲を見渡すと、彼は路地裏に向かって歩いて行っているのを見つけた。

 和美は息を殺して背を丸め、大きく距離を開けたまま彼の後をそろそろとついて行く。携帯のカメラ機能を起動させ、彼に照準を合わせて最大限ズームにして、彼の背中にピントを合わせる。画質は荒い。しかしそれが臨場感を高めてくれる。緊張で手が震える。それを抑えるようにもう片方の手で震える手を握って、再度ピントを合わせてシャッターボタンを押した。

 カシャっという機械音が路地に響き、宇宙人であろう男性が振り向いた。和美はシャッターを押してすぐに走ってその場から逃げ、コンビニの駐車場に停めている自分の車に駆け込んでシートに座ってすぐにカギをかけた。緊張と普段の運動不足が重なって息が上がる。しばらくは息を整えることに集中し、ある程度息が整った段階で携帯のフォルダを開いた。

「やった…!」

少しピントがぼけているものの、写真そのものは比較的綺麗に撮れていた。周囲を見渡し、彼が追ってきていないことを確認して、和美は車を出した。

 彼が和美の存在を認識し、彼女の行動をすべて把握済みであることは、和美本人は知る由もない。


 帰宅後主婦業を終えて、フォロワーとの約束通りの写真をアップした。

「こちらは自宅近くのコンビニに居た、宇宙からきていると思われる男です。宇宙人にしては人間に近い印象だったので、もしかすると人間に血も混ざっているのかもしれません」

宇宙人は和美自身あまり見ることができない、いわゆるレアな類のものだった。宇宙からの訪問者にしては人間臭かったのも事実だったため、人間の血が入っているのでないだろうかという推論も添えた。

 画像をアップして、すぐにフォロワーからの反応があった。

「ほんとにいるんですね」

「すごい!人間そっくりなのに見分けられるのってどんな修業を積んだの?」

時間が経つ毎に増えていくリプライ。瞬く間に拡散される、見破りマンの画像。増えるフォロワー数。それを眺めつつ、和美は心地よい眠りについたのだった。


 翌朝目が覚めると、見たこともない数字の拡散数とフォロワー数になっていた。山のようなリプライには、やはりアンチの声も飛び飛びで挟まっているが、もう気にならない。こんなに反響があるとは思っていなかった。

「もっと他の画像もみたいです!」

「次のアップはいつかな」

「オカルト界の新生」

顔も見えないフォロワーからの、絶賛の嵐。和美の気持ちはさらに大きくなっていった。

 和美は定期的に、人間の中に紛れている人ならざるものや時空を超えてやってきた人間を携帯のカメラで撮影してSNSにアップすることが、習慣になっていった。そうしていると、オカルト雑誌から対談を申し込まれるようになり、オカルトサイトなどから声もかかり、徐々に和美の懐には金銭が舞い込むようになっていった。もちろん旦那や息子には内緒にしているし、こうして稼いだ金銭は新しく作った銀行口座にすべて貯金している。

 増えていく預金残高。こんな楽な稼ぎ方があるなら、もっと早く試してみればよかった。和美は通帳の数字を眺めながら、にんまりとほほ笑んでいる。この美味しくて手軽な小遣い稼ぎをやめるという選択肢は、和美の中には一度たりとも浮かばなかった。




 しかし彼女は大切なことを忘れている。

 このことは他言してはならなかったのだ。


 小田和美。

 彼女は触れてはならないパンドラに、触れてしまった。

 その意味を、彼女はまだ知らない。


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